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【考え方】厳しいことを言わないのは優しさではない

<おじさんDX Vol 435>

今週もありがとうございます。


さて、本日の記事は、

叱られた経験がないというのは、実に勿体ないコトです。


中には理不尽さを感じるケースもあるでしょうけど、その𠮟りが自身の成長につながるケースもあるのではないでしょうか。

凡人な私の経験と価値観を少々。

✅叱れない上司、叱られない部下


無暗に叱りましょうという話ではありませんが「叱れない上司」も「叱られない部下」も実に勿体ない時間を過ごしているかと思います。

✅パワハラを気にして叱れない。
✅叱られないから、これで良い。

職場というのは、時に間違いが起きます。


間違いが起きないよう・起きにくいよう業務システムを構築するのですが「人間は忘れる動物」である以上、うっかりすることはあるのです。


些細なコトならば叱る必要もありませんが、これが命に関わるような場合ですと「忘れました・間違いました」では済みません。

もっとも私個人では「モノなどお金で挽回」出来る事項ならば致し方ないと思いますが、(賠償という意味合いではなく)お金で解決出来ないような、人様の命に関わるようなことは、被害者も加害者も双方発生させることだけは、避けなければいけません。


✅身を挺す覚悟があるか


私は、スタッフという部下を守るためなら身を挺す覚悟がありますし、過去にも自分を盾にしたことがあります。

✅人の痛みは、自分の痛みよりも痛いのです。

一歩間違えば大怪我をする。


怪我で済めば幸いです。


肉体的、精神的いずれにせよ、自分の狭い範囲で関わるスタッフには、怪我や病気をさせる訳にはいきません。


何度注意してもそのスタッフは、手順を守らない。


これは私の指導の甘さもありますが、その内…なんて思っているときにそれは起きたのです。


詳細は割愛しますが、危うく死ぬところでした。


仮に私が事故で死んでもスタッフを守れればそれで構いません。しかし、私がスタッフのミスによって死んだとしたら、スタッフのその後が心配になります。


だから、死ななくて良かったな…と思うのです。


✅厳しさの先にある


どうして厳しくするのか...を一度考えた方が良いのです。

単に厳しい、きついというのは、私も嫌です。

凡人な私では、どうしても厳しい言い方になってしまうのは、未熟さの現れなのですが、何も言わず・関心も示さずというのは出来ません。


この先、放っておけば崖から落ちるようなスタッフを見て、そこは厳しく危険性を認知してもらう必要があります。


日々、訓練と鍛錬です。


本番を迎えた時に「泣き言」を言っても周囲は助けられるような状況ではないかもしれません。それでも私は駆け付けようとしますが、必ずしも助けられるかは分からないのです。


何も言わないのが、優しさではないと私は思います。





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