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連載長編小説『黄金の歌乙女』5

 
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 志帆の部屋をノックしたが、応答はなかった。稽古中だろうか。
 五分ほど間を空け、もう一度ノックをしたが、結果は同じだった。沢木は階段を下りた。広間まで下りると、稽古室のほうから複数のメロディーが聴こえて来た。各部屋に分かれて稽古をしているのだ。
 志帆もどこかにいるのだろう。
 沢木は、ゆっくりと廊下を進み、稽古室から聴こえて来る音楽に耳を傾けた。志帆の声なら、聴き分ける自信がある。
 だが志帆の声はなかった。どの部屋からも志帆の歌声は聴こえなかった。
 志帆の部屋を訪ねたあの数分の間だけ、志帆は私用で部屋を開けていたのかもしれない。それで入れ違いになったのではないか。そう思い、沢木は五階に引き返そうとした。
 が、稽古室のほうを見ながら廊下を歩いていると、思わぬ人物と目が合った。一部屋だけ、出入り口が開けられていたのだ。換気のためだろう。
 咄嗟に顔を背けた。だが視線を外す直前に、顔全体が強張ったのを、沢木は自覚した。それを相手に見られたかはわからなかった。沢木は構わず、廊下を進んだ。しかし稽古室から、足音が廊下に躍り出た。
「遼一?」
 声を掛けられ、沢木は立ち止った。それを返事と受け止めた煌子は、軽快な足音を響かせながら、沢木に歩み寄った。振り返ると、煌子は眉をしかめていた。
「覚えてて……くれたんだ」敬語を使うか迷ったが、結局使わなかった。「煌子さん」
「やっぱり遼一だ」煌子の顔が一気に晴れた。
 寄宿舎にいた頃からその美貌は評判だったが、この七年でより磨きが掛かっていた。絶世の美女、という言葉がぴったりだと沢木は思った。薄化粧で品があり、しかしジーンズにウインドブレーカーを合わせたラフな格好だ。それが煌子の美貌を強調しているようだった。
 くっきりと刻まれた二重瞼はあまりに美しく、沢木は見ていられなかった。
「大きくなったね」
「背は、あの頃と比べるとかなり伸びたかな」
 煌子は、沢木との距離を拳一つ分まで詰めた。沢木は金縛りにあったみたいに、体を動かすことができなかった。甘い香りが鼻孔を刺激した。香水ではないようだった。頭がかっと熱くなり、沢木は思わず目を閉じた。
 だがすぐに、鎖骨の辺りに細いものが触れる感触があり、瞼を上げた。煌子が自分の頭の位置を、沢木の体と比べているのだった。顎を引くと、上目遣いの煌子と目が合った。
 沢木は一歩、飛びのいた。
 心臓がゆっくりと、しかし尋常ではない大きな鼓動を打っていた。煌子の香りが鼻の奥深くで燻り、沢木の脳を焦がした。沢木は蒼白として、煌子から視線を逸らした。
 煌子の含みのない動作が、いちいち罪だった。
 沢木と煌子は年齢が離れている。六歳差だ。かつては同じ寄宿舎で育ったが、お互い恋愛感情を抱くようなことはない。小学校が入れ替わりだったこともあり、あまり接点はなかった。だが煌子が脚光を浴びる以前、沢木はエチュードや食堂などで煌子と話をする機会があった。それから、煌子とは時々話をしたり遊んでもらったりしたのだ。
 姉弟ほどではなかった。その点で言えば煌子よりも千恵のほうが歳が近く、接する機会が多かったために、姉弟のように親しくなったのだ。
 でももしかすると、煌子は長年会っていなかった弟か、あるいは従弟と再会した、くらいの感覚でいるのかもしれない。だから何の含みもなく、沢木の懐に忍ぶことができるのだ。あるいは女性特有の、緊張を感じる距離のせいだろう。
 煌子に邪な気持ちを抱くことはないが、寄宿生時代から彼女の美貌は誰もの憧れだった。沢木ももう子供ではない。煌子ほどの美貌の持ち主が胸に寄り添えば、興奮と衝動が全身を駆け巡る。
