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均等に感じましょう 一点にこだわると苦しみになる

先日、坐禅で息の出入りを感じていたときでした。
なぜか呼吸が苦しく感じました。

呼吸を観察すると、息が苦しくなることがあります。

このとき、一点を見る力が強いことに気づきました。
呼吸の出入りへの意識が強すぎたのです。

空気の出入りをただ感じるというのは坐禅の基本でもありますが、
ただ、そこへ焦点を合わせすぎると、
息をするのが逆に苦しくなります。

一点を見すぎる。

坐っていると、自分のあり方があらわれてきます。

最近、苦しみや葛藤が多いなと思っていたら、
何か一点を見すぎていたのです。

これは私の癖。

つい、何か一点に集中する。

何かを見るとき、どれくらいの強さで見ているか。

強く見るか、弱く見るか。

私の場合、何かを見る力が少し強い気がします。

何か気になると、そこだけを強く見てしまう。
つい力むのです。

美しい人を見ると釘付けになる。
妻には「見すぎ」と注意されます。

何かを聞くときも、言葉や音を強く聞こうとすると、
気になる音に敏感になりすぎてしまう。
ある言葉に囚われすぎてしまう。

絵を見るときも、強く見る。

温度を感じる時も、強く感じる。

好き嫌いも強く感じる。

快・不快を強く感じる。

ゴルフでも、ミスをすると何か特定のポイントを直そうとする。

仕事でも誰かに言われた一言が気になる


一つを強く捉えると、他の感覚は消えてしまいます。

たとえば、見ることを強く意識すると、
聞くことや匂いは消えてしまいます。

これは、人間の特徴といえます。
これが良い、悪いということではありませんが、
何かに意識が偏っていては、あるがままの姿は見えてきません。

以前、禅の師匠が
「坐禅においては、いかに特定のものに偏らないで、
すべてを均等に柔らかく受け取るかが大事。」
とおっしゃっていたのを思い出しました。



均等に受け取ること。



見ること、聞くこと、嗅ぐこと、味わうこと、感じること。
そして、何かを思うこと。
これらを均等に感じる。

何か特定のものを取りにいくのではなく、
いかに、均等に受け取る感覚でいられるか。

私の人生を振り返ると、ずっと一点突破で生きてきました。

集中はいいことだと思ってきましたし、
何かに集中することしか知りませんでした。

集中するか集中できていないか。

仕事をしているときも、何かをしているときも
集中を軸に考えてきたように思います

集中できているときは調子がよい。
ぼんやりしてくると調子が悪い。

坐禅をはじめて見えてきた、均等に受け取るという感覚は、
一点に集中するのとはまったく違いました。

一点に集中するということは、
かなり力が必要だということに気づきました。

坐っているときに周りの環境が均等に
受け取れているときは、呼吸が楽に感じます。

不思議ですが、均等に受け取っていると、苦しみが消えていきますね。

人が自分をどう見ているか。
どう評価されているか。
何を言えば適切なのか。
あの人の発言が許せない。
人と自分を比べる。
自分の居場所がない。

スポーツでも、
こう打たなければ。
ここに打たなければ。
絶対にミスできない。

大体こういうときは、見方が何かに偏っています。

こうした見方をしたときは、均等に周りを感じてみてください。

私の場合は、一点への濃さが全体に薄まってくるように感じます。
こだわりという塊が柔らかくなり、ふーっと力が抜けて楽になります。

均等に生きることも出来るのではないでしょうか。

ただ、私の場合は、今度は逆に、頑張って均等を意識しすぎてしまうのです。

なんとなく、全体をほどよく感じられるといいなと思っています。



能動的に何かをする
受動的に何かを感じる



この意識の違いもありそうです。

師匠は、
「私たちに均等に与えられているもの。それは、空気と重力です。」
とおっしゃいました。

最初は、当たり前すぎて「???」という感じでした。

しかし、坐禅をしていて一つ気づいたことがあります。

それは、呼吸を感じることと、空気を感じることは違うということです。

それまでは、呼吸をすることに意識が向いていました。
「自分が呼吸」しているのです。
特に、何か苦しい時には、さらに何かをコントロールしようとしています。

深い呼吸をしたい
長い呼吸をしたい
静かな呼吸をしたい

きちんとした呼吸をしようとすると、逆に呼吸は暴れてきます。

これは自分が呼吸をすることを意識している状態。

それが空気があることを感じていると、「自分」という存在が消えていきます。

だんだん自分という輪郭が消えていくと言ってもいいでしょうか。

すると、呼吸は自然に楽になっていきます。

呼吸という働きがおのずから息をしてくれている感じといえるでしょうか。

ちなみに、原稿を書いていると、時におのずからという力が働いてきます。

周りの音も消える。
自分さえも消える。
何かがおりてきてパソコンのキーを叩かせてくれている。

気がつくと、一本出来上がっている。
書き上げた瞬間の爽快感。

少しだけ「無心」になれた瞬間かもしれません。

あなたは、一点集中と均等、
呼吸と空気を感じること
についての話を読んで、どのように感じますか?


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国際禅メンタルトレーニング協会代表  プロゴルファー、経営者等とのコーチングは10,000時間超。禅と欧米の最新メンタルトレーニング理論を融合した「禅×コーチングメソッド」を開発。米国にも「和の心」を伝えるべく挑戦中。「週刊ゴルフダイジェスト」に「禅の境地へ 滴り積もりて」連載中