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武街道

武街道(ぶかいどう)。この道を通り抜いた者は最強の称号を与えられる。かつてこの国の王が、優秀な人材を発掘するために用いられた道だ。難しくはない、街道には100人の武人がいる。剣を使う者、薙刀を使う者、あえて素手で戦う者、この真っ直ぐな道にいる武人を全て倒す事ができたら、王から最強の称号をもらえる。だがその制度を作った王様はすでに天国へ、冥土の土産に最強の称号を誰かに与えたかったのだろうがそれは叶わなかった。先代の意思を継ぐため制度の撤廃はしなかったが、わざわざ世界から集めた武人たちは暇同然だ。無理もない、先代の頃からこの街道を突破した者はいないのはもちろん、100人いる武人のうち倒されたのは最高で39人。当然、街道の最初から最後まで武人は強くなる仕組みだ。つまりだ、72人目のこの俺がこの槍を振るうことはない。のんびりしたくてしているとかそんなんではない。先代の王からはかなりの額を貰った。おそらく孫の代まで楽して暮らせる。そのかわり、この街道に誰か来ない限り番人として毎日特訓をして、永遠に来ない挑戦者を待たなければいけない。退屈にも程がある。そしてあまりにも無謀な制度だ。せめて10人くらいにしておけば挑戦者も増えると思う。考えてもみろ、世界各地から選りすぐりの武人がこの街道に集まって挑戦者を迎え撃つ。それが100人だ、誰が突破できる?この間は戦車に乗ったやつが挑戦者だったが、そいつも9人目で負けてしまった。これでわかるだろう、並の人間の集まりではないんだ。この際だ、金だけもらってどこかへ逃げてしまおうか。どうせ誰も来ないのだから。逃げるといっても万が一来るかもしれない挑戦者に怯えているからではない。こんな平地で無駄な時間を過ごしたくないのだ。俺も武人だ、この街道に来る前までは東の地ではかなり名を馳せたものだ。蛮族の軍に立ち向かい、1日に最大でも50人の臓を槍で貫いた。持っている槍も名工に作らせた、並の槍の10倍は重い。使いこなす為には俺のように餓鬼の頃から鍛えなくてはならん。つまりだ、常人でないものが常人よりも下の精神になってはいかんという事だ。街道の入り口まで行き、王に話をしてこよう。精神が下向きになる前に。ここ最近は、俺と同じ考えの武人たちもいるくらいだからな、あいつら今何をしているのだろうか。


俺が槍を携えて身支度をしようとしたその時だった。ほんの一瞬だ、反応できたのが奇跡だったのかもしれない。鬼だ、紛れもない鬼の気配が遥か向こうから近づいてくる。なんだ、この街道に挑戦者以外が来たというのか?いや、そんなはずはない。この街道は国の軍が何重にも警備している、そんじょそこらの山賊や獣がこれる場所ではない。街道の入り口以外からこの場所へ来られる訳がない。私よりも強い番人の武人たちがこちらに来たのか?いや、方向が違う。明らかに入り口側から近づいてくる。俺は冷や汗をかきながら槍を持つ。何をしているんだ。まだ何も見えてすらいないんだぞ。もしかしたらただの幻想かもしれないのだ、きっと平和ボケというやつだ。平和?まさか、それを壊す脅威が来るのか?落ち着け、幻想だといったろ、でも違ったら、本当に何か来たら。俺はあまり頭の良い方ではない、だから武の道を極めてきた。それが自分にとって最適の選択だと、思考も体も理解していたから。でも何故だ、その判断を後悔している。願わくば、本当に逃げてしまいたい。近づいてくる、さっきよりも濃い何かがくる。槍の先から、目、鼻、足と何かが俺に這ってくる。いやだ、こんな感情に晒されたくない。震えが止まらない、祖国の家族に会いたい、どうして俺だけこんな目に。今の俺の姿はまるで弱虫そのものだ。何かが近づくたび、人としての尊厳を失っても許してほしいと願ってしまう。唯一の救いは、その何かの正体がわかる事。


挑戦者だ。


今まで誰も来られないと思われた挑戦者だ。それが来るということは、71人目がやられたということ。71年目の武人は女性だった、彼女は無事なのだろうか。この街道では死人も出る、街道を担当する武人が死ねばまた新しい武人が補充される仕組みだ。彼女は、武人としては優しく美しかった。70人目も、69人目も、実力が同格であったため仲が良かった。いや、彼らも無事ではないのだ。気配だけで震えているのだ、もし挑戦者に出会ってしまったら、私は嘔吐と失禁を同時にしてしまう自信がある。なんなら裸になってでも戦いを放棄したい。相手の実力がわからないままここまで考えてしまうこと、事実上の敗北を意味している。ああ、武人で幸せだったのはついさっきまでのことだ。自惚れだ、所詮自惚れだったのだ。自分より弱い相手にただ武器を振り回していただけなんだ。なんとおこがましい行為だったのだろう。神様、お許しください。


俺が天を見上げ神に祈ろうとしたその時、目の前にそれはいた。赤い甲冑に身を包み小太刀を2本持っている。顔には返り血、いつから拭いていないのだろうか。目は人のそれではなく、呼吸をしてないかのように静かだ。だが、その目は明らかな殺意をこちらに向けている。しかしもうどうでもいい、俺をこんなに不幸にしたんだ、串刺しにしてやる。人生の全てをもって貴様なんぞ殺してやる。


槍を持って構えた時には、体がいう事を聞くことはなかった。目の前には槍を持った体だけが立ち、それを大地の上にで見ているしかなかった。武人として、あっという間だった。

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