すこるぴ

クリスチャンです🐏 日々の神様の助け、自分に語られたこと、ひとりごと。 自分の弱さ、罪…

すこるぴ

クリスチャンです🐏 日々の神様の助け、自分に語られたこと、ひとりごと。 自分の弱さ、罪によって悩むこともあるけど、神様が道をまっすぐにしてくださることを信じて、ちっちゃなことにも感謝したい!(箴言3:5-7 , Ⅰテサロニケ5:16-18)

マガジン

  • いいなあ!って思ったやつ

  • しょうもないシビアな日記

    とある医療従事者の、わりとシビアではあるがしょうもないことでクスッと笑える日常を綴っています。 キリスト教に抵抗がある人も読みやすいテイストになっております。

  • メッセージみたいなやつ

    母教会のテレフォンメッセージの原稿をnoteの記事に載せられるようにアレンジしてます。

  • たんか!担架!短歌!

最近の記事

ゆるせるように

クリスチャンの男は女の子を見た目で選んでいる ある日のメッセージを聞いて、数年前にあるクリスチャンの先輩に言われたこの一言が忘れられなくて、ずっと許せないままでいることに気がついた。 まだ未定ではあるけれど、彼と結婚へ歩むにあたって、この言葉への怒りを抱えたまま歩んでは行けないと教えられた気がする。 色々あって祈れない日が続いていたけれど、この瞬間に久しぶりに心から神様に祈れるようになった。 神様が、ご自身に目を向けるように助けてくださったんやなあと感謝できて、心が

    • わりとシビアな日記⑦

      私のちょっとしたミスで同じ人から笑われたり、怒られたりすることが続いた。 いくら自分が悪いとはいえ、そこまで私を嫌な気持ちにさせたその人のことを許せない。 何か物を投げつけてやりたいような気持ちに襲われる。 イエス様のように、どんな時も神の愛によって生きることの難しさを思い知らされる。 前に噂された時のことを日記に書いたのを思い出した。 もう一度この箇所を読んでみよう。 導きがあれば他のところもじっくり読んでみよう。

      • このメッセージに触れて

        このメッセージをYouTubeで聞いて、途中からいかに自分の考えが律法主義的であったかに気付かされた。 ノンクリスチャンの人と話しているとどんなに良い人でも「やっぱりこの世的な考え方だなあ」と思うことが多いけれど、胸の内で裁くんじゃなくて、共感しつつ自分の言葉でイエス様の愛を伝えられたらと思った。

        • 歴代誌第二35章 メッセージみたいなやつ

          前の34章と35章にはヨシヤがイスラエルの王に即位してからの実績が記されています。 イスラエルの民が偶像崇拝に陥らないように異教の祭壇や像を打ち壊し、主に仕える姿に胸を打たれた方もいらっしゃるかと思います。 しかし、ヨシヤはエジプトの王ネコを攻撃しようとして、自分とは関係のない戦いに手を出してしまい、遂には敗北してしまいます。 私は、このエジプトの王ネコが出てきた時に、エジプト人によりイスラエルの民が苦しめられていたことを思い出しました。 自分たちが作った神を拝み、イスラエ

        ゆるせるように

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        • いいなあ!って思ったやつ
          36本
        • しょうもないシビアな日記
          18本
        • メッセージみたいなやつ
          5本
        • たんか!担架!短歌!
          6本

        記事

          愛するって難しいけれど

          相手を愛する為には、自分にとって気持ちの良くないものであっても受け入れて、 「それでも大丈夫だよ、大好きだよ」って言えるようになるのが第一歩だと思う。 とはいえ我慢は続かないから、相手の嫌な部分じゃなくて、その背景にあるものに目を向けられるようになりたいなあ。 そういえばこの聖書箇所、高校の聖書科の先生が祈る時によく出てきてたなあ。何かの導きだったら嬉しい🌸

          愛するって難しいけれど

          揺れ動く地に立ちて

          先月、週報と一緒に受け取った宣教の声。 ウクライナ侵攻については色々書いてあったけど、イスラエル、パレスチナの問題についてはあまり詳しく書かれていなかった。 きっとクリスチャンの間でも意見が分かれやすくて、難しい問題なんやろうね…。 周りのクリスチャンがどう思うかじゃなくて、個人が御言葉をどう受け取って、どう祈るかが試されている気がする。 この宣教の声を読んでからパレスチナ問題について調べてみた。 色んな解説を読んでみたけれど、かなり複雑で、一度に理解するのが難しかっ

          揺れ動く地に立ちて

          しょうもない日記⑦〜入れまつーる家あらーず〜

          久々のしょうもない日記は、 クリスチャンのわりとシビアな恋愛問題について。 ノンクリスチャンの彼とお付き合いしている。 家が近いから週に何回も会ってはいるけれど、もしものことがあってはならないと云うことで、お互いの家には当分行かずファミレスやカフェ、公園で話すことが多い。 しかし、毎度外食していると高くつくし、この季節、外は寒くて公園に長い時間居座るのは難しい。 これはどうすりゃいいんだかうんうん考えた末、ぱっと思い浮かんだ場所、そこは、、 馬小屋。 あれ…。この状

          しょうもない日記⑦〜入れまつーる家あらーず〜

          神様なんでなーん?

