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A Murder in Shinjuku②【短編小説】

パート1のつづきです。

4.
始めの数週間は、直接会わなかったけど、その代わり毎日メールしつづけた。本心を言えば、その時はちょっと幸せだった。この世の中に私と喋りたい人が存在しているなんて、ちょっとは照れちゃた。私みたいなペシミストでも誰かに受け取ってほしいという気持ちはあったの。

最初は魁仁を暇つぶしのために使っていた。他にわくわくさせることがなかったから、この知らない人とメールするのが趣味になった。そして、話しつづけると、ちょっと好きになった。愚痴を零してすっきりなることも出来たか。だから、しばらくこの人と付き合おうと決めた。

ー心配するなよ。オレが君を救ってあげるから。

そんなメッセージを読んで爆笑した。

ーありがとう 笑

 私は返事した。

セラピーにいったことないけど、そういう感じなのかな。そう思った。そして、割と早く魁仁に私の内緒だったことを言っちゃうようになった。といっても、大した内緒もってなかったけど、今日はどんな日だった?と訊かれる度、素直に答えていた。魁仁とメールする時間だけ、恥ずかしさとか臆病が消えた。それは、距離が置いてあったからかもしれない。ボタン一つ二つ押せば相手をブロックできるという操作があるんだから、安心できたんだ。

「へー。どれくらい前から話しているの?」

松岡さんが訪ねてきた。

あんたがメッセージしろと言ったくせに。そのことは既に忘れた様子だった。写真を見せてあげても覚えてないふりをする。

「んー。まぁ、男らしい雰囲気だね」

松岡さんが言った。

こいつってブサイクじゃんって本当は言いたかったんでしょ。

その時に彼からメッセージが入った。

ー君がいなければ、オレに生きる意味がない

それを読んで、クスっと笑いを禁じ得なかった。対面したこともない人に、こんなことを言う?でも、ちょっとロマンチックだなと思って、胸が小躍りした。そして、冗談でメッセージを松岡さんにみせた。でも、松岡さんは笑わなくて、代わりに表情は曇った。

「男性って変な生き物だね」

私は言った。

松岡さんは珍しく何を言うか迷ったみたいに立ち悩む。

「他のマッチはあった?」

数秒経ってから松岡さんが訊く。

「あったけど、変な人ばっかりだった」

私は答える。

「でもね。この魁仁という人。毎日メールするなんて、ちょっと…」

「変だと思いますか?」

「いや、変でもないけど。何と言えばいいんだろう…」

松岡さんはなんか違和感を感じていた。

私はただ純粋に好かれてると思ってたが、それは間違えなんだと言われてるみたいな感じがした。松岡さんの調査は続く。魁仁のツイッターを松岡さんに見せたら、何かが可笑しいと判断する。

「何ですか?」

「ちゃんと見てよ」

魁仁のツイート:

           ただいまー。買い物にいってきた。靴を買った。 

           今夜はクラブにお出かけ

            ブルーマンデー。仕事に行きたくねぇ

            ブレックファースト。今日もTKG

それは二週間前だった。そのあとにツイートがない。

だから…

「突然ツイッターを辞めるなんて、何か変化が起きに違いない」

「あ…そう?」

「この人、いやらしいこと言った?」

「いやらしいこと…」

「ストーカーらしいようなこと」

そう言われて驚いた。最近、そういう話しがよくあるけど、私がそういう怪しい人に狙われるとは想像だにしてなかった。

その次の瞬間に魁仁からメッセージが入った。

ーねえ、どこかで会おうよ。出来れば今週中に。

松岡さんがメッセージを見た。

「え?でも、この人がどんな人かちゃんと知った方がいいよ」

ちゃんと人ってどういう意味なんだろう。考えた。ただ退屈してるからメッセージをしてたけど、その間に少しは距離を縮めた感じもした。ネットで出会った人を好きになれるのか。好きか嫌いかと聞かれたら、好き。魁仁が私のことを大切にしてるのはメッセージだけでも分かる。

じゃあ、対面で会うしかない。でも、松岡さんが私に注意している気持ちが伝わった。どうすればいいの?会うかどうか早く決めないと。魁仁の気持ちか松岡さんの気持ちどっち優先するべきか。プレッシャーを浴びていた。凄く会いたいと思ってなかったけど、実際に魁仁がどういう人か知りたかった。好きというよりも好奇心というものかも。

仕事が終わって、家には七時頃に着いた。ドアの前に立って、鞄から鍵を取り出そうとする瞬間、隣の部屋のドア、406の部屋のドアーが開き始めた。あの人が出てくる…ドアが開く同時に鍵を刺して自分の部屋に身を投げ入れた。隣の人の足だけは見えたけど、急いで自分の部屋に入ったから、多分あの人に見られなかったと思える。ゆっくりドアを閉めるように意識した。

 バタン!

