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私は、君の母親になった覚えはない、ダンナよ。

 4月6日。君が存在しているこの家に吐き気を覚えた。
ありったけの服や保育園バックそして必需品を車に押し込んで、息子と貴重品を抱えて家を飛び出した。
いや、正確には家主はすやすや寝ていたのでそっと抜け出した。
保育園探しを一切しないことやご飯が食べれるのは俺のおかげだと笑うことや、家事育児は女の仕事だと思っていること、そのくせ私には働けと言うことも、生活費もろくにくれないことも、オムツもミルクもあげないことも、息子は放置でソファで横になって携帯をいじることも、夜中にガチャガチャ大きな物音で帰ってくることも、あなたの寝息でさえも、もう何もかもが嫌になった。
---そんな父親はいらない。
プツンと私の中で何かが切れた。それだけはわかった。もう限界だったんだ。

ひとりでよく頑張ったよね。
あの頃の自分にはそう言ってあげたい。

カンカンカンカン。
踏切の音が微かに聞こえるこの家は、もう一層のこと息子と心中してしまおうか、という気持ちにさせる。だけど生きなきゃ。幸いにも私には頼れる実家があるのだから。実家に逃げよう。その一心で、踏切の音を振り切って実家に向けて車のアクセルを踏んだ。

世の中にはよくある話しだ。
だけれど子どもを産んだっていうだけで母親業を背負わすダンナが大嫌いだ。
もちろん子どもは可愛くて仕方ない。この子の母親なのは幸せ。だけど、私は君の母親になった覚えはない、ダンナよ。君はこの子の父親で一緒に育てて行く立場なのをわかっているのか?と問いたくなる。きっとわかっていないよね。

「家族のために働いてる!」と時代錯誤なことを言うことや「楽をさせてやりたいんだ!」と大声で言うことも、ウンザリ。楽をさせてくれることなんてないし、そもそも生活費もろくにくれないのに何が「家族のため」だ。
そういう大義名分で君は家事育児から逃げているだけでしょ。
「息子が俺に懐かない」そりゃあそうだろう。
君はなにをした?
父親だとふんぞり返ってて、懐くと思っているのかい?


4月6日。季節は冬から春にやっと変わろうとしているところなのに私の心はずっと黒いままだ。
腫瘍は切除しないとどんどん身体を蝕むなら、心に出来た腫瘍も切除しよう。要らないものは捨てよう。離婚しよう。
道のりは長いだろうけれど、君の母親ではなく、息子だけの母親でいたいのだ。



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