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  • どんぐり王国のお姫さま

    木野瀬らく×ジブリの二次創作です。

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王様の異常な愛情 〜または私はいかにして心配するのを止めてチョコレートを愛するようになったか〜

 降る雪がすべての音を吸い込んでしまったある寒い日の午後、プラネタリウムの特別展示室のベンチに座ってオルダス・ハクスリーの『すばらしき新世界』を読んでいると、遠国幽香が向かい側にあるミュージアムカフェでコーヒーを飲んでいるのが見えた。  僕は栞代わりのパンフレットを本に手挟むと、プラネタリウムの上映が始まるまで王様の様子をそれとなく観察することにした。僕はリスナーの鑑なので配信外でVtuberに話しかけたりはしないが、そうは言っても、手持ち無沙汰な時間を誤魔化すには一度読ん

    • ワンダーランドに連れてって!

      「私と姉との距離は物理的な距離ではないの」  と、彼女は言った。 「沖縄から北海道までゆっくり歩いても三ヶ月で着く。車なら一週間。新幹線なら半日。飛行機を使えばもっと早い。でも、例えば六本木ヒルズの高級マンションはどうかしら。多分、あなたでは一生かかっても辿り着けないでしょうね。あなたと六本木ヒルズの金持ちは『同じ日本』で『異なる世界』に生きているからよ」  僕は首肯した。放課後の第二図書室には僕と彼女の他には誰の姿もなかった。彼女の後ろの本棚には格調高い重厚な背表紙に分

      • 続々々々々・どんぐり王国のお姫さま

        あらすじ  青い稲がそよ風に揺れる夏の午後、帰省中の実家の近所のパン屋のベンチでジュール・ミシュレの『魔女』を読んでいると、木野瀬らくがトングを手にパンとにらめっこしているのが見えた。  僕は本の途中にパン屋のスタンプカードを手挟むと、推しの様子をしばらく観察することにした。僕はリスナーの鑑なので配信外で推しに話しかけたりはしないが、それに付け加えて、今はトマトとキュウリのサンドイッチを食べている最中なのだ。らくさんは今日も僕の存在に気がつくことなく棚に並んだ焼きたてのパ

        • 午後九時四十三分の小さなおっさん

           デジタル時計の液晶パネルは午後九時四十三分を表示していた。中途半端な時間帯だ。寝るには少し早いが何かをするには少し遅い。僕は今夜もいつ始まるかわからない推しの配信を待ちながらシェイクスピアの『真夏の夜の夢』を読んでいた。推しはいつ配信するか予定をぜんぜん立てない気まぐれなお姫さまなのだ。  市立図書館のシールが貼られたシェイクスピア全集のページを一枚、また一枚とめくって何気なく時計を確認すると、液晶パネルの数字は相変わらず午後九時四十三分のままだった。僕は読みさしの本の途

        王様の異常な愛情 〜または私はいかにして心配するのを止めてチョコレートを愛するようになったか〜

        • ワンダーランドに連れてって!

        • 続々々々々・どんぐり王国のお姫さま

        • 午後九時四十三分の小さなおっさん

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        • どんぐり王国のお姫さま
          6本

        記事

          フォトジェニックな二人

           中等部の三年間で三百通余りのラブレターをもらった。市内の中学校の女子生徒の半数近くから十人十色の愛の告白をされた。  女子中学生の間で僕にラブレターを書くのが謎の流行を見せていたのだ。 「友達同士で先輩からのお返事を見せ合って回し読みするんです。先輩は、字も綺麗だし、お話の内容も面白いから。みんな、本気で先輩とお付き合いできるなんて思ってないんですよ。なんていうか、宝くじを買うみたいな感覚なんです」  しかし、僕はありとあらゆる手段(手渡し、共通の友人から、郵便、伝書

          フォトジェニックな二人

          続々々々・どんぐり王国のお姫さま

           邪気祓いもあらかた済んだ節分の夕暮れ、表参道の美容院のベンチでエミール・ゾラの『ナナ』を読んでいると、木野瀬らくがゴディバの小さな紙袋を提げて店のドアベルを鳴らすのが見えた。  僕は半額クーポンの半券を本に手挟むと、担当の手が空くまで推しの様子をのんびり観察することにした。僕はリスナーの鑑なので配信外で推しに話しかけたりはしないが、とにもかくにも、美容院の待ち時間というのは手持ち無沙汰なものなのだ。らくさんはやはり僕の存在に気がつくことなく担当のカラーリストとカラーパレッ

          続々々々・どんぐり王国のお姫さま

          続々々・どんぐり王国のお姫さま

          あらすじ  吐く息が白く凍るほど寒いある冬の朝、下北沢の小さな喫茶店のベンチでジョージ・オーウェルの『動物農場』を読んでいると、木野瀬らくが窓際のカウンター席で朝食を注文するのが見えた。  僕は店の本棚から拝借した本に栞紐を手挟むと、もちろん推しの様子を観察することにした。僕はリスナーの鑑なので配信外で推しに話しかけたりはしないが、とはいえ、いずれストーカーに間違われるのではないかと気が気ではない。らくさんはとうぜん僕の存在に気がつくことなく紅茶のカップにママレードを入れ

