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クレープのために【ショートストーリー】



「ジャムは絶対いちごなのに、クレープはいつもバナナだよね」

サヤは移動販売のクレープ屋さんからクレープを受け取り、すぐ隣にいたミユに話しかけた。一口目を頬張ろうと大きな口を開けた瞬間だったミユは、その勢いのままサヤの方を向いた。

「甘味に酸っぱさはいらないのよ!」

「ごめん、タイミングが悪かった」

そのやりとりを聞いていたレイカは、自分のクレープに視線を向けたままぼそりと呟いた。

「あー、『文字通りタイプ』ね」

「何そのタイプ笑」

サヤはレイカの不意打ちに吹き出しつつもツッコミを返し、ミユが今度こそクレープにありつけたのを確認してから自分のブルーベリークレープを口にする。少しズレてしまったメガネを中指で上げながら、『私は酸味が欲しい派なんよね』と心の中で呟いた。

チョコがかかったバナナとたっぷりの生クリーム。これ以上素晴らしい組み合わせは無いと断言するミユは、このマリアージュを幸せそうな顔でゆっくりと咀嚼し、名残惜しい気持ちを抑えて飲み込んだ。そして思いついたように一言。

「前に3人で行った民家みたいなところ、滅茶苦茶美味しかったよね」

「うん、別のクレープ屋の前でする話ではないけどな」

「ごめんごめん……ここのもすごく美味しいよ! でも思い出しちゃって。あれから数日後に閉店しちゃった悲しみと共にさあ」

クレープを胸の前で持ったまま少しだけ表情を曇らせたミユに、レイカは同情の視線を向けた。レイカもその店を気に入っており、イートインスペースでミユと二人して「美味しい」としか話せなくなるという事件が起きた場所でもある。

「ミユ、ここのためだけに車飛ばしてもいいって言うくらい気に入ってたもんね」

「そうなの。感動の面持ちでお店から出たらドアに貼紙があって……ふふっ」

しかし、ミユは急に話が途切れるくらいの思い出し笑いに襲われた。それを助けるように、サヤは最初から笑いで声を震わせながら続きを引き継いだ。

「あはっ……でもその貼紙は開く側に、開く側には別の貼紙があったから具体的な日にちが見れなくて、ドアが閉まるのを待ってたんだよね」

「それで、やっと閉まりだしたって思ったら……」

「何さ、私は待たせて悪いと思ったから急いで出たのにさ」

「いや、それはありがとうなんだけど、タイミングが良すぎたんよ」

ミユとサヤの思い出し笑い付ラリーに同情心がすっかり失せたレイカは不満げな顔で抗議した。サヤはフォローを入れるが、その声は依然として震えたままである。

「あとちょっとで数字が見れる! ってときにバッと隠されたからね」

ニヨニヨして見上げるミユに無表情を返しつつ、レイカは話題を進めることにした。

「で、結局一週間後に閉店するって話だったっけ」

「そうそう。すごくガッカリしちゃった。シクシク」

「よく言うよ。その夜に行ったカレー屋さんで『私、これを食べるためならいつでもかっ飛ばせる』って豪語してたじゃん」

シクシクと嘆く、今の子犬のような表情を塗りつぶすかのように、レイカはミユがカレー屋で見せた劇画調の目つきと声色を再現して反撃の一手を放つ。これにミユは

「だって美味しかったでしょー!??!」

と口を尖らせたが、その反応に満足したのか物真似がうまくいったからか、レイカは自分のシナモンクレープに視線を戻し

「わかったわかった。まずクレープに集中しようや。食べた気しなくなるよ」

と呟いて黙々と食べ始めた。

「もー、すぐ逸らすんだから。激しく同意するけど!」





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