赤騎士物語

戦に負けた兵士に明るい未来はない。とある東国の戦士は、ある日戦に敗れ仲間と共に捕らえられた。やがて戦士の仕えていた国は滅び、西国は東国の人間を奴隷のように扱っていた。戦士は、ある日西国の大軍勢と共にとある地へ赴いていた。東国が滅びた今、一体どこへ向かい西国の言いなりとなりて戦わせられるのであろうか。ボロの鎧と兜を身につけ、剣と盾を持ち戦士は西国の兵と共に歩みを進めていた。途中、後ろから臭いだの見窄らしいなどとやじを軽く飛ばされたが、戦士は聞く耳を持たなかった。戦に出ればそんなもの気にしてられないからだ。戦士は声を大にして素人と言い放ってやりたくもなったが、西国の兵が危機に陥っても助けてやらなければいいと言葉を喉奥までしまった。

歩みを進めて3日ほど、崖と岩に囲まれただだっ広い平地。地面も岩で出来ている。朝日に照らされた岩がどことなく灰色と銀を混ぜ合わせたかのようにほんのりと輝きを放っているようにも見える。本当にうっすらなため言われなければわからない程度のことであったが、戦士は何故かその輝きに魅入られていた。そして目の前にあるのはそんな輝きを放つ大地だけではない。城だ、城があるのだ。巨大な塀に囲まれた城だ。これを陥落させるには相当の人数がいるだろう。その時西国の将軍が兵の先頭に立ち声を荒げ元東国の兵士たちを集める。集められたのは東国の兵士100人。敗残兵といえど屈強な猛者たちの集まりだ。当然、戦士もその中に入っていた。だが、あの巨大な城に攻め入るにはお世辞にも人数が足りない。一体何をするというのだろうか。将軍は元東国の兵士たちに命令した。城に突撃し、現れた敵と戦うべし、ただし勝てないと思えばすぐさま撤退してもよい、と。拍子抜けだ、あらかじめ逃げても良いなんていう戦が今までにあっただろうか。東国の兵士たちの中にはほんの少し笑いそうになる者も現れていた。しかし、戦士はどうも納得がいかなかった。用意した人数といい、城の大きさといい、どうも腑に落ちない。戦士は一歩前に出て、あの城から一体何が出てくるのかと将軍に尋ねた。普段なら声を荒げ、敗残兵が口を出すななどと叱られるところだが、将軍は声を荒げることなく端的に説明した。以前1000の兵で攻め入った時、隊の半数近くが死傷し、今回は100人の精鋭で挑むと兵士に伝えた。たしかに、集められたのは東国でも名の知れた猛者ばかり、中には元隊長や将もいた。この面子から予想される事、それは相手も少人数である事。多くの軍勢をも簡単に滅ぼせる何か、多いというより強大な何か。戦士だけではなく周りの戦士たちも察したのか、きっとあの城には何人か猛者がいるのであろうと睨んでいた。将軍もその空気を感じたのか、やるだけやってみるがいいと言って、東国の兵士たちを城に進軍させた。西国の命令とはいえ、面子は猛者ばかりで戦好きの連中、どんな強敵に出会えるか内心楽しみにしている。戦士もそうだった。あの西国がわざわざ敗残兵のみを集めて進撃させた程だ、我先に手柄を上げんと意気揚々と皆城に走る。その時であった。城の塀にある巨大な門の扉が開き、何かが出てきてこちらに走ってくる。紅色をした何か。姿形は珍妙だ。胴体と肩はそれなりに大きいが、腕と脚はネギのように細い。顔は丸く、丸い二つ目、そして体と同じく紅色の槍を持っていた。見るからに人間ではないそれは戦士たちの前に立ちはだかったと思えば、走るのをやめその場に立ち止まった。戦士たちもまた、走るのをやめその紅の何かを観察する。そして珍妙な姿を見て、西国はこれを恐れていたのかと皆大笑いしていた。当然だ、東国の兵士たちはもっと大きな獣や一騎当千の武将を想像していたのだ。このようなガラクタではない。そう、見るからに機械だ。精巧ではあるが珍妙なその姿に、東国の兵士たちは呆れて戦意を失っていた。だが、戦わずして帰ってもなんら手柄にならない。1人の兵士が大斧を持ってその紅の何かにゆっくりと歩み寄り、首を切り落としてやると豪語していた。戦士をはじめ止めるものはいなかった。西国が恐れていたのはどう考えてもこれじゃない、見掛け倒しだと判断していたからだ。大斧を持った兵士は紅の何かに斧を振りかぶろうとした瞬間、その兵士はぱたりと倒れた。よく見ると首、胸を一瞬で突かれており、後からゆっくりと血が溢れ出していた。異常に気づいた兵士たちは武器を取り紅の何かを取り囲む。しかしそんなことはなんてことないと言わんばかりに、紅の何かは高速の槍さばきで次々と的確に兵士たちを倒していく。その技術、速さ、正確性など、もはや人間ではどうする事も出来ない程だ。何人も挑むが、一太刀も浴びせられず言葉の通り無駄死にし、ほんのり銀色に輝く大地を赤く染め、紅の何かの周辺は美しい地獄と化した。そして紅の何かにも血が飛び散り、また形容しがたい雰囲気を出していた。異様な光景を見た兵士たちと戦士は敗走し、西国の陣に戻っていく。紅の何かはそれを追う事もなく、ただその場に槍を持って立ち尽くしていた。

