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バックパッカーズ・ゲストハウス㊻「人間っていいな」

 前回のあらすじ:ゲストハウスの同居人に「ペドさん」という素敵なあだ名をもらった。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2


 私みたいな、金もないのにその辺をほっつき歩いている人間には、ちょうど良い娯楽になったであろうに、例の通り魔事件のせいで、ゲストハウスに住んでいた時期は、歩行者天国が中止されていた。秋葉原の歩行者天国を知っている連中は口を揃えて、「面白かった」と言っていた。

 歩行者天国の代わりに、中央通りにあるビルが、一階の空いているスペースを貸し出して、一〇〇日間連続でイベントをやるという企画があったようで、何度かたまたまイベントがやっている時間帯にそこを通りかかった。

 眠くなるようなものをやっていることが多くて、暇な私ですら大抵素通りしたが、一度、かなりの人混みが出来ていたことがある。入場フリーだったので、野次馬根性で人混みの中を分け入って行くと、解説者席みたいなところに電撃ネットワークの南部寅弾の姿が見えた。アイドルがステージで歌っていて、それに合わせて、絵に描いたようなオタクたちがオタ芸を打っていた。

 初めて見るオタ芸の熱量に圧倒された。振り付けで後ろを振り返ったり、体を反らせたりする時に見える、オタクたちの笑顔に不覚にも惹きつけられた。ダラダラと流れている汗も、よくネタにされる彼らの服装も、素敵なものに見えた。とてもアイドルのことをちゃんと観ているようにも、歌を聴いているようにも見えなかったが、こんなにも楽しそうに熱を込められるものがあることに、人間とはなんて素晴らしい生き物なのだと感嘆した。

 ステージが終わると、オタクたちはお互いの健闘をたたえ合うスポーツマンのように、爽やかな表情で、なにか言葉を交わしていた。ハゲていても太っていても、男のクセに猫の耳がついたカチューシャをしていても、それがその瞬間の彼らのまぶしさを損なうことにはならなかった。

 近所を歩いているだけで、毎日ビラを配るメイドとすれ違い、寝床へ帰れば、オタク気質の住人が何人も居る。そんな環境で暮らしている内に、私はこの街と住人に愛着みたいなものを感じるようになっていた。それが転じて、街中で、渋谷や池袋、六本木辺りをホームタウンにしてそうな連中が、我がもの顔でいきった歩き方をしていると、面白くないものを感じた。ここはパソコンを一から自分で組み立てたり、ピンクのウィグを被ったおっさんの為の街なのだから、格好つけたヤツらは端に引っ込んどけ。そんな感情を覚えた。間違ってもこの街の住人が、他の街で、道の真ん中を歩くことは無い。


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