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【短編小説】ぼうけんのしょ 第四章:対決(4/5回)

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第四章 対決

 魔王の城は、妖気のような黒い霧に包まれていた。
 おもてから開けられる扉はなかったが、城の脇に地下へ下りる階段が見つかった。地下から城の内部に入り、上へ行ける構造のようだ。
 見張りの魔物を倒しつつ、石造りの階段を駆け上がり、おそらく魔王がいるであろう最上階を目指す。途中、宝物庫のお宝を失敬するのも忘れない。
 ラストダンジョンだけあって、さすがに敵が強い。一撃のダメージが大きく、強力な魔法をばんばん撃ってくる。戦士は、この期におよんでへっぴり腰というわけにはいかず腹をくくったし、魔法使いは、僧侶を罵っている余裕はなかった。
 
 最上階へ通じる階段の前に立ちはだかっていたのは、巨大な紫色のトロールだった。縦は人間の二倍、横は人間の三倍ほどありそうだ。
 右手で棘の付いた鉄球を振り下ろし、左手からは、勇者たち四人全員に向かって魔法を放ってくる。巨体のくせに、素早い。
 勇者たちは持てる力を最大限に発揮した。勇者と戦士の剣技、魔法使いの攻撃魔法、僧侶は間髪入れずパーティーを回復させる。
 決定打となったのは、回復魔法の合間に僧侶が放った杖での一撃だった。
 トロールの巨体が倒れ、そして、肉体ごと消滅した。
 僧侶は、単なるケア要員ではないのだ。

 トロールが隠していた階段を上ると、目の前に観音開きの扉が現われた。漆黒に、金の蔦模様が施されている。
「ついに、ここまで来たな」
「ぼくたちの旅も、ここが終点ですね。魔王は、どんな化け物でしょうか」
 戦士と魔法使いが、緊張した面持ちで言う。
 トロール戦で負った傷を回復魔法で癒やし、戦士以外の三人は聖なる水を飲んで、消耗した魔力を復活させた。パーティーの攻撃力を高める御影石や、魔王の威力を減ずるという言い伝えのある水晶玉など、必要なアイテムがすぐ取り出せることを確認する。
 勇者は、一歩前へ進み出た。
 取り立てて気乗りする旅ではなかったが、他にやることもしたいこともないんだしと思い、使命とやらに従いやって来た。
 勇者と戦士が剣を構え、左右に立った僧侶と魔法使いが、扉の取っ手を一つずつ掴んでゆっくり開ける。重厚な扉は、かすかにギイと音を立てながら開いた。
 そこは、勇者が想像していたような暗黒の玉座ではなかった。天井が高く、明るく広々とした部屋で、まるで子どもの頃に絵本で見た社交界のサロンのようだ。
 足元には毛の長い深紅の絨毯が敷かれ、壁は豪奢な照明や花や調度品で飾られている。部屋の真ん中にしつらえられた大理石のテーブルには、ティーセットと焼き菓子が並べられていた。
 そして、その向こうに、やや少女趣味とも思える小花柄のソファーがあり、そこに、黒ずくめの魔王が座っていた。
「よく来たな、勇者よ。待っていたぞ」
「女か!」
 戦士がつぶやく。
 魔王の声は、たしかに女のそれだった。
 魔王が立ち上がり、近づいてくる。フード付きの、ビロードの黒いマントを纏い、前を合わせている。顔の、鼻から下がやはり黒い布で覆われており、こちらから見えるのは、冷たい光をたたえた両目だけだ。その目は人間のものに間違いない。マントのせいではっきりとは分からないが、おそらく人間の女性の平均的な体格をしているようだ。
 魔王とは、魔物の長ではなく、人間だったのか。であるならば、なぜ、世界を脅かすと恐れられているのだろう。
 そんなことを考えながら勇者が魔王の隙をうかがっていると、魔王はつかつかとテーブルのこちら側まで歩み寄り――
 
