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もみの木【ショートショート】



夕刻の時。
 
晴れの日ならばちょうど綺麗な夕焼けが拝める高台だが、今日は分厚い雲が空を全て覆ってしまっている。
 
雨が降り出しそうで降り出さない、という気持ちの悪い明るさを保ったまま一日が進み、そして今、本格的な暗さが到来してきた。
 
その高台に育つもみの木の前に佇む、くすみピンクのワンピースに身を包んだ少女が一人。艶やかな黒髪が肩まで伸び、レース素材になっている肩部分にふわりと乗る。 彼女は木の幹に向き合い、透き通る声で囁いた。

「リンちゃん、遅くなってごめんね」

すると、小さいながらも元気な声が、木の裏側から聞こえてきた。

「カナちゃん! いいよいいよ、たいして待ってないし!」

リンちゃんと呼ばれて根元からひょっこり顔を出したのは、茶色いリスである。ふかふかの尻尾を大事そうに抱えて擦りながら、彼はカナにそのつぶらな瞳を輝かせた。

「それで、今日は何にするの?」
「んー、卵焼きは入っていてほしいな。大きな卵焼きがいいの」
「卵焼きは絶対なんだね! 了解だよー!」

リンはその場でピョンピョンと飛び跳ね、クルッとターンを決めた。

「じゃあ、いくよ!」
「うん、よろしくお願いします」

リンは天に向かって手を広げ、目を閉じた。もみの葉が揺れる音にリンの呼吸が重なる。ややしばらくして、手の先に光が集まってきた。カナはその光に向かって右手をかざし、目を閉じた。
 
葉が揺れる音のみが辺りに響き渡ることややしばらく。大きくなった光に二人(匹)が強く目を瞑った瞬間、光の中心から楕円形の箱が一つ現れた。

「よーし、できたね!」
 
リンは広げていた手をパタパタと上下に振り、飛び跳ねた。

「リンちゃん、ありがとう」

カナはにっこりと笑い、浮かび続ける箱を手に取った。
そっと蓋を開けてみると、つやつやと光る白米が左半分弱に詰められ、右半分には色とりどりの食材が並んでいる。新緑色のブロッコリー、真っ赤なミニトマト、一口サイズのハンバーグ……。

そこに、どれよりも存在感を放つ卵焼きがひと切れ鎮座している。右半分の下側に一直線、分厚い黄色が横たわっていた。

カナの顔がほころんだのを見て、リンは満足そうに頷いた。

「気に入ってくれたようでなによりだよ!」

カナは蓋を閉じながら、今度はリンに向かってその微笑みを向けた。

「今日のもすっごく美味しそうだね!」
「それならよかった! いつもにも増してイメージが強く伝わってきて、やりやすかったよ!」
「あはは、自分で思っていた以上に卵焼きが食べたかったみたい」
 
少し顔を赤らめながら、カナはお弁当箱を手提げのカバンに仕舞いこんだ。そして代わりに黄色いラッピング袋を取り出した。うっすらと見える茶色い木の実たちが、カチャカチャと音を鳴らしあっている。

「いつもより大きいのがたくさん見つかったんだけど、どうかな?」
 
リンは小さな手で受け取り、よいしょと呟きながら絞り口を開いた。

「うわあ、これは上物だ! こんなに良いものはなかなかお目にかかれないんだよ!」
 
そう言ってカナを見上げた顔は、何よりも輝いていた。



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