 最悪。大きい音を出しちゃった。 

「本当にこれでいいの?」

あの人の声がドアの反対側から聞こえた。私の事を気にしてない感じだった。

電話中だったらしい。この人の声は優しくて、心をなだめるような音色だった。でも、ちょっと子供っぽくて可愛い声だった。彼が何歳だったか知らないけど、二十代後半だと思っていた。ただ、一回しか目にしてないけど、そしてその時は灯かりが後ろにあったから、ちゃんと見えてなかったけど、なんとなく顔は覚えていた。

でも、確認するためにもう一度あの人の顔を見たかった。これも、好奇心というものか?私はずっと好奇心旺盛な人だった。これは、良いことじゃないと自分でも分かっているが、自分の思考を変えることはできなかった。「好奇心は猫の命取りになる」という英語の諺があるとどこかで耳にした。私は猫ではない、人間の女性だ。それにしても、女性って危険な目に遭って命を落とすこともある。それは猫と同じだ。

それにしても、あの人の顔をもう一度見たい。あの人についてもっと知りたい。その欲が痛いほど激しくて、心の中でこの人を求めていた。

その時、魁仁のことを思い出した。デートに誘われたあと、まだ返事していなかった。それを断れと松岡さんは押し付けたけど、やっぱり、好奇心かな?顔と顔を合わせたい気持ちが胸に湧いていた。だから、魁仁と次の週末に渋谷で会うことにした。

5.
魁仁との初デートは、普通のデートだった。特になにがあったとかない。正直、ちょっとつまらない話し。「普通」って言ったけど、デートを経験したことない私が言えるものではないかも。でも、普通だった感じがした。

実際に会って、魁仁は優しくしてくれたり、カフェでおやつををおごってくれたりした。でも、相手は緊張気味だった感じもした。最初は口数が少なくて、目をあわせないようにしていた。

と言って、空気が読めない私がそう言っても、意味がないかも。

どんな会話を交わしたか覚えてないけど、なんとなく和やかな話し合いだった。やっぱり対面はオンラインと違う。メッセージだけしてるときは素直にできたけど、本人が目の前に座っていると、ちょっと演技しちゃう。

「どんな食べ物が好き?」

と訊かれた。

「えっと。いや、特に好物はないけど」

私は答えた。

「うん。でも、今なにかにハマってるものある?」

「んー…パスタかな?」

その後、カフェに出て散歩してたら、魁仁はイタリア料理店に誘った。男性って本当に単純だね。何か好きって言ったら、それを命令だと受け取るんだ。文句を言ってる訳でもないけど、男性の愚かさが少し見えてきた。

その日、一日暇だったけど、昼食が終わってから三十分後に、お家に帰らなきゃいけない、言い訳して、デートを終わりにした。悲しそうな顔をしたけど、魁仁は駅まで見送りしてくれた。

「じゃあ、また会おうね?」

と魁仁は言った。

「うん。今日は本当に楽しかった。ありがとうございます」

私は作り笑いして、頭を下げるまでして、礼儀正しい女子を演じた。

「ぼくも会えて本当に嬉しかった。暇が空いたら、また遊びにいこうね」

「うん。連絡するからねー」

もう一度、作り笑いして言った。

そして、デートから家に帰ったら、お菓子を山盛り食って早寝した。

6.
ハンマーが必要になった。近所にあるホームセンターで安いものを買ってきた。ついでに、掃除道具や洗剤も買った。ハンマーが必要だった理由は、部屋の過度に突き出していた釘。前の借主がなぜか釘をそこに打ち込んだ。そして、釘の頭部が尖っていて、危なっかしいと思った。ハンマーでこの釘を引っ張りだすと思ったけど、それが難くて抜けられない。引っ張って出せないから、壁に叩き入れようと考えて、そうした。

職場の休憩中に、暇な時間中をどう過ごしたのと聞かれて、魁仁とのデートについて皆の前に言いたくなかったから、ハンマーを買ったとグループに教えた。そしたら、「ハンマーあれば不審者をやっつけるために使えるじゃねえか」とグループの中の男子が言った。ふざけて言ったつもりだと思うけど、そのあと布団の側にハンマーを手が届く場所に置くようにした(布団はずっと出したままだった)。

