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『パーラー・ボーイ君』Vol.2「スモーカーさん海へ帰る」

 パーラータウンの外れに、古い木造の家があり、そこには、スモーカーさんという、初老の男の人が一人で住んでいます。

 スモーカーさんは、その名の通り、つねにタバコをくわえているチェーンスモーカーです。
 歳のわりに鋭い眼光が印象的な痩せた人で、よく酒場や競馬場でその姿を見かけます。

 アナーキーで魅力的な雰囲気がある反面、気難しく近寄りがたい印象なので、なんとなくみんなが親しく接しにくい孤高の人です。
 このスモーカーさん、時に自宅のポーチでバンジョーを爪弾くことがあり、その腕前はなかなかのものです。


 ある日、パーラー・ボーイ君は、遊びに使うドングリを集めるため、一人で町外れまで来ていました。
 そこへ、聞こえてきたバンジョーの音色につられ足を進めると、スモーカーさんが壊れかけたイスに腰掛け、タバコをくゆらせながらバンジョーを弾いている姿が見えます。

 演奏が終わるとパーラー・ボーイ君は“すごい、すごーい”とポーチに駆け寄り、スモーカーさんが灰皿代わりに足元においていた空き缶にドングリを投げ込みました。
 パーラー・ボーイ君からしてみれば、ストリートミュージシャンに小銭をあげるのと同じ感覚ですが、スモーカーさんには、何のことやらさっぱり分かりません。
 とつぜんやって来た、おかしな来客にとまどいます。

 スモーカーさんは、元々こどもが嫌いではないのですが、どうにも接し方が分かりません。相手が大人であれば、大統領だろうと乞食だろうと自分の好きなように接するポリシーの持ち主ですが、こども相手にそんな接し方をするのは大人気ないような気がするし、かといって子供をあやすような愛想のいい接し方はテレくさくて出来ません。

“もう一曲弾かないかな~”と期待しているパーラー・ボーイ君の視線にたじろぐスモーカーさん。
 そこへ助け舟を出したのは、スモーカーさんが飼っている金魚のシューマッハです。
 シューマッハは、スモーカーさんが昨年、一時だけ愛していた女が、家を出ていくときに置いていった忘れ物です。
 シューマッハが水面を蹴って、“ポチャン”と音を立てたので、パーラー・ボーイ君はそっちに気を取られます。

「そいつは、シューマッハて言うんだ。たまに日光に当ててやろうと思って、表へ出してるんだ」
 スモーカーさんはぶっきらぼうな口調で言います。
 シューマッハは水面を見上げ、口をパクパクさせながらエサをねだります。
 スモーカーさんは金魚鉢にエサをパラパラおとしながら、ひとり言のように喋ります。

「こいつは、エサをよく食べるんだ・・・・・・最初、買ってきたときは、もっとずっと小さくて、どうせすぐ死ぬと思ってたんだが、意外と丈夫でこんなに大きくなりやがった――」
 パーラー・ボーイ君は、スモーカーさんの話などまるで耳に入っていない様に、ジーとシューマッハのことを眺めています。
「――こんなに大きくなったら、この金魚鉢じゃ小さすぎる。本当は川に逃がしてやりたいんだが、ここら辺の川にはどこも大きな魚がいるから、金魚なんかすぐ食べられちまう」

 変わらずパーラー・ボーイ君はスモーカーさんの話に何の反応もせずに、シューマッハのことを眺めています。
 実はパーラー・ボーイ君とシューマッハは、会った瞬間すぐに意気投合して、仲よく会話しているのですが、大人から見れば、エサを食べている金魚のことを、パーラー・ボーイ君がマジマジと眺めているだけにしか見えません。
 スモーカーさんは、(飽きるまでそうしていればいいサ)と、再びタバコをくゆらせながら、バンジョーを弾きだしました。

 翌日、夕方になって一緒に遊んでいたハラルド君とラロッカちゃんと別れた後、パーラー・ボーイ君はまっすぐ家に帰らずに、回り道して今日もスモーカーさんの所へいきました。

 今日はポーチに誰もいません。パーラー・ボーイ君は玄関の横にある窓から、背伸びして中を覗いてみます。
 簡素なダイニングの隅に金魚鉢とシューマッハの姿がみえます。
「小僧」
 不意に後ろから声をかけられ振り返ると、寝起きみたいに、はれぼったいまぶたと、適当にとかした様な髪形をしたスモーカーさんが、ブリキのバケツを手に立っています。

 スモーカーさんは、シューマッハの金魚鉢用に使う水を近くの川に汲みにいくところだったので、パーラー・ボーイ君はスモーカーさんの代わりにバケツを持って、お手伝いすることにしました。

 ちょっとした茂みを通って、川まで行くと、バケツを浸して水を汲みます。
 パーラー・ボーイ君は、川にクツを突っ込まないように気をつけながらやりましたがダメで、いつの間にか水が浸入してきてしまい、靴下が気持ち悪く湿ってしまいます。
「おまえ、気をつけろよ」
 スモーカーさんはパーラー・ボーイ君のことを、(あぶなっかしいな)と思いながら見つつ、タバコに火をつけます。

