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バックパッカーズ・ゲストハウス㉞「川崎よりの使者」

 前回のあらすじ:バイト先の賄いで出たキノコのパスタが旨かった。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2


 厨房で唯一、大人しそうな見た目の、ナオタロウというバイトがいた。たまにバイトを上がる時間が一緒になることがあった。ある日、二人で帰り支度をしている時に、更衣室にクリーニング屋が入って来た。五十手前ぐらいの親父で、江戸っ子ぽい切れの良い喋り方をする人だった。親父は私とナオタロウを捕まえると、世間話を始めた。私もナオタロウも人の話を切るのが苦手なタイプで、三十分から四十分ぐらい親父の話に付き合うはめになった。

「女房や彼女じゃ足んねぇことがあるから、男は風俗に行かなきゃなんねぇ。風俗なら川崎に行け」親父の話を要約するとそういうことだった。
 立派なオフィスビルの地下で、そういう話をしていると、自分たちが、紛れ込んだ害虫みたいな存在に思えた。


 Tシャツの柄が、制服に透けていることを注意されたが、旅の荷物には選りすぐりのお気に入りしか持って来ていなかったので、バイト終わりに白い肌着を買いに行こうと思っていた日、ナオタロウと帰りが一緒になった。ナオタロウは、「ユニクロがいいですよ」と駅から近い店舗に案内しようとしてくれたが、その時の私には、もはやユニクロでさえ高級ブランドだったので、近くの一〇〇均でシャツを何枚か買った。ナオタロウは、「品質が全然違う」と長い目で見たときのことを考えて心配してくれたが、長いこと働く予定はなかったので、とりあえずその場を安く済ませることが重要だった。どこに住んでいたか忘れたが、その日、途中まで一緒の電車に乗って帰った。同じように田舎出身だったナオタロウに、車窓を見ながら、

「こういう風景見てると、東京なんだなって思って、感慨深い気持ちになるよね」というと、あまりピンと来ていない様子で、
「そうですか。慣れますよ。すぐになんも思わなくなるんです」と言った。
「どれぐらい住んでるのか?」と聞くと、
「一年」だと答えた。一年でこんなに東京に対して特別感が無くなってしまうものなんだと思った。何のために東京に出てきたのか聞くのは忘れたが、なんとなく聞いとけばよかったと思う。


 他に少し年上でその分みんなより落ち着いた感じの韓国人女性と、独断だが、失恋したときにヤバいぐらい落ち込むタイプに見える男前がホールにいた。男前とはシフトが一緒になることが多かった。クールな感じで取っ付きにくいが、性格は良くて、要領の悪い私のことを気にしてくれ、よく助けてもらった。

 体育会系の役者志望やクールな男前、よく名前を間違えられる色気のある女はオープニングスタッフで、凄いことに、私や副店長から見たら、とんでもない嫌なヤツの店長と仲良くやっているどころか慕っていた。店長もオープニングからいる面子に対してはフレンドリーだった。

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