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【短編小説】ぼうけんのしょ 第三章:漁村にて(3/5回)

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第三章 漁村にて

 魔物を倒すとレベルが上がる。都合の良いことに、冒険を進めると、現われる魔物が少しずつ強くなる。強い魔物を倒せば、さらにレベルが上がる。最初から中ボスレベルの魔物に出くわすのでは、すぐにパーティーが全滅してしまうが、冒険の始まりであった勇者の国の周辺には、一番弱い、かわいらしい魔物しかいなかった。
 もう一つ都合の良いことに、町を渡り歩くにつれて、売っている武器や防具が強力なものになる。何せケチな王がまったく軍資金をくれなかったので、勇者は自分のお小遣いを使うしかなかった(母親は、餞別なんかくれなかった)。それでも、自国の城下町に、たびびとのふくやこんぼうといった、この世界では最安値の装備品が売っていたおかげで、どうにか装備をととのえて出発できた。自国に高価な武器や防具しかなければ、丸腰で町を出る羽目になっただろう。高価で高性能の装備品に出会う頃には、勇者たちもそれなりにお金が貯まっていた。
 旅は過酷ではあったが、魔物の強さと装備品の価格・性能が勇者たちのレベルと所持金に比例して上がってくれるのは、ご都合主義的で大変にありがたい。

 装備品といえば、大陸の南東にある国の防具屋には、真っ赤なレオタードと、エッチなランジェリーなるものが売られている。そこはリゾート地なので、海と太陽に浮かれて開放的になった女性観光客向けかと思いきや、れっきとした魔物対策の防具らしい。
「いらっしゃい、見てらっしゃい! お嬢ちゃん、このキラキラスパンコールの付いたレオタードはどうだい? それに、こっちの黒い透け透けの下着セット、これもおすすめだよ! ちょっと値は張るけど、防御力は高いんだ。これを着たセクシーなお嬢ちゃんを見れば、魔物だってクラクラしてイチコロだよ!」
 店のオヤジはそう言うが、アホなんだろうか。きっと、魔物のことなんて何も知らないのだろう。露出度の高い、セクシーな人間を見てクラクラするのは、人間だけだ(このスケベ心丸出しのオヤジみたいな)。オスであれメスであれ雌雄同体であれ、魔物が人間を見てクラクラするはずがない。だいたい、自分のことを考えれば分かりそうなものだ。お前、セクシーな動物を見てクラクラするのか?
 店主はしつこく勧めてきたが、勇者は絶対に買わなかった。真っ赤なレオタードかエッチなランジェリーを装備した勇者を想像して、戦士がニヤニヤしているのも分かっていた。
 ふん、どいつもこいつも、キモい奴ら。
 勇者は、女性冒険者向けの露出の多い防具は買わないと決めていた。冒険者は自然の脅威にさらされるし、魔物とも戦わざるを得なくなる。それなのに、肌を覆って守らないでどうするのだ。自身の肉体美を自慢したがる男は多いが、さすがに男性冒険者向けで筋肉をむき出しにするような鎧はない。男性用の鎧はすべて、体を守るというただその目的で実用的に作られている。
 勇者は、そういう実用的な防具を求めていた。「これは、お嬢ちゃんには無理だよ」と店員に言われても、サイズが合いそうなら、がっちりした鎧も試してみた。
 武器にしてもそうだ。長くて切れ味の鋭い剣は、そのぶん重いので、ほとんどは男性向けだったが、勇者はそういう剣を使いこなせるようになりたかった。何と言っても、魔王討伐を課せられた勇者なのだ。女性向けに売られている鞭や短剣や、ナントカの爪では甘っちょろい。
 勇者は、自分が気に入った武器や防具を装備できるようになるためにこそ、旅を通して体を鍛えていった。

 その、真っ赤なレオタードとエッチなランジェリーの南国で、船を手に入れた。
 船で東の大陸へ行き、上陸して最初に目についた漁村に立ち寄ったときのことだ。
 その村は、何年も続く不漁に悩まされ、貧困に陥っていた。漁港の市場からは活気が失われ、観光客に新鮮な魚を食べさせる民宿も閑古鳥が鳴いている。みな、どんよりと疲弊した空気を放っていた。
 そんな村だったから、有益な情報も貴重なアイテムもなさそうだと踏んで先を急ごうとしたのだが、一応メイン通りとおぼしきうらぶれた道から、男性の大きな声が聞こえた。
「さあさあ、みんな見てっておくれよ! ここにいるのは正真正銘、古文書で予言された勇者だよ!」
 いやいや、勇者なら、ここにいるんで! と心の中で突っ込みながら遠巻きに見てみると、道端にぼろぼろのござが敷いてあり、そこに五歳くらいの男の子が立たされていた……上半身裸で。すぐ横には声の主がいる。輪郭と目元が似ているから、男の子の父親だろう。
「よーく見てくれよ、ほら、勇者の証の、髑髏の痣だってちゃんとあるんだ! 噂じゃあ、西の大陸で勇者が生まれて魔王を倒す旅に出た、なんて話があるが、そんなのは嘘っぱちだ! ここにいるこの子こそ、本物の勇者なんだからよお!」
 男の子の左鎖骨の下には、たしかに髑髏のような模様の痣があった。ただし、それは勇者のように生まれつきの痣ではなく、明らかにあとから人の手で、焼きごてか何かで入れられたもののようだ。模様はいびつで、髑髏に見えなくもないという程度である。
 男の子はうつむいて、じっと見世物になっている。髪はぼさぼさ、肌は薄汚れて土気色だ。
 男の子の足元には、ベコベコになった円柱形のブリキ缶が置いてある。見物料というか、勇者への献金を入れてくれということらしい。
 勇者は所持金からいくらか恵んでやろうとしたが、思い直した。投げ銭したところで、それが男の子のために使われる保証はない。父親の酒代に消えるかもしれないのだ。
 勇者は、過去に行ったことのある場所へひとっ飛びできる魔法を使い、自国の城下町へ帰った。惣菜屋で、焼きたてパンに野菜と肉の揚げ団子、温かいコーンスープを買い、防具屋では、子どもサイズのたびびとのふくを買った。たびびとのふくは、あの紛い物の髑髏が見えるように、その位置を短剣でくり抜いた。
 他の三人は、よりにもよって勇者を騙る詐欺師親子にそこまでやってやる必要はないと反対したが、勇者は耳を貸さなかった。詐欺を働いているのは親子ではなく父親であり、自分がせめてこれくらいのことでもしてやりたいのは、子どもに対してなのだ。
 