東国の兵士たちはそれはそれは恐怖した。陣に帰ってきてからというもの、戦意を喪失したものは多く戦いどころではなかった。屈強な精鋭を持ってしても全く歯が立たない相手。それは格好が珍妙とはいえ侮れない。戦士は1人、将軍の元に赴きあの紅の何かの正体を聞きにいく。西国の兵士たちを横切り、将軍とその他重鎮が会議に使うための大きなテントの中に入る。最初は重鎮たちになんだ貴様はとどやされるが、将軍はそれをやめさせ重鎮たちを外に出しテントは戦士と将軍の2人だけになった。改めて紅の正体を聞くと、あれはかつて西国の軍にいた博士が作った兵器だという。将軍も何故作られたのかは詳しく知らないが、国の猛者、大軍勢を持ってしてもあの紅には勝てなかったという。その姿から「赤騎士」と呼ばれ、城を守る兵器として西国に恐れられている。結局まともに戦えるものはおらず、やむなく敗残である東国の猛者たちに戦わせてみたという。だが、人間では太刀打ちできないと今回で理解したそうだ。それなら大砲や火攻めであの城を攻撃出来ないのかと聞いたところ、将軍はそれが出来ないという。理由としてはまず、西国があの赤騎士を欲しがっているから。現在確認出来ている兵器は赤騎士のみ。しかし博士の事だから必ずもう何機か予備があるはずと睨んでいる。故に、傷をつけたくないのだ。もう一つは兵器に関する情報の入手。西国は博士なしでもあの兵器を量産し戦争に利用する事を計画している。だが、博士は国にあった赤騎士たちの情報を全て抹消している。そして、城がある場所は本来博士の家がある場所のはずなのだ。そう、博士はまだ生きていて城にこもっている可能性があるのだ。西国は、願わくば情報とともに制作者本人も捕らえたいと考えている。そして第三の理由としては城を囲む塀や城の素材に問題があるからだ。戦士も先程見た灰色と銀のかすかな輝き、あれは特殊な鉱物が放つ色。その鉱物であの城は出来ている。鉱物自体はそこまで珍しいものではない。だが、純度の高いものは別である。城や塀にはそれが惜しげもなく使われており、こういった資源物資も無傷で確保したいという。大規模な破壊行動が出来ず、兵で攻撃しても赤騎士に倒されてしまう。最早八方塞がりなのだ。戦士は考えた、恐らく城の資源物資は赤騎士が守っているため奪取は不可能。博士を捕らえるのも赤騎士がいるため厳しい。だが、兵器の予備と情報ならなんとか盗めるかも知れない。将軍は頭を抱えて、一応聞くだけ戦士に聞いてみた。どうやって赤騎士を掻い潜るのだと。戦士は、タダでは引き受けない、作戦成功のあかつきには元東国の兵士たちの待遇改善をして欲しいと願い出た。将軍は承諾したが、その代わり命を張ってもらうと条件を出し、戦士は将軍に耳打ちする。

