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禅からマインドフルネスへ──今からはじめるマインドフルネス入門③ 

 仏教の瞑想がどのようにしてマインドフルネスとなっていったのかの歴史を、ここまで2回に渡って追ってきました。今回はその歴史編の最終回です。

 マインドフルネス瞑想に興味を持つ方は日に日に増えていますし、実践する方も少しずつ多くなってきていますが、マインドフルネス瞑想の歴史については知っている人は意外なほど少なかったりします。この文章があなたのお役に立てれば幸いです。


禅、そしてマインドフルネスへ

 さて、鈴木大拙や鈴木俊隆らの活躍によって、仏教哲学が西洋世界へと広く知られていくようになった1900年代。世界に日本の禅が紹介されからやや遅れて、上座部仏教も少しずつ世界に紹介されてきます。

(上座部仏教とは、大乗仏教とは異なるルートでインドから世界へと伝わっていった仏教です。一般に、大乗仏教よりもより釈迦の教えに近い初期仏教とされています。インドからスリランカ・ミャンマー・タイなどに伝わり、オレンジ色の袈裟を着た僧侶のイメージで思い出されることが多くあります)

 大乗仏教の瞑想(禅)、上座部仏教の瞑想、が少しずつ世界的な認知を獲得してきたのが1970年代までのことです。

 とはいえ、その頃までの瞑想はまだ「東洋の神秘」のヴェールをまとった、幻想的で、スピリチュアルで、呪術的な要素すら感じさせる行為でした。瞑想は多くの西洋人にとって、魔法にも通じる超常の魅力を感じるものだったと思います。仏教、あるいは禅の考え方も英語で次々と紹介されていきましたが、それらはあくまで「神秘的な宗教」であったし、理解することもけっして容易ではありませんでした。

 しかし1970年代に事態が急激に変わります。

 アメリカのマサチューセッツ大学のジョン・カバット・ジン博士が、仏教源流の瞑想を「ストレスを低減させるプログラム」として医療に応用したのです。彼は仏教用語で説明される瞑想のわかりにくい部分を、平易で一般的な言葉に置き換えて、誰でも簡単に体験できるようにしました。そして患者らを対象にしたこのプログラムで、次々と成果が出るようになったのです。

 このプログラムの成果をまとめた書籍が1979年に出版されました。
 それが「マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)」です。

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 この本の中では、マインドフルネス瞑想は徹底して理性的に科学的に説明されています。可能な限り宗教色が取りはらわれ、医者が説明する科学的な医療プログラムという視点で描かれているのです。この本の出版によって、マインドフルネス瞑想というものが宗教の修行ではなく、科学的なメンタルトレーニング、メンタルフィットネスとして大きな一歩を踏み出しました。


テクノロジーとマインドフルネス瞑想

 医療プログラムとなった瞑想は、メンタルヘルスやペインコントロールの分野で実際に成果を出し続けていました。しかし20世紀の間は「どうしてこれほど効果があるのか」という科学的な根拠までは提示されていませんでした。
 たしかに効果はあるようだ。だが理由はわからない。
 そのような状況から、瞑想を医療やメンタルフィットネスの選択肢として上位に挙げる人たちはまだ一握りでした。いわば「信じるものは救われる」という域を脱してはいなかったのです。

 それが21世紀に入って、もういちど状況が劇的に変わります。

 それはテクノロジーの急激な進化です。
 医療機器の高性能化が進み、脳神経科学の研究が飛躍的に拡大していったのです。脳内の精細な画像も撮影できるようになり、各部位の変化や働きも追えるようになりました。

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(写真は磁気共鳴画像装置 ── fMRI)

 マインドフルネスの世界で有名な論文の一つは、2010年にハーバード大学で発表されたものです。マインドフルネス瞑想を習慣化した学生を対象に調査を行ったところ、何もしていなかったグループより成績が上がり、それを裏付けるように脳内の海馬の灰白質の密度が向上して学習プロセスが強化されていたのです。

「これはガチのやつだ」

 と研究者が言ったかどうかはわかりませんが、瞑想がもたらす様々な効果について、これ以降次々と裏付けが取られることになっていきました。

 マインドフルネスに関する学術論文は年々増加して、いまなおとどまることを知りません。脳科学やメンタルヘルスの領域において一大トピックとなっているのです。もはや瞑想は宗教のものだけではなくなりました

 Googleでは、いち早く瞑想の効果に目をつけたチャディー・メン・タン氏が、社内でマインドフルネス瞑想プログラムを開発しました。
 Facebookやゴールドマン・サックスなどの先進企業が続々と瞑想を会社に取り入れているのも有名な話です。

 現在、様々な論文から立証されているのは、瞑想によって脳の構造が変化して、集中力、記憶力、ストレス耐性、共感力が強化されるということです。社員の生産性とメンタルヘルスの向上を望む企業が瞑想を取り入れているのはそのためです。


釈迦がメソッド化した瞑想法は、釈迦の死後に重層的な哲学をまとって大乗仏教へと変化していき、それが現代の医療によって宗教部分が希薄化されると同時に、科学によって効果の裏付けが明らかになりました。そうして仏教の瞑想はマインドフルネス瞑想として、メンタルトレーニングとして受け入れられるようになったわけです。


 2020年、アメリカではマインドフルネス瞑想サービス最大手である一社のHeadspace社が約100億円を調達して評価額1000億円を超えるユニコーン企業となり、もう一社のCalm社も評価額2000億円を超えるバリエーションで約80億円を調達しました。

 現在、ロンドンでは瞑想が公立の小学校に導入され、アメリカでは医療現場や刑務所にも取り入れられています。そしてこのコロナ禍で、心の安定を支えるために、瞑想はより多くの人々に求められていくと思われます。


 これが釈迦の瞑想からはじまり、現在のマインドフルネス瞑想に到るまでのストーリーです。


 では、アメリカやヨーロッパで、マインドフルネス瞑想が宗教を超えてメンタルトレーニングとして認識されることになった最新脳科学のエビデンスとはどんなものなのでしょうか?

 なぜ、どのように、瞑想は脳に効くのか?

 このことがわかると、瞑想自体も強化することが期待されます(人間の脳は曖昧なことを嫌い、理解できるものを積極的に行う性質があるからです)。


 次回からは、この20年で飛躍的に前進した脳神経科学による、瞑想の効果についてご紹介していきたいと思います。

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