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Bauhausへ受け継がれた色|ゲーテ『色彩論』

Johann Wolfgang von Goethe『色彩論』1810

この本をはじめて知ったのは、たしかダリ展かオットーネーベル展でだったと思う。Goetheといえば『ファウスト』や『若きウェルテルの悩み』など大文豪のイメージが勝手につくられていたので、Goetheが色についてこんな分厚くなる文章を書いていたことに驚いた。でも手には取らなかった。

それから1,2年後デザインをするようになり、色について学ぼうと思ったとき、本書を思い出した。これまで、Josef Albersの『 Interaction of Color (配色の設計)』とJohannes Ittenの『The art of color(色彩論)』については極々簡単に取り上げた(色のトレーニング再開しなきゃ)。AlbersはIttenの教育を受けた。そしてIttenは、Goetheの『色彩論』を愛読していたことを明かしていて、実際大きな影響が見られるのだ。

構成

現在手に入るのは大方ちくま学芸文庫から出ているものだと思うが、本書は大きく2部からなる。1部目は「科学方法論」と題された論文集だ。少々難解だが、科学研究や哲学に触れたことがある方なら楽しめるのではないかと思う。対象を分解して部分を理解し、それらを組み合わせて全体を理解しようとするアプローチを批判し、ホーリズム的な総合を重んじた科学を模索する姿勢には個人的に好感を持った。色彩論と題された本書にこうした科学哲学的論文も載せたのは、きっとGoetheの自然科学への態度を読者に理解してもらったうえで色彩論を読んでほしいという編集者の粋な計らいなのではないかと思う。

文豪Goetheがこんな散文も書いていたことには驚きだが、それはまさにGoetheが批判する現代の細分化の悪影響を受けてしまっていることの表れなのだろう。感情に重きが置かれる物語を書く人間が、同時に、自然科学や哲学をしたって全く問題ないのだ。

2つ目として『色彩論』がある。どうやら色彩論は3部からなるとんでもない大著らしく、本書の色彩論は第1部の教示編というものだ(第2部:論争編、第3部:歴史編と続く)。教示編は、「生理的色彩」、「物理的色彩」、「化学的色彩」、「内的関連の外観」、「隣接諸領域との関係」、「色彩の感覚的精神的作用」とわかれている。正直、物理的色彩と化学的色彩以外がおもしろかった。

Bauhausへ受け継がれた色

Goetheの『色彩論』に対する評価は、本書の優れた解説を読んでもらうことにして、Ittenに特に受け継がれたとみえる「生理的色彩」に焦点を当てたい。

Goetheは物理化学的には一定のある色が、周囲の色によって変化してみえたりするとき、そういう変化する(した)色彩を生理的色彩と呼ぶ。知覚の色彩とでも言い換えられるかもしれない。他にも、太陽をみつめた後にみえる緑っぽい環や、有色の影なんかがある。Goethe以前までは、そうした色彩は多くの場合、錯覚」と一蹴されてしまっていた。しかし、Goetheはそれを色彩論の基盤とみなし、自身の実体験や実験から丁寧に理解していく。Goetheが実体験を例に色彩論を説明するあたりは、さすがは大文豪だけあって読んでいるだけでも面白い。かと思えば、実験は緻密で客観的で優れた科学者の態度を持っている。色彩論だけでも相当の実験量だったのではないかと想像する。凄まじい。

Goetheが生理的色彩を通して発見する重要なコンセプトは、眼には対象と対立する色彩を自ら生み出す力があるということだと思う。眼も色を生み出しているのだ!

Goetheはまず白と黒、すなわち無色から生理的色彩を考えるのだが、眼は明るい白いものを見たあとには暗いものを求める(, and vice versa)。有色の対象を見つめた後に白い紙などをみると、紙は補色に染まる。眼は常に全体性を生み出そうとする。

眼はまったく自己本来の性質に従って全体性を求め、自分自身の内部で色相環を完結する
― Goethe

物理学では色は光であり、それは粒子かつ波という掴みどころのないものだ。化学では色は、ベンゼン環と炭素間二重結合をいくつかもった複雑な有機化合物と光の相互作用から生まれる。

でも結局、その色を捉えているのは生物の眼なわけで、物理化学的にはある1つの色でも、生物にとっては様々な色になりうる。結局、生物の知覚のレベルでの色彩のメカニズムを理解しない限り、色を思い通りに使いこなすことはできないことは確かだろう。GoetheはKircherを引き、色彩は陰影的なものだと言う。Albersが色は相対的なものだと言っていることの源流を見た気がした。

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