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キリストの名のゆえに


「正直心の底で、すこるぴがキリスト教徒でなければいいのにって思う気持ちがあるかな」

色々あって、話し合っていた時にこんなことを彼に言われた。

ずっと、彼の救いを祈ってきたのに、付き合う前も神様がお許しになるならと祈ってきたのに、大好きな人からこんなことを言われて気分がどんよりとした。
そんな時、この御言葉を思い出した。

『僕は主人にまさりはしない』と、
わたしが言った言葉を思い出しなさい。

人々がわたしを迫害したのであれば、
あなたがたをも迫害するだろう。

わたしの言葉を守ったのであれば、
あなたがたの言葉をも守るだろう。

しかし人々は、わたしの名のゆえに、これらのことをみな、あなたがたにするようになる。

わたしをお遣わしになった方を知らないからである。

‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭15‬:‭20‬-‭21‬



ああ、クリスチャンであることによって受ける禍いって預言されてたんだ。
悲しみ、嘆きたくなるような気持ちになったけれど、さらに読み続けるとこんなことが語られた。


はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。

今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。
願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」

‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭16‬:‭23‬-‭24‬

世はキリストの名のゆえにクリスチャンを辛い目に遭わせるけれど、私たちはキリストの名を用いながら、神様にどうして欲しいのかを祈り求めなさいと、言われた気がした。


イエス様の存在を批判する彼から離れることで、今よりも心穏やかに信仰が守られるかもしれない。
もしかしたらそれが御心なのかもしれない。
でも今は気持ち的に難しい。


律法によって彼を裁くのではなく、イエス様のように柔和で謙遜な態度で、愛のある言葉をかけられるように、私を作り変えてください。
霊によって、私たちを生かしてください。
そう祈ることにした。


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