 勇者は、声を発することもできなかった。
 それは一瞬の出来事だった。
 魔王はマントの合わせ目から右手をわずかに出し、人差し指から赤黒い光線を発して、戦士、僧侶、魔法使いを次々と一発で仕留めたのだ。三人は、これまでの魔物との戦いで獲得してきた剣技や魔法をいっさい発揮できぬまま、魔王の手によって崩れ落ちた。
 深紅の絨毯に倒れた三人は、いずれも絶命している。うめき声を上げる暇もなく、命の糸はぷつりと切られた。
 あっけなさすぎる。
 というか、おかしい。RPGのラスボス戦は、ラスボスの「ふははは! 貴様らを根絶やしにしてくれるわ!」的な、ゴング代わりのセリフがあってから、戦闘が始まるんじゃないのか? それなのに、この魔王はお約束無視でいきなり……。
 勇者は迷った。
 三人を魔法で蘇生させるか? いや、そんなことをしている間に、自分も魔王にやられてしまうに違いない。それに、さっきの瞬殺っぷりでは、蘇生させたところで、同じことの繰り返しだろう。そして、そのうちにMPが尽きてジ・エンドだ。ここは脱出魔法を使っていったん退却するか? そうすると、またこの城を一から上がってこなければならない。その場合、トロールは復活して再戦になるのだろうか。めんどいなあ……。
「ふふ、勇者の仲間といえど、あっけないものだな。ところで勇者よ、そなたに渡すものがある。私が見つけて保管しておいてやったぞ」
 魔王は余裕しゃくしゃくで笑うと、テーブルの下から大きな宝箱を引っ張り出し、留め金を外した。
「ここまで辿り着いた褒美だ、受け取れ!」
 魔王が宝箱から取り出して投げ放ったものは、勇者と魔王のちょうど真ん中あたりで絨毯に突き刺さった。
 それは、銀色に光る両刃の剣だった。
 魔王の罠なのではと訝りつつも、勇者は右手に握っていた自前の剣を左手に持ち替え、空いた右手で、絨毯から剣を慎重に抜いた。
 これまで勇者が装備したことのあるどの剣よりも剣身が長い。勇者の身長の半分近くありそうだ。それに、ひどく重く、とても扱えそうにない。
 やっぱり魔王の罠か……いや、そうではなかった。重く感じたのは持ち上げた瞬間だけだ。
 剣は一瞬、青白く光ったかと思うと、またたく間に勇者の手にフィットして、重量がまったく負担にならなくなった。のみならず、全身にエネルギーがみなぎってゆく。それは、剣が体の内側から力を引き出したというより、剣のエネルギーが右腕を通して全身に行き渡るようだった。
 これは、ゆうしゃのつるぎに違いない。古文書にも記されている、勇者しか装備できない最強の剣だ。勇者専用の鎧、盾、兜は見つけたのだが、剣だけは世界中を草の根分けて探しても見つからず、諦めたのだった。
 コバルトブルーの柄には勇者専用の防具と同じく鳳凰の紋章が彫られ、黄金に輝く鍔には、血のように赤い石が埋め込まれている。
「さあ、どうする、勇者よ。仲間を生き返らせるか? ならば、その時間を与えてやってもよいぞ。それとも、その剣一本で私と戦うか?」
 どうしよう。ゆうしゃのつるぎに賭けて、戦ってみるか?
 うーん、いやあ、でもなあ、いくら古文書お墨付きの勇者といっても、一人じゃ無理だろう。自分が殺されてパーティーが全滅すると、所持金が半額になるという謎のペナルティがあるしなあ。全滅したら自動的に教会に運ばれて生き返らせてくれるから、最悪、殺されるのはかまわないのだが、カネが半分になるのは痛い。
 いや、待てよ、全身にみなぎるこのエネルギー……もしかするとワンチャンあるかも?
 勇者は左手に持っていた旧い剣を投げ捨て、ゆうしゃのつるぎを両手で構え直した。
「そうか、この私と戦うのか。まあ、そのために、ここまで来たのだろうからな。だが、そなた、なぜ私と戦い、私を倒そうとするのだ? 私に何か恨みでもあるのか?」
 いや、魔王に恨みはない。そもそも、勇者は最初から魔王にも世界平和にも興味はなかったのだ。王に、お前は勇者だから魔王を倒してこいと命令されただけだ。勇者としての使命に従ってはきたが、この旅を通じて、世界を平和に導くという特別な使命感に目覚めたり燃えたりしたわけでもない。他にやることもしたいこともなかったから、何となくここまで来た。ただそれだけだ。
「そなた、国王に命ぜられただけではないのか。魔王が世界を脅かしているから打ち倒して、世界に平和をもたらせとでも言われたのであろう。だが、どうだ、ここへ来るまでの間、私の力に脅かされていると肌で感じたことがあるのか? たしかに魔物たちに襲われたことは多々あったろうが、それとて、もともと魔物の住処であったところを人間たちが踏み荒らしたからではないのか?」
 勇者は剣を構えたまま、最初の一歩を踏み出せずにいた。
 魔王はすべてお見通しのようだ。
「面白い話を聞かせてやろう。私は、そなたらと同じ国の出でな」

〈終章へ続く〉
  



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