私はホテルの職員だったから、平日に休みを取るのが普通。ある休日の日に魁仁からメッセージがきたけど、今日も忙しいと返事した。ただ疲れて外に行くのが面倒くさいだけだったけど。そして、雨が降ってたからやけに外出する気がしなかった。そして、洗濯があったけど、乾かせないからやめようと思った。その時に気が付いた。あの釘は屋内で洗濯を干すための紐を引っ掛けるために付けられたんだ。でも、もう釘は使えない。壁に押し入れちゃった。

そのなにもない日がなぜか記憶に残っている。雨が降って疲れて、見るつもりもなかったけどテレビを付けた。退屈な日だったけど、あの人を見れた。私の窓はビルの出口に向いていたから、住民の出入りがはっきり見えた。安い透明の傘を差して歩いていた、あの人。ちょっと遠かったけど、あの人だとすぐ分かった。どこに出掛けているんだろうと思った。仕事だろうか。買い物だろうか。名前も知っていないけど、この人はなじみがある人みたいに関心持つようになった。

隣に暮らしているあの男の人。どういう顔だったかは、今はもう忘れたけど、その時は胸をドキドキさせる顔だった。 

***

最初の頃、ホテルで働くことが楽しかった。いっぱい焦って大変だったけど、ゲームみたいにやるとわくわくした。でも、一年ほど続けてると、同じことの繰り返しで、面白さが消えていった。休憩が一番楽しみにする時間だった。

休憩中に松岡さんと二人っきりで話す機会があった。

「デートはどうだった?」 

「別に、普通だった」

「じゃあ、変な人じゃなかったのね?」 

「多分、そうだと思う」 

「多分ってどういう意味?」 

その質問を聞いて困った。普通だと私は思ったけど、無意識に「多分」っていう言葉が口から出た。なぜそう言ったのかと訊かれたとき、どう答えたらいいか分からなかった。だって、普通な人は私を好きになる筈がないから、この人がちょっと変だった方が相性がいいじゃん。それは松岡さんには言えなかった。

と言って、魁仁のことをそんなに好きでもなかった。三日前から彼からのメッセージを無視していた。それは、ただ面倒臭いから返事していなかったけど、本当の気持ちを言えば、デートしてから興味が減った理由があった。

一つだけ魁仁に気持ち悪いことがあった。本当に一瞬だけだったけど、イタリア料理店で、テーブルの反対側に座っている魁仁の姿が気に入った。彼は私の瞳をジロジロ見つめていた。その時は疲れていて、何も言わなかった。でも、こんなに見られるのが気に障った。魁仁の目、ゴーグルみたいな目だった。獲物を追っているように目が光っていた。

「淋しく感じる時ってある?」

魁仁が突然そう訊いた。

「うん。あるよ」

私は本音を晒した。 

「そういう時はどうするの?」

「ただ、待つだけ。何かが起きるか、他人が行動を取るか、必ず何か変化が起きるまで静かに待っている」

その後、すぐ話題が変わった。その時は、変な質問だとか思わなかった。そして、その後もあまり考えなかった。

松岡さんが「じゃあ、変な人じゃなかったのね?」 って訊いた時、このことを忘れていたから、「そうだと思う」 って答えたのは本気でそう信じて言った。その時に、あの変な目つきと変な質問を思い出した。松岡さんには言えなかった。だって、それが失礼な行動だったと自信を持って言えなかったのだ。目を見つめるだけで普通の人はうんざりする?デート中だっていうのに、女子は注目されるのを喜ぶべきだ。「淋しいの?」って聞かれて、それだけで嫌な気持ちになるのは被害妄想だと言える。

私はただ魁仁のことに飽きてきたから、頭の中でこういう架空請求を作ったのだ。魁仁はセラピストみたいな存在で、救ってくれると言っていた。こんな優しい人なのに、私はすぐ興味を失くした。

それにしても、癖のせいでついつい彼にメッセージを送ってしまった。

今週、仕事がいっぱいで疲れた。

ー可哀そうに。来週はどんな感じ?リラックスできるような場所に連れて行きたかったんだ。

んん。来週も忙しい。ごめん。

その後で、もう魁仁は私の事を忘れると思ったけど、それは間違えだった。魁仁はそう簡単に諦める男ではなかった。




この短編は赤ずきんちゃんがインスピレーションでした。なので、今回はbehemot_crta_stvariさんが作v赤ずきんちゃんをテーマにした作品を借りました。このアーティストは多くの奇麗な絵画をインスタグラムで出しています。是非、ページをご覧になって下さい。

https://instagram.com/behemot_crta_stvari?igshid=YmMyMTA2M2Y=