          続々々・どんぐり王国のお姫さま

          真・雀姫1008 今夜はクールに48000

          「トップは新人さんでーす!」  ぼくが首尾よく仕上がったメンタンピンツモドラ1に満足していると、対面の千羽さんが「お見事なのじゃ!」と満面の笑みを浮かべた。 「トップが取れて偉いのじゃ! 格好いいのじゃ!」  ぼくは面と向かってほめられて「いやあ」と照れ隠しに頭をかいた。禁煙パイポを咥えた鮫島マスターがぼくらのやり取りを見てニコニコと機嫌良く笑った。  歌舞伎町の雀荘「健康麻雀ジェントルメン」に通い始めて一ヶ月が経つ。場所が場所だし最初はガチガチに緊張していたのだけれ

          真・雀姫1008 今夜はクールに48000

          『どんぐり王国のお姫さま』のあらすじ

          「わたしは他のVと違って普通の女の子だから」  どんぐり大好きVtuber「木野瀬らく」はそう公言してやまないが、  街で偶然見かけた推しを興味本位で追いかけるうち、  リスナーの「僕」はどこか不思議な「どんぐり王国」に迷い込む。  普通の女の子なんて嘘だ。  木野瀬らくはどんぐり王国のお姫さまなのだ! トトロ編 バロン編 Portal編 ポルコ編 カオナシ編   キキ編 Twitter pixiv百科事典

          『どんぐり王国のお姫さま』のあらすじ

          続々・どんぐり王国のお姫さま

          あらすじ  仕事納めの金曜の夕方、六本木のアートギャラリーでオープニングレセプションがあるというので待合ロビーのベンチでハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』を読んでいると、木野瀬らくが招待状を手にパーティ会場の受付に歩いてくるのが見えた。  僕は読みさしの本の途中にペーパークリップを手挟むと、いつも通り推しの様子を観察することにした。僕はリスナーの鑑なので配信外で推しに話しかけたりはしないが、それにしても、僕は推しと随所でばったり遭遇し過ぎじゃないだろうか? らくさんは

          続々・どんぐり王国のお姫さま

          推しを待ちながら

          1:推しとの出会い 推しに会いに行ったことがある。一年前の話だ。  推しの名前は、百合原リリエンタール。百合原をドイツ語にするとリリエンタールだから名字と名前が完全に丸被りしてしまっているわけだけれど、リリィさん(と彼女は自分をそう呼んでいた)は「Vtuber界隈では普通なのだわ!」と一向に反省の色を見せなかった。  多分、リリィさんの配信を見たことのある人はほとんどいないんじゃないかと思う。というのも、リリィさんがYou Tubeにいる時間帯は平日の16時から17時45

          推しを待ちながら

          はねくじら生物学

          「はねくじら」  そう。その時、僕の心を捉えたのは、はねくじらという神秘的な五文字であった。彼女は大学のカフェテリアでアイスティのグラスにミルクを注ぎながら「はねくじら?」とその五文字をまるで不吉な言葉であるかのように小声で繰り返した。僕はそれには答えずカフェのウィンドウ越しに夏の爽やかな青空に浮かぶ雲を暫く無言で眺めていた。 「はねくじらだ」 「それはつまりまた例のあれなのね?」 「そう。君の知らないところに住んでいる神秘的な動物についての話だ。はねくじらはね、空を飛ぶ

          はねくじら生物学

          続・どんぐり王国のお姫さま

          あらすじ  聖誕祭の特別な夜、京王線新宿駅のホームのベンチでポール・ギャリコの『猫語の教科書』を読んでいると、木野瀬らくが新宿ルミネの手提げ袋を揺らしながら駅の階段を降りてくるのが見えた。  僕は紀伊國屋書店のブックカバーの端をページの途中に手挟むと、推しの様子を電車の到着まで観察することにした。僕はリスナーの鑑なので配信外で推しに話しかけたりはしないが、それはそれとして、推しの普段の生活には当然の関心があるのだ。らくさんは僕の存在に気づくことなくホームの柱に寄りかかって

          続・どんぐり王国のお姫さま

          どんぐり王国のお姫さま

          あらすじ  小春日和の日曜の午後、近所の公園のベンチに座ってダンセイニの『魔法の国の旅人』を読んでいると、木野瀬らくがデジタル一眼レフのカメラを手にキンモクセイの並木道を歩いてくるのが見えた。  僕は図書館で借りたばかりの本に栞を手挟み、推しの様子を少しの間だけ観察することにした。僕はリスナーの鑑なので配信外で推しに話しかけたりはしないのだ。らくさんは僕の存在に気づくことなく秋の透明な空から降り注ぐ澄んだ木漏れ日に眩しげに手をかざしていた。  もちろん、らくさんは僕たち

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