 勇者はまた、移動魔法で漁村へ戻った。さっきと同じ場所で、相変わらず父親が声を張り上げている。
 偽勇者に貢ぎ物を渡すのは戦士の役目となった。勇者が代表として進み出たところで、この父親のような男は、小娘の言葉なんか鼻で笑い飛ばして邪魔するタイプと相場が決まっている。外ヅラが良く、ええかっこしいの魔法使いが適任かとも考えたが、デカくて年長者でもある戦士のほうが威圧感があるだろうと判断した。
 戦士は男の子の前で片膝をつき、勇者に指示された通りの言葉を口にした。腹話術の人形になるのは癪ではあったが、何だかんだで、英雄然としたいのである。
「勇者さま、わたくしどもは旅の者ですが、ここで勇者さまにお会いできて大変光栄です。しかし勇者さま、勇者さまともあろうお方が、はだかんぼうで道に立っていてはいけません。粗末なものですが、どうぞ、これをお召しください」
 男の子はぽかんとして、戦士にたびびとのふくを着せられるがままになっている。勇者があらかじめくり抜いておいた穴は、痣の位置にぴったりだった。
「これならば、立派な勇者の証である髑髏の痣も、みなに見てもらえましょう」
 戦士はそう言いながら、ちらりと父親を見やった。父親は渋い顔をしているが、焼きごての痕が見える状態を保っている以上、文句も言えまい。
続いて戦士は、パンと揚げ団子を差し出した。
「それから、こちらは、わたくしどもからの、ささやかなご挨拶の品でございます。外国で買い求めましたので、勇者さまのお口に合うかどうか分かりませんが、お召し上がりくだされば嬉しゅうございます」
 生気のなかった男の子の顔が、ぱっと輝いた。右手にパンを、左手に揚げ団子を握り締めて、交互にぱくつく。
 父親が横から手を伸ばそうとした瞬間、戦士がすっと立ち上がった。それだけで、父親は怖じ気づいて手を引っ込めた。
 戦士は、男の子に座るよう促し、残りのパンと揚げ団子が入った紙袋を目の前に置いてやった。
「これはみんな、勇者さまのものですからね、ゆっくり召し上がってください。さあさあ、あったかいスープもありますよ」
 戦士がコーンスープの容器を取り出して蓋を開けると、とろけるような香りが広がった。男の子はにこにこしている。
 戦士の斜め後ろに立っていた勇者は、男の子が食事に夢中になっている隙に鎧をそっと脱ぎ、アンダーシャツの胸元をはだけさせた。そして、父親をじっと見つめる。父親の目は、真の勇者の証に釘付けとなり、驚愕に見開かれた。
 勇者は再び鎧を着込み、しゃがんで男の子と目線を合わせた。
 自分たちは旅を続けなければならないが、遠くにいても、いつも勇者さまを見守っていること、それを忘れないでほしいことを伝えた。
 男の子の目を見て語られた勇者の言葉は、しかし父親に向けられた牽制だった。
 この父親は、勇者の力がどれほどのものか、詳しくは分からないだろう。例えば、父親が、食べ物を自分に分けなかったと言って息子を手ひどく痛めつけるようなことがあれば、勇者たちがすぐに気づいて飛んでくる。そんな千里眼の力があると誤解してくれればよいが。
 勇者たち四人は、男の子の食事が終わるまで、そこで見守っていた。

 そのあとも何やかんやあったが、そこは端折るとして、冒険もいよいよ終盤である。
 世界中をまわって集めた情報をまとめると、どうやら魔王は、北の山のてっぺんに城を築いて籠もっているらしい。そこは標高が高く、360度どこも絶壁の険しい山で、とても人間の足では登れそうにない。
 しかし、勇者たちには強い味方がいる。七色の鳳凰である。海底の聖なるほこらで黄金に光る卵から生まれた鳳凰は、成長すると背に四人を優に乗せられるほどの大きさになった。
 勇者がどこにいても聖なる鈴(どこかの洞窟の最深部で手に入れた)を鳴らしさえすれば、どこからともなく鳳凰が飛んできて、深海でも雲の上でも連れて行ってくれる。
 鳳凰は七色の翼から光の粒子をまき散らしながら、勇者たちを北の山頂へ運んだ。

〈第四章へ続く〉
 



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