 パーラー・ボーイ君はバケツにすくった川の水を見ながら、
「ボクんちは、浄水器が付いてるから、ボクんちの水のほうがきれいダヨ」
 と言います。すると、スモーカーさんは、
「きたない水だから、浄水器が付いてるんだよ」
 と言いました。
 パーラー・ボーイ君が、ためしにバケツに口をつけて川の水を飲んでみると、
「バカヤロウ、やめろ!」
 すぐに、スモーカーさんに頭を叩かれました。
「金魚には川の水。人間には浄水器の水が一番いいんだッ」
 そう言うスモーカーさんに、パーラー・ボーイ君が、
「なんで、海の水と川の水は味が違うの?」
 と子供独特の素朴な疑問を投げかけると、スモーカーさんは(めんどくせぇな)と、しらんぷりです。

 パーラー・ボーイ君は、しらんぷりの意味をはきちがえ、
「おじさん、海行ったことある?」
 と質問しました。これにはスモーカーさんも少しムキになって、
「バカにすんな! オレは昔、海賊だったんだぞ!」
 と、若い頃、お金は無いが外国に行きたいと言う理由で船乗りになった時のことを語りだしました。
 同じ船で働く悪友達と宝石や麻薬を密輸してお金を儲けたり、船の中で何もやることが無くヒマなのでポーカーばかりやっていたこと、甲板でケンカになり、相手を大西洋に突き落した話。

「――特等船室に泊まっているようなヤツらは、貴重品入れの中から100ドル、200ドル、無くなっていても気づかないんだよ――」
 昔のことを語っている内に、気づけばもうすっかり日が暮れています。
 スモーカーさんは自分の長話に気づいて、(オレも、もう歳だな)と急に恥かしくなりました。

「小僧、もう遅いから帰りナ。家の人が心配してるゼ」
 パーラー・ボーイ君にも、もう家に帰らなければならない時間だとういことは分かります。
 シューマッハにちゃんと会えなかったのは、なごりおしいですが、しかたありません。スモーカーさんちの庭までバケツを運ぶと、素直にじぶんちに向かって駆け出しました。
「小僧、またシューマッハに会いに来いよ!」
 スモーカーさんはパーラー・ボーイ君の背中に向かって言いました。

 パーラー・ボーイ君には話しませんでしたが、スモーカーさんは昔、世界中に彼女がいて、子供も何人か居ます。
 自分で知っているだけでも3人の子供が居ますが、本当はもっと居るかもしれません。
 今ごろはきっと孫も出来ていることでしょうが、誰とも人生をともにする事のなかったスモーカーさんには詳しいことは分かりません。
 スモーカーさんは、ときどき、あまりにも奔放に生きてきたことを、「オレは間違ってた」と後悔することがあります。

覗く

 その日も、パーラー・ボーイ君がスモーカーさんちに遊びに行くと、ポーチには誰も居ません。
 窓から中をのぞいて見ても人の気配はありません。
 玄関のドアを押してみると、カギは掛かっておらず、“ギーッ”という音をたてて開いたので、パーラー・ボーイ君は勝手に中へ入っていきました。

 古い家の床はパーラー・ボーイ君が歩くと“ギシ、ギシ”と、きしみます。
 パーラー・ボーイ君がイスの上にのぼってシューマッハの金魚鉢をのぞき込むと、シューマッハはパーラー・ボーイ君に向かって口をパクパクさせます。

「小僧か!? シューマッハにエサをあげてくれ」
 奥にある部屋からスモーカーさんのかすれた声がしてきました。
 パーラー・ボーイ君が、金魚鉢の近くにあったシューマッハのエサを見つけ手にとると、また奥から、
「あんまり、あげすぎるんじゃないぞ!」
 と声がしてきます。
 パーラー・ボーイ君は言われたとおり、あげすぎないように気をつけながらエサをパラパラと金魚鉢に落とします。
 シューマッハがエサに飛びつくのを見て、パーラー・ボーイ君は自分もすこし食べてみようと、金魚のエサを口に持っていきました。すると奥の部屋から、
「おまえは金魚のエサ食べるんじゃないぞ!!」
 とスモーカーさんの声が飛んできました。
 パーラー・ボーイ君は、どうしようか迷いましたが、エサの匂いをかいでみて、スモーカーさんに言われたとおり、食べるのはやめました。

 
 イスを降り、声のした部屋に行ってみると、スモーカーさんはしんどそうにソファーに寝転がっています。
「今日は金魚の水、汲みに行かないの?」
 パーラー・ボーイ君がたずねると、
「水を交換するのは、週に一回でいいんだ」
 とスモーカーさんは言い、
「エサは一度にたくさんあげすぎずに、何回かに分けてちょっとずつあげるんだ」
 と教えます。
 スモーカーさんは吸っていたタバコが燃え尽きると、
「これと同じヤツを買ってきてくれ」
 と、空き箱と小銭をパーラー・ボーイ君に渡しました。
 パーラー・ボーイ君はお金を受けとると、返事もせずに、“タッタッタッタッ”と、かけていきました。
 スモーカーさんはパーラー・ボーイ君が居なくなると、
“ゲホ、ゲホ、ゲホ”と、吐きそうになるくらい激しくむせました。

