【短編小説】ぼうけんのしょ 第一章:旅立ち(1/5回)
第一章 旅立ち
十七歳の誕生日を迎えた朝、勇者は王宮に呼び出された。
面倒なのでバックレようかとも思ったが、母親が「ついにこの日が来たんだね! ああ、何と光栄なことかしら。さあ、あんたの使命を果たしといで!」と、目に涙を浮かべながら勇者の肩をぱん! と叩くので、しかたなく王宮へ向かうことにした。まあ、バックレたところで、他にやることも、したいこともないんだし。
謁見の間では、男王が玉座にふんぞり返っていた。頭には、これ見よがしに王冠を乗せている。
「おう、来たか、勇者よ。お前は、生まれながらにして勇者としての道を運命付けられておる」
お前にお前呼ばわりされる筋合いねーよ、と心の中で毒づくだけにして聞き流す。
「ところで勇者よ、お前が勇者であることは、城の者も町の者も、みなが知っておる。じゃが、念には念を入れて、ここでひとつ、勇者の証を見せてはくれぬか」
はん、そうきたか。
勇者は、王の口髭の下に下卑た笑いが隠れているのを認めた。さっきまでそこらをうろついていた男ども――ナントカ大臣や近衛兵――も、ニヤニヤ近寄ってくる。
依頼形のセリフであっても、王が言えばそれは命令だ。
勇者は無言で左肩をぐいとはだけさせ、鎖骨の下にある髑髏模様の痣をさらした。
王は(そしてナントカ大臣や近衛兵も)、どんだけ近眼なんだよとツッコミたくなるくらい顔を近づけ、髑髏の痣を……というよりは勇者のむき出しの肌を凝視し、満足げに頷いた。
ふん、キモい奴ら。結局、若い女(どこかの世界ではJKと呼ばれて一部の男たちから商品視されている世代の女)の生肌が見たいだけかよ。
が、それが主目的だったかもしれないにしても、それ「だけ」ではなかったようだ。
「うむ。その痣、やはりお前は真の勇者じゃ。そこで、お前に勇者としての使命を与えるぞよ。昨今、魔王が力をつけて、我が国や世界を脅かしておる。ついては魔王を討ち倒し、人々に平和と安全をもたらせ、勇者よ!」
勇者は、魔王にも世界平和にも興味はなかった。何より、魔王討伐なんて、めんどい、かったるい……。十七歳の小娘なんぞに頼まず、王みずから軍を率いて魔王を殺しに行けばいいのに。
でも、まあ、魔王討伐は、堂々と家を出て国を出る口実になる。それに、他にやることも、したいこともないんだし。
勇者は、さっそく旅に出ることを約束し、王の次の言葉を待った。が、王は勇者の約束に大きく頷いただけだった。
二人の間に沈黙が流れる。
「……? どうした、もう下がってよいぞ」
どうやら、軍資金も装備品もくれないようだ。
大日本帝国だってナチス・ドイツだってアメリカだってロシアだって、どんなに邪悪でも、戦争を始めるにあたって装備品は国から支給したし、十分と言えなくとも一応、兵士の衣食住は面倒見ただろう。
勇者の世界には大日本帝国もナチス・ドイツもアメリカもロシアも存在しないからそんなことは知らないが、たしか勇者が生まれる少し前に戦争があったとは聞いている。そのとき、国は軍の兵士たちに装備品やら衣食住やらを世話しなかったのだろうか。勇者は国軍の人間ではないので、供与の対象にならないのだろうか。それとも、人間同士の戦争なら国費でまかなえるが、魔王討伐にカネは出せないというのだろうか。
勇者は解せなかったが、文句を言うのも面倒なので引き下がったのだった。
家に帰り、母親に魔王討伐の旅に出ることを報告した。
母親は諸手を挙げて喜び、「これで母さんも報われる。あんたは母さんの誇りだよ。魔王を倒すまで、帰って来るんじゃないよ!」と、勇者の肩をぱん! と叩いて送り出した。
勇者の母親は、父親の分からない子を身籠もったとき、夢の中でお告げを聞いた。
「あなたのお腹にいる子は、世界に平和をもたらす勇者となる宿命を負っています。立派な勇者となるよう育てなさい」
もちろん、処女懐胎ではない。
誰が父親かはっきりしないというだけのことで、誘ったり誘われたりしながら手当たりしだい寝ていた男たちの中の誰かが、子の父親であることは間違いない。
子どもなんてほしくなかったし育てる苦労をしょい込むのはまっぴらごめんだったから、ほおずきの根でも買ってこようかと思ったのだが、お告げを聞いて心変わりした。世界平和を望んだからではない。勇者の母親ともなれば、何かとんでもないうま味があるかもしれないと期待した。
