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A Murder in Shinjuku① 【短編小説】


新宿殺人事件
A Murder in Shinjuku

1.
自分の名前は言いたくないの。ごめんなさい。それはプライベートなの。それだけは隠したままでいたいの。でも、嘘を吐きたくない。嘘を言う人は地獄に落ちる。私は、そう言われて育った。でも、何も言わなければ私の魂は安全だ。そうでしょう?何も言わなければ、嘘を吐いていないのと同じ。ただ、自分が目撃したことをあなたに教えてあげる。私が生きてるか死んでるかはいま言わない。教えないというか、自分でも死んでるか生きてるかもう分からない。

じゃあ、こういうお話しです。

年齢ぐらいは言ってもいいか。私は22歳です。普通の日本人の女子。そして、新宿に住んでいます。「います」じゃなくて「いました」だ。これは過去の話だから。丸の内線に近いアパートに住んでいた。いつも、都内に住むことが夢だった。ううん。それは、嘘だ。悪い。嘘を吐くことが癖になって、しょっちゅう嘘が漏れる。穴が開いているガソリンドラムみたいに、私の口からいつも嘘が漏れているの。本当のことを言えば、私には夢なんかなかった。でも、故郷から逃げ出したいとは思っていた。出身は富山県なの。地方に生まれ育った子にしては、都内は、大きくて、わくわくする、スカウトされて歌手か芸能人になれる、そんなイメージがするの。だからと言って、何かを求めて上京したという意味でもない。正直、遠い場所だったらどこでも良かった。

高卒して、都内の中心にあるホスピタリティ専門学校に入学した。そして、バイトも見つけた。そして、別に何も…人生っていうのはかすんだ世界を渡るだけだ。いつもそういう感じだった。なにもかもはっきりしない世界に皆は暮らしているんだ。生まれて、苦労して、死ぬ。皆は同じだけど、私はそれに他の人よりもっと早く気付いた。私の世界はもやもやなの。

私って確かに空想家だ。リアリティが詰まんなくて、他の世界のことを考える癖が子供の時からあった。周りをそんなに気にしなくて、日にちとかが忘れることがよくある。私なんかはクラゲみたいな生き物だ。生きてるか死んでるかはっきりしてない、ただただ空中に浮かんで波に方向を決めてもらう生き物。自分にはコントロールがない、意思がない。私はクラゲなんだ。

空想するから、いつも失敗を起こす。いつか、お家の帰ったとき、バイトが終わって夜の遅い時間、アパートに着いたら階段を上がって、ドアの鍵を開けようとした。飲んではなかったけど、くたくた疲れていて、目の前になにがあるか無意識だった。そういう状態で鍵を開けようとしたけどドアが開かない。鍵を穴に入れて、回そうと手を強く動かしたけど回らない。なんでだ。なにか可笑しい。五分間、そのまま回そうとして回らない。その時、ドアの反対から開いた。灯かりが見えた。誰かがドアの反対に立っていた。ちょっと若い男性だった。Tシャツを着ていて、驚いていた顔を私にみせた。

やばい。これは自分の部屋じゃない。間違えて隣の部屋のドアを開けようとしていた。男は半分眠そうな目でこっちを見つめた。

「ごめんなさい。部屋を間違えました。405と勘違いして。ごめんなさい」

その場からすぐ逃げ出した。ドアが閉まった。

ちょっと待って。また嘘吐いた。本当は、鍵を入れる前に番号をちゃんと確認した。なぜか、頭の中で自分の部屋が406だと思い込んでしまい、平気に鍵を穴に入れた。ドアが開いた瞬間、やっちゃったー私の部屋はやっぱり405だったんだ、と思った。本当に恥ずかしかった。

この失敗を繰り返さないように、キーチェーンに部屋番号を書こうと決めた。そして、番号を書き入れようとおもったら、キーチェーンに405って書いてあるの発見した。前に番号を書いたことを忘れていた。バカ。私は本当にバカ。なんでちゃんと見なかったんだろう。

