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バックパッカーズ・ゲストハウス㉛「嫌西側諸国」

前回のあらすじ:レストランでのバイト初日、役者志望の先輩にサロンの巻き方を教えて貰った。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 この日だったか、別の日だったか忘れたが、営業終わりにゴミを捨てにいく場所も、役者志望の女に教えてもらった。地下にある鉄の扉を開けると、かなり広い空間が広がっていてそこ全てがゴミの集積場だった。コンクリート剥き出しで、地下らしい青白い照明の空間は、SFっぽい感じがした。建物の中のはずだが、トラックが走っていた。どれも同じようなゴミに見えたが、指定があるらしく、かなり奥の方まで歩いた。それ以来、私はもう一度その空間に入りたくて、ゴミを捨てにいくことを頼まれるのを待っていたが、どういう分けか、ゴミ捨て係に任命される機会が店を辞めるまで一度も無かった。

 帰りに、「次来る時までに覚えて来て下さい」と店長からマニュアルを渡された。「食の楽しさを――」どうのこうのと書かれた見出しから始まる、心構えを書いたマニュアルと、提供している全メニューの正式名称と、その言葉の意味。オーダーを入力する端末での表示名。使ってる食材。アピールポイント。の書かれた商品のマニュアル。
 そして、店舗の見取り図と卓番、営業中に使うであろう言葉を考え得るかぎりイタリア語に直したマニュアルの三冊を渡された。どれもそれなりの厚さがあり、おまけに電化製品の説明書よろしく、頭の良い奴が書いたバカみたいな文章だった。次の出勤が二年後ならともかく、翌日だったので、覚えていくことは絶対に無理だった。


 貝印のポケットシェーバーでヒゲを剃り、ヨドバシカメラでクソをして、電車に乗る。御茶ノ水、水道橋、飯田橋と流れていく、私には用のなさそうな街並を眺めながら、扉の上には路線図ではなくモニターが設置されていて、そこで星座占いが始まると結果を確認する。そのうち新宿に着くと、そこからは一端の社会人面しながら職場まで黙々と歩いた。十時四十五分までにサロンをくるくる巻き巻きするところまでちゃんと済ませてから、タイムカードを押して、昼休みになるとともになだれ込んでくる、高層ビルで働くサラリーマンとOL相手にオーダーを聞いて飯を運ぶ。ランチタイムが終わってホッとすると、今度は店長の小言が始まる。初日から辞めるまで、仕事がある日の流れはいつもそんな感じだった。

 私は店長に嫌われていた。初めは、長時間労働に対しては辛抱強く働くが、瞬間的に忙しいことに対して、器用に仕事をこなすことが苦手なので、ランチタイムでの要領の悪さが原因でムカつかせているのかと思ったが、私と同じように、店長に嫌われていた副店長が言うには、「店長は西の人間が嫌い」らしい。

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