『パーラー・ボーイ君』Vol.2「So Wonderful」
前回
サービスカウンターの前で待っていたパーラー・ボーイ君たちの元へ、ジージが連れてこられると、ラロッカちゃんが言います。
「もう、ジージどこ行ってたの! 探したんだから」
「だから、トイレにいって来るって言ったじゃないか」
ジージは怒っていますが、できるだけ平静を装って言いました。
「なかなか帰ってこないから、みんな心配したのよ」
「すぐ帰ってきたじゃないか、ものの5分も経っていない――」
ジージは係員に言います。
「――本当じゃよ、ワシは迷子になんかなっとらん」
「ええ、そうでしょうとも。西海岸のイナズマ」
係員は笑いを噛み殺しながら言いました。
ジージは苦々しい顔をして、
「サッサと買い物を済ませて帰るぞ!」
と、パーラー・ボーイ君の手を引いて歩きだしました。
☆
ジージは今日、パーラー・ボーイ君の新しい洋服と、明日にせまった、バーバの誕生日プレゼントを買いにモールへ来たのです。
しかし、一度気分を害してしまったので、どうにも買い物に身が入りません。
パーラー・ボーイ君の洋服選びはラロッカちゃんに任せっぱなし、バーバのプレゼントに関しては、毛糸のクツ下を買おうとする始末です。
「ダメよ、そんなの全然ワンダフルじゃないわ!」
ラロッカちゃんに止められて、ジージは言います。
「でも、ばーさん冷え性だぞ」
「そういう問題じゃないのよ、もっと、こう・・・・・・なんて言うのかな――いいわ、私が一緒に選んであげる!」
ラロッカちゃんはジージの手を引いて、モールの中を周り始めました。
モールの中には、色々なお店がいっぱいです。
オシャレなマフラーや手袋。素敵な本に、かわいらしいティーカップ。いかにもバーバに似合いそうな腕時計など、なんでもありますが、そのせいで逆に何を選んでいいのか分からなくなってしまいます。
「次は7階に行きましょう。イベントフロアで、デザイナーズ――」
意気揚々と弾むように歩くラロッカちゃんに、ジージは言います。
「ラロッカちゃん、少し休もう。ワシはもう疲れたよ」
「もう、じゃあ5分だけよ」
ラロッカちゃんは、腕にはめた可愛らしいキャラクターウォッチをコンコンと軽く叩きながら言います。
“やれやれ”と、近くにあったイスに腰を下ろしたジージは、
「お前さんたち、これで何か飲み物を買ってきておくれ」
と、パーラー・ボーイ君たちにお金を渡しました。
子供にとって、ちょっとした用事を頼まれるのは、なにげに嬉しかったりします。ましてやそれが、ジュースを買ってこいなら、なおさらのことです。
販売機の前には、数人の列が出来ています。
パーラー・ボーイ君たちがそこに並んでいると、12、3才ぐらいの年上の男の子が2人、前に割り込んできました。
2人とも、HIP・HOPかぶれです。
おとなしい、パーラー・ボーイ君とハラルド君は何も言いませんが、この人は違います。
「ちょっと、あなたたち! 割り込まないでよ!」
ラロッカちゃんが注意すると、男の子は、
「うるせぇ、ちび! この販売機にミルクは売ってないぜ!」
と言い、2人で笑います。
「なによ! これでも5才児の平均身長はクリアしてるんだからねっ!!」
いじわるを言われてラロッカちゃんは頭に来てますが、男の子たちは、そんなことお構いなしでジュースを買うと、
「じゃあな、チビスケ」と言って、去っていきました。
怒りのおさまらないラロッカちゃんは、
「もう、むかつくわ! 大人になったらピストルを買って、どてっ腹に一発ブチ込んでやるんだから!」
と、過激発言です。
☆
「そうですか、中古車のディーラーをなさってるんですか」
「まだ、始めて間もなくて、最近ようやく商売が軌道に乗ってきたところなんですよ」
ジージと中年の男の人は、意外と話に花が咲いています。
そこへ、飲み物を持ったパーラー・ボーイ君たちが戻ってきました。
ラロッカちゃんは帰ってくるなり、
「ジージ、あたしリボルバーが欲しいのー!!」
と言います。
「なんだい、なんだい。いきなり物騒なこと言って」
「すごい、むかつくヤツらがいてね――」
勢いよく事のしだいを話すラロッカちゃん。
横で様子を見ていた男の人は、肩をすくめてから、ジージに自分の名刺を渡すと、
「ご用のときは、ぜひウチヘ」
と言って、去っていきました。
「ジージ、あの人だれ?」
ジージは老眼なので、少し離したり、目を細めたりしながら名刺を読みます。
「あの人はね、カーティスだよ」
7階のイベントフロアでは、デザイナーズジュエリーの展示即売会がやっています。
たしかに宝石類をプレゼントすれば、バーバが喜ぶこと確実ですが、しかし、どれもこれも高価なうえに、今さらこんなものをプレゼントするのは、仰々しすぎる気がして、ジージはどうにも乗り気じゃありません。
早く別の売り場に行こうと思いながら、適当に見てまわっていると、不意にジージの目に一つのネックレスが飛び込んできました。
40年近く前、ローマの街角で見たのとそっくりです。
いや、そっくりなんてものじゃありません、まるっきり同じものです。
ネックレスを見た途端、街の匂いや、肌にさわる風の感触、心をしめつける、あの時の情景が鮮明に蘇ってきます。
けれど、“これだ!”と思い見入ったのも束の間、すぐに現実に引き戻されてしまいました。
値段の書いたプレートには、「0」がいっぱい並んでいます。
昔、ローマで見たときよりも5割増です。
これじゃあ、ハタチそこそこだった若造にも、今のジージにも手が出ません。
そばで見ていたパーラー・ボーイ君たちにも、ジージのションボリした感じが伝わります。
子供たちは意外と敏感に、事情を察しました。
☆
外に出ると、もうほんのりと陽がかげってきています。
ジージは、ちゃんとラッピングしてもらった毛糸のクツ下を手に、思いのほか長居してしまったショッピングモールを後にします。
駐車場に停めてある車のところまで来て、ふと、思いつきました。
運転席に座り、ポケットから取りだしたカーティスの名刺をまじまじと見つめます。
子供たちはジージに言われるまでもなく、シッカリとシートベルトを締めます。
「こわいよー、こわいよー」
「ジージ、気をつけて運転してよ」
「わかってるよ」
「そんな運転じゃ、いつかゼッタイ事故するわよ」
ジージは日除けに名刺を挿みながら言いました。
「大丈夫さ、明日からはバスに乗るから」
オレンジ色の日差しの中、ジージ自慢の愛車がゆっくりと走りだしました。
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