後日、作戦が決行される。今回の目的は赤騎士と同形態の兵器及び兵器情報の奪取。作戦はあの戦士が1人で挑むという。無駄な血を流さず、仲間の待遇のため体を張ることを誓ったのだ。城の付近まで軍は兵を進めると、赤騎士が門を開いてこちらに走ってくる。しかし、敵を目の前にして赤騎士はぴたりと立ち止まる。戦士は前の戦いで、赤騎士のある傾向を見ていた。それは、こちらが攻撃しない限り赤騎士は攻撃して来ず、追撃もしてこない。赤騎士は、こちらが敵意を向けなければ何もしてこない。それに賭け、戦士は鎧と武器を身につけず赤騎士に近づいた。すると赤騎士は何もせず動かない。それを見た将軍は兵士たちは歓喜した。あの誰もが恐る赤騎士が敵を前にして動かない、そう思っていた。その時戦士は赤騎士にがっと肩を掴まれた。戦士は驚き、殺されるのかと思ったが、赤騎士は城の方に歩き戦士を手招きする。機械とはいえ凄まじい、赤騎士はまるで戦士を客のように城に招いているのだ。戦士は、将軍に待てと合図を送り、1人塀の門の中に入っていく。予想外の行動があったが、戦士は塀の中に入ることが出来たのであった。

戦士が塀の中に入ると、信じられない光景が広がっていた。赤騎士と同じ機械たちが何体もいる。赤騎士と同じようにほぼ単色で、黄色や青、緑の機械たちが歩いている。よく見れば塀の門を入ってすぐ、機械もそうだが街が形成されている。戦士は思った、ここは機械たちの国であると。だが、彼らはうろうろしたり立ち止まっているだけで何かする訳ではない。すると一体の機械が転び、脚を折ってしまう。どうやら少し錆びていたようだ。すると機械の何体かが脚を折った機械に歩み寄り脚を自らが持っていた工具で直していた。この機械たち、どうやら何もなければ何もせず、何かあれば行動を起こしているようだ。赤騎士に招かれたのは、戦士が本当に客として城に入りたいという意思表示を認識したからなのかもしれない。立ち止まっていると、赤騎士は向こうの道の方から手招きしている。戦士は慌てて赤騎士の方に向かう。

赤騎士と戦士は城下町を抜け、あの大きな城にはいる。塀から入るときに戦士は思っていたが、城は相当に大きい。そして将軍が言っていた鉱物が兵よりも鮮明に輝きを放っている。そして城の中に入り奥へ進むと、家があった。冗談などではない、玉座が本当はあるであろう場所に古びた家があった。戦士は思い出した、この城のある場所は本来であれば博士の家があるはず。これが、その家だというのであろうか。しかし何故城の中に家があるのだろうか。すると赤騎士は立ち止まり、手を前に出し、戦士を家に入らせようとする。どうやら、赤騎士の道案内はここまでのようだ。戦士は家の扉を叩いた。すると中からまた機械が出てきた。造形は赤騎士たちと同じだ。しかし色は白色で初めて見る色だ。するとその機械は戦士にこんにちはと挨拶をする。戦士は予想外の展開に慌てて挨拶を返した。機械が喋るとは思っていなかったからだ。白の機械は戦士を家に入らせて椅子に座らせる。そして城の機械はテーブルの上にあった書類を全て下に払い、キッチンに行ったかと思えば嬉しそうに水の入ったコップを持ってくる。そういった準備の中でお客ははじめてで嬉しい、水しか出せないのが申し訳ないなどと話していた。そして白の機械も戦士の前の椅子に座り自己紹介をする。自分はかつて西国にいた博士の代替えであると。戦士は最初、何を言っているのかわからないようだったが少し理解した。博士はもうこの世におらず、そしてこの白い機械が博士の性格や記憶を反映しているのだろうと。戦士にカラクリや機械の知識なんてない。だが、いざ目の前にするとなんとなくわかってしまう。博士は、戦士に兵器の情報でも持って行きたいのかと尋ねる。戦士は、何故そんな事を聞いたのか尋ねた。博士は、どうせここにくる理由なんか、ここにあるものが欲しいくらいだろう、と答えた。戦士は、全てを見通されたためか潔く白状した。博士は大笑いしつつも、あげないよと囁いた。戦士は、何故このような機械達を作ったのか博士に聞いた。博士いわく、「真の平和」を作ってみたかったという。それならまず争いの無い状態を作るところから始まり、事象が起こったときにのみ行動する機械を生み出す事を考えた。これなら同じ種族どうして争いは起こらないからだ。そして最初に生み出されたのは、平和な世界を外部から守る者、赤騎士である。その次に、先程戦士が見た機械たち、要は赤騎士が守るべき存在たちである。赤騎士たちが出来上がり、いざ実験に移ろうとしたが、博士はもうすでに病に犯されそれどころではなくなってしまったらしい。博士はやむなく最後、赤騎士達に「平和に暮らす」ように命じた。そして博士はその生涯を終え、天でそれを見守るはずだった。だが、偶然にも残された機械達は博士を模した機械を作り出してしまった。作られた博士は未だに完全な答えを出せないようであったが、機械達は「平和であるかどうかの証人」が欲しかったから私を作ったのではないだろうかと結論づけていた。何が良くて悪いか、何が正義か悪なのか分別ができない、平和がわからない。だから機械達は博士をある意味で蘇らせ、自分たちが作る「平和」を見届けさせようとしているのだと。言葉の通り博士は、見届ける役を担うだけで、それ以外の事は何もしていないという。いつの間にか城と塀が作られていて、命令した覚えはなかったそうだ。戦士は、もう西国との契約などどうでも良くなってしまうほどに壮大な話しを聞き、水を飲み干し無言で去ろうとする。博士はまた寄ってくれと言った途端、爆音が鳴り響く。そして城にある金が大きく鳴り響く。博士は言った、赤騎士がついに負けたと。西国は痺れを切らして、赤騎士に対して大砲を使用したようだ。戦士がいない間に方針が変わったのか、それとも西国が赤騎士にちょっかいを出したが故なのかはわからない。博士は最後に今から大変な事が起きるけど、外に出たら絶対に武器を持たずそのまま去るんだと戦士に伝える。そして戦士は急いで城の外に出る。 

