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バックパッカーズ・ゲストハウス(66)「100円マックで夜を明かす人々」

前回のあらすじ:お台場の夜景を見に行くというロマンチック行事をひとりでこなした。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2


 四ヶ月も一緒に住むと、赤の他人だったやつでも、何となく些細なことが分かるようになってくるらしい。私はある日、夜中に手紙を書こうと、ゲストハウスから一番近いマクドナルドへ行き、そこで一〇〇円のコーヒーで夜を明かそうとする、ネットカフェ難民よりも更にハングリーな連中や、ひとりでなにかを喋っている魔女のようなババアを見かけた。それでなんだか暗い気持ちになった。

 自分と彼らを分けている、紙一重のものが何か分からないが、なんとなく私はズルいように思えた。

 ゲストハウスに帰ると、踊り場でタバコを吸う塚田と顔を合わせた。
「どこへ行ってたの」と聞かれ、「マックに行ってた」と話し、「都会のマックのこの時間って、こんなんなんだね」と今見てきた光景を説明した。

 そんな話は広がらず、すぐに話題は別へ移ったが、そこへ売れそうなゴミを拾い集めに行っていた、ギョロ目の斉藤が帰ってきた。
 彼は売り物になりそうもない、どこかのメイドカフェの店名が入ったマッチの束を私と塚田にくれた。そのやり取りだけで、斉藤は、

「なんか太郎さん元気ないですね」と言い、塚田が、
「さっきマックで、底辺で生活する人たち見てきたんだって」と説明した。自分では、元気のない自覚はなかった。
 たわいもないことだが、この程度のテンションの上がり下がりを、家族でもない人間が気づくというのは、凄いことに思えた。


 刑務所じゃないので、指折りその日を数えるという訳じゃなかったが、ゲストハウスを出る日が近づくとホッとした。「小説を書く」なんて言葉を免罪符に、地元で適当にバイトしながら、彼女と会って、金が貯まれば北海道へ行く。雑な計画だが、次の旅ではもっと上手くやれそうな気がした。

 初めから六月いっぱいでここを出ることを公言していたので、みんなそれなりに寂しそうにしてくれた。梅雨空の日に高田は、
「ここの夏は暑いですよ」と次の季節を想像し、出ていく私のことを、「いいなー」と言った。

 ニキは旅のさらに先、将来的にどうするのかという意味で、
「これからどうするのか」と私に聞き、私は適当に、
「ニューヨークに行く」と訳の分からない返事で濁した。

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