 パーラー・ボーイ君は販売機の一番上にあるマルボロに手を伸ばしますが、あきらかにとどきません。
 それでもムリをして押そうとすると、その拍子にオデコが他のタバコのボタンにぶつかってしまい、販売機から出てきたのは、1mのメンソールタバコです。
 パーラー・ボーイ君にも、欲しいのと違うヤツが出てきたと分かりますが、“まあ、これでもいいか”と、あまり深く考えません。
 パーラー・ボーイ君はタバコをもって、スモーカーさんちにかけもどりました。


「なんだこれ! 女の吸うタバコじゃねえか!!」
 スモーカーさんは、パーラー・ボーイ君の買ってきたタバコを見て言いますが、パーラー・ボーイ君は、そんなこと聞いていません。
 スモーカーさんちに戻るなり、カベに飾られた古い船の写真に気づいてそれに見入ります。
 スモーカーさんは、(やれやれ、子供にタバコのおつかい頼んだオレがいけねぇや)と思いながら、
「それは、オレが昔、乗っていた船だ! 小僧、オレは近いうち、また海に戻るぞ。もう一度、旅に出たいんだ」
 と言いましたが、パーラー・ボーイ君はスモーカーさんの言うことに、何のリアクションもしめさずに、写真に見入っています。

(こいつは、ほんとに人の話を聞かないなぁ)
 スモーカーさんは首をヨコにふり、タバコに火をつけました。
 スモーカーさんは、パーラー・ボーイ君の買ってきたタバコが思いのほか美味いのに驚きながら、
(こんな気分で、タバコを吸ったのは、ずいぶん久しぶりだなぁ)
 と、何だかすこし幸せな気持ちになりました。

スモーカー



 日頃、落ちつきと、行動に一貫性の無いパーラー・ボーイ君ですが、興味を持ったことには人並み以上に熱中します。子供なんていうのは大抵そんなものです。
 今日も飽きもせずスモーカーさんちに遊びに行きます。

 このところ、ずっとシューマッハにばかり興味がいっていましたが、“今日はスモーカーさんにバンジョーを弾いてもらおう”と思いながら家に行くと、いつもはお客さんの姿なんか見たことのないスモーカーさんちのポーチで、スーツ姿の人と作業服を着た人が、シケタ顔をしながら、なにやら話しています。

 パーラー・ボーイ君が近づくとスーツの人が、
「ボウヤどうしたい?」
 と声をかけてきます。パーラー・ボーイ君が、
「ボク、スモーカーさんにバンジョー弾いてもらいたいの」
 と言うと、男のひと2人は顔を見合わせ、困った表情です。

 男の人たちの足の間から、パーラー・ボーイ君がのぞくと、家の中には作業着姿の人がもう一人いて、なにやらゴソゴソしています。
「ボウヤ、スモーカーさんはね、もうココには居ないんだよ――」
 スーツの人が、まだ何か言おうとしましたが、それを遮るように、中にいた作業着の人が、
「すいません。金魚がいるんですけど、どうしたらいいですかねー」
 と、乱暴な持ち方で金魚鉢をかかえ言いました。

「川にでも放したらいいさ。裏にあっただろう」
 ポーチにいた作業着の人が言うと、パーラー・ボーイ君は慌てて、
「だめだよ! 川にはおっきい魚がいっぱい居るんだ! シューマッハは小さいからすぐに食べられちゃうんだよ!」
 と、止めます。
 大人たちは困った様子ですが、スーツの人がすこし考えてから、
「ボウヤはスモーカーさんと知り合いかい?」
 とたずねました。
「友達なんだよ。シューマッハとも」
 スーツの人は、考えながら、ゆっくり喋ります。

「スモーカーさんは、遠くに行って・・・・・・、もう帰ってこないから、金魚の面倒をみる人が居なくなっちゃた。・・・・・・ボウヤ代わりに飼えるかい?」
「うん! ボク飼えるよ。水は週に一回取り替えて、エサはあげ過ぎないようにするんだ。それと、特等船室に泊まっているようなヤツらは、貴重品入れの中から100ドル、200ドル、無くなっていても気づかないんだよ★」
 パーラー・ボーイ君はムネを張って答えました。

☆  ☆

 金魚鉢にエサをパラパラおとします。
 結局、一度シューマッハのエサを食べてみましたが、雑草よりも苦くて、ヘンなにおいが口いっぱいに広がってキモチ悪くなりました。
 パーラー・ボーイ君はスモーカーさんの代わりに、シューマッハの世話をしているときに、とても誇らしい気持ちになります。
 スモーカーさんは、大きな船に乗って、世界中を旅したスゴイ人だからです。今もきっと、船で世界のどこかを旅しているんだと思っています。

 パーラー・ボーイ君はエサを食べるシューマッハのことを見ながら、いっぱいエサを食べて、もっと、ずっと、うんと大きくなったら川に放してあげよう、と思いました。
(そしたら、海まで泳いでいって、スモーカーさんと、また会うのかなぁ・・・・・・)

スモーカー 金魚


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