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マリーはなぜ泣く⑭~Get Lucky~

前回のあらすじ:酔っ払って寝た先代の小籠包を、会計の済んでいないまま牛丼屋に置き捨てて、みんなで走って逃げた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe


 ホテルのロビーで、朝食バイキングに行く満里の姿が見えた。大籠包は、

「せっかくやから俺も少しだけ食っていくわ」と言った。
「今さっき牛丼食べてたやないけ」職業病ともいえる俺のツッコミに、大籠包は、
「走ったから、腹減ったわ。君らみたいな軽自動車と違って、俺は燃費が悪いんや」とほざいた。

「哲ちゃんもいくか? もったいないで、食べな」
「俺はいいよ。もうなんも入らん」

「そうか、そんじゃあ、ゆっくり休みや。大切な日なんやから」
「おう」と軽く手をあげて答え、俺は部屋に戻った。


 愛媛では一番上等なライブハウスで紹介された伊東さんの恋人は、満里より年下で胸がデカかった。元々は作曲とギターを習いに来ていた生徒だったそうだ。男の見てくれではなく才能に惚れる女というのがたまに居る。大抵の場合、そういう女はいい女だ。俺は、

「今すぐにでも結婚するべきだ。これを逃したら次があると思うな」と伊東さんに進言した。伊東さんも、
「次が無いのは分かってる」と答えた。

「でも、どういうタイミングで結婚したらいいのか分かんないんだ。この歳までしたことないから」
 その点に関してだけは、俺の方が先んじていた。

「そんなもんノリだよノリ! なんでもいいから、『結婚しよう』って言ってしまえばいいんだよ――もし断られるのが怖かったら、キラキラしたもん用意して渡せばいいから。光もん欲しさに、『うんっ』ていうよ」
「すいぶん乱暴だな」
「乱暴なことなんだよ、男と女が一緒に生きようなんて約束するのは」
「そんなもんか……」伊東さんは俺の言葉を思いのほか真摯に受け止めたようで、意を決した表情をした。

 昼過ぎからおこなわれたリハーサルでは、トップバッターでステージに立った。出演するのは、売れたバンド、これから売れる予定のバンド、現役バリバリで人気のあるアイドル。そういった出演者たちの中に入れば、前座のような扱いで当然だった。みんなジンジャーを使い作った曲をやる決まりだった。中には実際に販売された音源にもジンジャーの音が入っている曲もあった。伊東さんは昨日の晩、外タレも出演するような、かなり大きな音楽番組に、過去に二回作曲者として名前が出たことを白状していた。俺だけがミュージシャンとして世に出るようなモノにはならなかった。

 前日同様、指はモタつき、同じ場所でミスをした。「良くなった」と言われた声も、昔ほどハリはなく、高音がかすれた。良くないという確認をする結果となってリハーサルを終えた。

 俺たちがリハーサルを終えた後に、ライブハウスに到着した例の少し前まで有名だったバンドのボーカルに声を掛けられた。

「ずっとファンでした」第一声で言われた言葉の意味が分からず、俺はまぬけに、
「ファン?」と聞き返した。彼は、「十代の時にラジオを毎回聞いていた」と言った。俺は芸人を十年、バンドはここ二年活動はしていないとはいえ、もう少し長いことやっているが、いまだにファンというものの存在に慣れていない。唐突に現れる、ファンだと名乗る人間の前ではドギマギしてしまう。

「あの頃の俺たちに、ファンが居たとは知らなかった」俺の言葉に彼は、
「ひどいな」と言い笑った。



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