406の男の顔は普通の人の顔だった。見かけたことはないけど、隣の人だからいずれどこかでまた会うだろうと思った。怒ってはなかったけど、ちょっとびっくりしていた。それは当たり前にびっくりするよね。でも、顔形は整えていてハンサムでもないけど男らしくて格好いいという印象だった。私っていやだね。こんな迷惑かけたのに、顔形を気にするなんて最悪だよね。でも、私はそういう人なの。最悪な人間。そして、自分も全然可愛くてもないくせに、他人のルックスを評価する最低最悪な人なの。

一回だけ、中学生のときに、知り合いが「可愛いよ!将来ぜったい持てるから」って言われたことがあった。それは嘘だと言うまでもない。すぐ嘘だと心の中で分かったけど、その場ではなにげなく「ほんとうー?」って返事した。ちょっと恥ずかしそうに答えた。でも、心の中は恥ずかしくなかった。だってそれは嘘だと当然だし、恥ずかしく感じないのは普通でしょう。ただ、恥ずかしい真似をしただけ。それも、嘘だと言えるのか。

嘘は最重の罪だ。子供の頃、大人が皆そう言ってた。先生も親も伯父と叔母も。でもお母さんが一番よくそう言ってた。お母さんは、いつも嘘を言うなと厳しく言ってた。でも、お母さんはいつも嘘を吐くの。お母さんは偽善者だった。そして、嘘がバレたらそら涙を流して「そういうつもりで言ってなかった」と叫ぶ。変わり、私の嘘がバレたら、すっごく酷く叱られた。

母からこの悪癖を拾ったのか。一つのことを信じて、逆の行動を取る。高校を卒業してから、コンシェルジュになりたいと言ってたけど、それは嘘だった。何にもなりたくなかった。ホスピタリティ専門学校に入学した理由は、嘘がバレない行動だったかも。

つまり、私は嘘吐きの女。それだと、これから教える話しは真か架空か分かりづらくなるよね。でも、これだけを信じて。私はわざと嘘を吐いていないの。ただ、口が勝手に滑って、自分が言葉をコントロールできていないの。それが私の呪縛なのよ。

2.
新宿区にある小さなバー『Speakeasy』という店だった。タバコ煙がこもっている、狭いけどフレンドリーな環境の飲み場。会ったことない人に話し掛けられるような洋風な店。テクノとかトランスの曲が常に流れていた。毎晩、客は楽しくて会話が盛り上がる。外国人もよく入ってくる店だった。ここでは、事件は起きたことはない、いつでも楽にして楽しめるアトモスフィア。

そして、いつも通り客が楽しく話していた夜、静かな日曜の夜に、突然、警察巡査が入ってきた。客は五・六人いて、バーの裏にはフランス人の店員が働いていた。警察巡査はこの店員に写真を見せて、この人を見かけた事があるかと訪ねた。

「はい。ここに、よく来ていたけど、最近会っていないです。名前は知らないです」

フランス人の店員は滑らかな日本語で答えた。

この方は行方不明で、犯罪に関わっているか捜査中だと警察巡査は説明する。

「また、ここに来たら警察を連絡します」

警察巡査は他に何も言わず出て行った。この行方不明な男は犯罪者なのか。死んでいるのか。殺されたのか。バーに沈黙が広がった。トランスの音楽だけが流れて、冷たい威嚇する空気が漂ってきた。いつものフレンドリーな環境が崩れ落ちた。
 
3.
出会い系アプリを使い始めたきっかけは、知り合いの松岡さんだった。使い方を教えてくれたいみたいにお勧めしてきた。

「面白そう。人に会うのが楽しみ」

もちろん、それは嘘の返答だった。

松岡さんから強く押し付けられて、無理矢理ダウンロードするようにされた。こうやるといい彼氏をみつかるからとか言って。

まずアプリをダウンロードして、メールアドレスで登録する。プロフィールをどうやって作るかまで教わった。画面には男の顔が現れて、好きな人を右にスワイプ、好きじゃない人を左スワイプやるんだと。右スワイプ、左スワイプ、左スワイプ、左…