          人生何があるんかわからんなあと思える今日このごろ。 なんか知らんけど色々あって、ノンクリスチャンの彼とのお付き合いが始まった。 とにかく優しくて可愛い彼に胸キュンの毎日ではあるけれど、 結婚前に身体の関係を持つのがなんでダメなのか聖書にはっきり書かれてないのに、彼にどう説明すればいいのかわからず、「神様なんでなんー?誰がこんなん言い始めたーん?」と頭を悩ませる日々。 そんな風に神様に疑問を投げまくった挙句ではあるが、少しずつわかってきて感謝やなあと思えたこと3つ🙌 ・そ

          神様なんでなーん?

          主はあなたを見守る方 あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。 昼、太陽はあなたを撃つことがなく 夜、月もあなたを撃つことがない。 ‭‭詩編‬ ‭121‬:‭5‬-‭6‬ いつも、何をしている時も神様がそばにいるからこそ、誰に対してもキリストの香りを放つ自分でありたいな。

          主はあなたを見守る方 あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。 昼、太陽はあなたを撃つことがなく 夜、月もあなたを撃つことがない。 ‭‭詩編‬ ‭121‬:‭5‬-‭6‬ いつも、何をしている時も神様がそばにいるからこそ、誰に対してもキリストの香りを放つ自分でありたいな。

          「周りから評価されたい」「私が一番頑張っている、一番良い子でいたい」 そんな気持ちがいつか自分の身を蝕むことは知っている。 それでも湧いてくるこの思いをどうしたらいいんだろう。 こんな気持ちを抱いてしまう苦しみを誰かに聞いてもらうのが一番なのかな。

          「周りから評価されたい」「私が一番頑張っている、一番良い子でいたい」 そんな気持ちがいつか自分の身を蝕むことは知っている。 それでも湧いてくるこの思いをどうしたらいいんだろう。 こんな気持ちを抱いてしまう苦しみを誰かに聞いてもらうのが一番なのかな。

          列王記第一2章 メッセージみたいなやつ

          ‬この章は死期が近づいたダビデが息子ソロモンに言葉を遺すシーンから始まります。 バルジライの子たちについては聖書で詳しく書かれていませんが、サムエル記第二17章でバルジライが戦いで疲れたダビデ達を癒すために食料や必要なものを与えたこと、19章でもダビデを養い、年老いた後も彼の近くにいたことが書かれています。 サムエル記第二を一通り読んでみると、ダビデはずっと厳しい環境にいながらも信仰を貫き、罪を犯してもすぐに悔い改めて立ち直り、最期まで主に従っていたことから、彼は本当に敬

          列王記第一2章 メッセージみたいなやつ

          食卓のトラブルは避けられぬが

          食べ物のことで家族と何回もケンカになったことがあるけれど、ほかの原因で起きたどの喧嘩よりも後味が悪く感じている。 もちろん今は和解しているけれど、食事のことでいさかいが起きるのが一番嫌だ。 とはいえ、多くの人にとって食事は生活の重要事項。 だからこそ、食事のタイミングや、何をどれぐらい食べるかとか、人それぞれこだわりができちゃうし、誰かと食卓につくとなると、どこかで何かしらのトラブルが起きやすいんだろうね。 食卓でのトラブルは避けられなくても、そのことで関係を悪くせずに

          食卓のトラブルは避けられぬが

          生きているならそれでいい・後編

          加えて、汚い話になるけれどこの患者さんのリハビリに関わっているとよく放屁されたりする。 まあリハビリ自体、身体をいつも以上に動かすわけだし、高齢になると何かをこらえるのも難しくなるし、仕方がないことではあるんだけどね。 さらに加えて言うと、その患者さんもかなり認知症が進んでいて、放屁の後も特に悪びれたり、恥ずかしそうにすることもなく、だから何だといった表情で私を見つめていたりする。 私も私で、移乗とかで患者さんと触れた時に便の匂いをくらうことは日常茶飯事だし特に何の嫌悪感

          生きているならそれでいい・後編

          生きているならそれでいい・前編

          私が働いているのは療養型の病院。 担当している患者さんの多くは寝たきりで、半分ぐらいの人は経管栄養で命を繋いでいる。 まともに会話できる人は2-3割ぐらい。 日常生活の多くに介助を必要としている。 毎日リハビリで関わる中で、一人ひとりに対して思いがあるんだけど、今日はとある患者さんのお話。 個人情報にならないように、細かいとこは多少変えながら書いていきます。 その人はリハビリに対する拒否が強く、優しく触ってもセラピストの腕を掴んだり殴ろうとする人だった。 初めてリハビリで

          生きているならそれでいい・前編

          主の祈りが与えられた日

          自分の負い目、重荷を受けとめてくれる人を求める一方で、相手がどんな負い目を持っていたとしても受け入れられるような器が自分に無いことに気づいた。 気がつくと、主の祈りの一つ「我らに罪を犯すものを我らが赦すがごとく 我らの罪をも赦したまえ」の一節が口からこぼれていた。 誰かの罪を赦すことってこんなに難しいんだな。 赦した相手に自分が傷つけられることを恐れてしまう。 神の偉大さ、キリストの愛を実感した小さき人間すこるぴ。

          主の祈りが与えられた日

          わりとシビアな日記⑥

          同じ部署の先輩が、たまたま業務連絡の電話で去年までいた2年目の先輩と繋がって和やかな会話をしていた。 会話中、先輩はめっちゃ笑顔だったし去年から仲が良かったことが伝わってきたし、久しぶりに話せて癒された様子だった。 しかし、自分は一年後あんな風に先輩と話せるのかすんごい不安になった。 ここ最近はその先輩とも楽しく話せるようにはなってきたし、気になることは聞いたりできる関係だと思っているから、そこまで心配することじゃないかもだけど。 ただし、まだ自分は患者さんのことについて

          わりとシビアな日記⑥