古文書には、いずれこの地に勇者が誕生する、左鎖骨の下に髑髏の痣を持つ者が勇者である、と書かれている。それくらいは、勇者の母親も知っていた。生まれた子は、たしかに、左の鎖骨の下に髑髏模様の痣があった。
勇者が生まれたらしいという噂はあっという間に町に広がり、隣国にも広がり、いまでは海を越えた遠い地にも知られている。
生まれた直後は、勇者フィーバーが起きた。多くの人間が勇者と母親を褒めそやし、高価な貢ぎ物を持ってくることもあった。が、それも、ほんの1、2年のことだ。飽きっぽい人間たちは、いまとなっては勇者様をてんで、ありがたがらない。
それでも母親は、酔ったときなどによく「あんたが早く一人前の勇者になってくれさえすれば、あたしも一発逆転よお!」などと口走る。勇者の母親としての、何かとんでもないうま味をまだ諦めてはいないようだ。
そんな母親だから、特別な宿命を背負ったがゆえの苦難や苦労を案じて、我が子をどこかへかくまったり、髑髏の痣を消そうとしたりするはずもなかった。むしろ、勇者の証である痣を他人に見せびらかして歩いた。そうしていると、自分こそが勇者の父であると名乗り出る男が次から次へと現われた。中には、一度も寝たことがないどころか、まったく見ず知らずの男までやって来た。男たちもまた、勇者の父親としての、何かとんでもないうま味を期待したにすぎない。だから、もちろん、父親としての責務を果たそうとする奴は一人もいなかった。
勇者が十歳の頃に母親が家に引っぱり込んでいた男は、よく「勇者の証を見せてみろ」と言って服をむしり取り、ニヤつきながら舐め回すように勇者の肌を見ていた。そんなとき、母親は男を止めるでもなく、一緒になって笑っていた。ああ、たしか、十四歳頃に家にいた男にも、そんなことをされたっけ。
魔王討伐といっても、いったい何から始めればよいのやら……と城下町をほっつき歩いていると、住民Aが「酒場で仲間を集めなさい」と助言してくれた。
さっそく町の北西にある酒場へ行き、無難なところで、とりあえず戦士と僧侶、魔法使いを仲間にした。世界平和を脅かす魔王を倒しに行くのだから大軍団を編成したかったが、パーティーは勇者自身も入れて四人が限度だという。なんでそんなことを酒場の店主に制限されなきゃいけないんだ、まったく。
町を出ると、草原が広がっていた。
小さい頃から大人たちに口うるさく言われていた通り、町の外にはたしかに魔物がいた。水色の、ぶよぶよしたやつや、おでこから一本の角が突き出た、紫色の兎なんかが。が、彼らのほとんどは勇者たちに目もくれず草を食べているか、仲間同士で走り回っているだけで、襲ってくることはめったにない。町から一歩外に出れば、凶悪な魔物がうようよしている危険な地帯……ではなく、いたって平和でのどかな原っぱだったのだ。
そうはいっても、たまには魔物のほうから足に噛みついてくることがある。そういうときは、いわゆる正当防衛なので、魔物を切り捨てるのもそんなに心が痛まない。しかし、正当防衛ばかりではいっこうに経験値が上がらずカネも貯まらないので、無邪気に走り回っている何の罪もない魔物にこちらから襲いかからなければならない。正義っていったい何なのだろうかと悩まずにはいられな……くもなくもない。
こうして勇者一行は、魔物を狩りつつ草原を進んだ。森を抜け、川を渡り、大陸中の城や町や村に寄り、洞窟に入ったり塔を登ったりしては宝箱を漁った。
〈第二章へ続く〉
全5回の連載短編小説です。
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この小説の内容、一部ファンの方からお叱りを受けるかもしれませんが、私は基本的にはドラクエが好きです。
特にドラクエⅣが好きで、アリーナ姫には一生ついていきたいです(笑)。
ドラクエⅣは、主人公(勇者)を女にするか男にするかプレイヤーが選べるところも良いですよね。
ドラクエⅤは、主人公に女の子と男の子の双子が生まれて、男の子のほうが勇者になるのですが、せっかく男女の双子なんだから、どちらが勇者になるかプレイヤーに選ばせてくれればいいのになあと思います。
(でも、ストーリーがめちゃくちゃ波瀾万丈で、面白いゲームですよ!)
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