一週間、そうやってつづけたら、ようやくマッチが出来た。ほとんど無意識でアプリを使っていたから、見おぼえてない男性と繋がった。魁仁っていう人だった。すごくブサイクな人。

ー映画が好き。焼肉が大好物。スポーツにも向いている。

そんな風にプロフィールが書かれていた。正直、ちゃんと読んでなかったけど。でも、なんとなく普通な人だと思えた。

彼はツイッターも使ってて「フォローもよろしく!」と書いていたから、フォローすることにした。どんな、ツイートを投稿しているといったら、本当に詰まらない話しばっかり。

ー今日はサッカーの試合だった。今回は負けたけど…

ー新しいコートを買ってきた。いけない?

ー朝ごはんはTKG。うめ―!

人格調査の目的で彼のツイッターを読んでいたら、全然盛り上がらない感じがした。それはいいことか悪いことが。そして、十分間この人のツイッターを読んでから、ただ普通の魅力的でもない人だと判断した。実は、私はこの人と付き合いし始めた。

ちょっと待って。そんなにスムーズじゃなかった。他にマッチは何個あった。外国人からけっこう求められた。私は「英語よく話せません」と「ハハハ、サンキュー」しか返事できなかったけど。

真面目な人に繋がったけど、そういう人は私にすぐ飽きて、連絡が絶えた。
私はこんなアプリで出会いがあるとは考えてなかった。でも、他になにも楽しいこともないし、仕事が大変でストレスが溜まっていたから、スワイプする習慣で心をなだめるようにした。

仕事があることに感謝を感じていた。仕事なかったら食べていけないし、仕事がなかったら一体どうやって時を過ごすか悩むし。仕事あると仲間もできて、人間関係にストレスが出るけど、一人ぼっちになるよりもいい。最初はそう信じていた。

仕事終わりの飲み会だった。アルコールが通って、夜遅く、皆が彼氏や彼女について愚痴を零していた。私はいつも通り口を閉じたままだった。その時、松岡さんが声を掛けてきた。

「出会いアプリまだ使ってる?」

「うん。マッチもあった、メッセージも幾つか来たけど、どうやって返事すれば分からなくて」

見せて見せて!松岡さんは激しく責めてきて、アドバイスに殴られた感じだった。なぜ、私のプライベートに関心もっているのか分からなかった。
アプリを開いてスマホを松岡ちゃんに見せたら、この人は無視せよ、この人はいいよ、いろいろ指導した。そして、魁仁のプロフィールをみせたら、松岡さんはスマホを私の手から奪って、「ええ、この人いいかもしれないよ」
と言った。どこかいいのよ言いたかったけど、口に出さなかった。

その時は、彼からメッセージが来たけどまだリプライしていなかったところだった。正直、リプライするつもりは全くなかった。

タイプじゃないと言ったけど、松岡さんに「試してみないと分からないよ」と言い叩かれて、リプライすることにした。松岡さんは年齢的に先輩だったから、忠実をちゃんと聞かないければいけない、という気持ちだった。
そして、その夜に作戦を練る。一応、返事はする。でも、余計な情報は流すな。この人はツイッター使ってるから、ひっそりとフォローする。仕事があるかどうか検討する。もし、怠け者だったらブロックする。頭良さそうな人だったら、多分お金を持ってるからキープして。でも、お金の話しはNG。まぁ、お金はそんなに気にしなくて、優しい人かどうかが一番だから。

そうして、私は魁仁と連絡を取るようになった。メッセージを書いている間に松岡さんはじーっと私のこと見つめていた。


To be continued


カバーはcry0kamiさんの作品を借りました。このダークで神秘的な絵画にそそられました。是非、インスタグラページを見てください。

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