城の外に出て塀の入り口まで戻ると、あの地獄の光景が増えていた。赤騎士、いやそれ以外の色の騎士達もいた。ざっと数えただけでも10体はいるのだ。そしてその周りには西国の兵たちの死体が山ほど積まれていた。灰と銀色の大地を汚す程度なんて表現はもはやできない。赤い地がそこにあった。だが、赤騎士達が戦士に牙を向くことはなかった。そして西国の残兵はいない。よく見ると大砲や武器が向こうで捨てられている。全員逃げたのであろう。慣れない光景に立ち尽くしていると博士が塀の門から出てきて、まだ去っていなかったのかと戦士に言う。そして博士は半壊した赤騎士を抱えて別の騎士達と一緒に戻ろうとする。戦士は、赤騎士を抱え背を向ける博士を呼び止める。壊れた赤騎士をどうするのかと。博士は答える。直すに決まってるじゃないかと。そして博士はさっと別れを言い赤騎士達と共に城へ帰っていく。戦士はその時理解した。いや、理解したと言うよりも予測をたてた。機械たちが「平和」をどう解釈したのか。恐らく、平和を乱すものの排除。自分たちに歯向かうものを制圧する。だが、機械達は自分達で攻撃できない。危機が迫らなければそう言った行動ができないのだ。その特性を理解した上で彼らはある結論を出したのだろう。自分達の存在を少しずつ増やし、広げていく。城と塀がそうだ。彼らは平和を実現するために数を増やし、自らの領土も広げている。それに目をつけた人間が機械達に攻撃を加える。機械達はそれを倒す。そして少しずつ領土を拡大し、人の行き場を縮小させる。万が一壊れようものなら、機械たち同士で直すか、博士が直す。博士を機械たちが模倣した理由は、「証人」が欲しかったのではなく自分達を完全に直せる「技術者」が欲しかったのだ。「平和に暮らせ」という命令は、ある意味忠実に実行されている。機械同士で争う事はない。機械達にとっては、平和を広げようとする行為を邪魔する人間をただ殺して追い払っているに過ぎない。そしてその繰り返しで人や機械以外の生き物が消えた時、彼らなりの平和が訪れるのではないだろうか。戦士は、機械たちのあまりに巧妙な行動に「本当に無感情なのか」何度も疑った。だが、所詮人が作ったもの、人と思考が同じになるのはある意味必然ではなかろうかと考えた。たまたま実行しているのが機械か人かの違いだけ、平和を求めるが故に己の正義を押し倒す。ただそれだけの事なのだ。戦に負けた兵士に明るい未来はない、戦士はそういう考えを持っていたが今日改めた。未来における負けを知ってしまった時、明るい未来は無いのだと。戦士は、まるで全てを悟ったかのようにただまっすぐ、何も持たず灰と銀と赤色の大地に背を向けひたすら歩いていく。


とある地に大きな城といくつもの塀に囲まれた場所がある。それは日に日に大きくなると噂されており、人ならざるものが住んでいるそうだ。未だ陥落した事のないその城は、「赤騎士」と呼ばれる存在に守られているという。 

赤騎士物語〜完〜

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