 沢木は、身の危険すら感じた。
 しかし煌子は、距離を取った沢木を訝ることもなく微笑んでいる。まだ自分と沢木の身長を比べており、いつの間に抜かされたんだろう、などと呟いていた。さあ、と沢木は苦笑した。煌子の顔を見るのが苦しかった。早くこの場を離れたかった。
「遼一、何歳になるの? あたしといくつ違ったっけ?」
「十九だよ」
「六個違いか。……じゃあ、もう卒業したんだよね。何でここにいるの?」
 あなたと同じ年に寄宿舎を出ました、とは言わなかった。沢木が密かに寄宿舎を出たことを、卒業生だった煌子が知るはずはない。嘘をついても許されると思った。
「中学の卒業と同時に音楽は諦めた」
 それが、殆どの寄宿生が辿る道なのだ。煌子は疑いもせず、ふうん、と言った。
「それで、何で寄宿舎に?」
「志帆に会いに。志帆とは、寄宿生の頃仲が良かったから。『つばめ』を観て、久しぶりに会いたくなって」
 少し話しすぎたかな、と沢木は思ったが、煌子は深く干渉して来ないだろうと思った。煌子が寄宿生だった頃、煌子と志帆が話しているのを見たことがない。だから当時両想いだったとか、そういう点を掘り下げられる心配はなかった。
「志帆は今、食堂じゃないかな? 人と会ってる」
「そっか」と沢木は小さく首を振った。志帆が部屋にいなかったのは、そういうことだったのか。食堂は広間から、稽古室とは逆方向に進まなければならない。
「煌子さんは、稽古を抜け出して、大丈夫?」
「今はあたしの出番じゃなかったから」
「でもそろそろ、戻ったほうがいいんじゃない? 俺も志帆のほうに行くからさ」
「そうね。またここに来る?」
「来ると思う」
「じゃあ、またゆっくり話しましょう」
 沢木は、返答に窮した。黙って頷けばいいのに、それができなかった。煌子とは、あまり関わりたくなかった。
 ちらりと彼女の顔を見ると、大きな瞳がまっすぐ沢木を見つめていた。煌子の表情が精巧な作り物めいて見え、沢木はぞっとした。彼女の影が、そこに垣間見えた気がした。
 妙な間の後で、沢木は首肯した。煌子は七年前と同じように、沢木の頭を優しく撫でた。変化したのは、沢木の身長だけだった。
 煌子が背を向けると、沢木もすぐに反転した。しかし歩き始めると、すぐに呼び止められた。沢木は自分ではないだろうと考え歩くのをやめなかったが、声の主は沢木を追い越して、立ち塞がった。
 見知らぬ男性だった。煌子と同じくらいの歳だ。
「彼女とは、どういう関係かな?」
「彼女?」
「西園煌子さんだよ。今、そこで話してたでしょ?」
「見てたんですか?」
「覗き見たいに言わないでくれよ。たまたまだよ。俺の出番が終わったんで出入り口まで来てみたら、二人が話してたってわけだ」
「あなたは、どなたです?」
 男性は、素性を訊かれて驚いた、というように仰け反った。力強い眉をハの字に曲げ、困惑顔のまま固まっている。やがて、喉の奥から震えた笑いが漏れて来た。
「申し遅れました」男は言った。沢木より背が高いので、自然に見下ろす形になる。その上彼は、なぜか威厳を見せつけるように目に力を入れていた。「ニューイヤー公演『カヴァレリア・ルスティカーナ』でトゥリッドゥを歌う成宮清志郎です。以後、お見知りおきを」
 成宮の名前を聞いても、沢木には彼がどれほどの歌手なのかわからなかった。沢木は寄宿舎を出て以来、オペラを観ることはもちろん、その情報にすら関心がなかった。成宮、という女性のピアニストなら寄宿生の頃から聞いたことがあるが、何か関係があるのだろうか。
 しかしトゥリッドゥを歌うということは、若手では実力があるほうなのだろう。『カヴァレリア・ルスティカーナ』においてトゥリッドゥは、主役の一人と言っていい。
「それで」成宮は言った。「彼女とはどういう関係なのかな?」
「勘違いされているようなのではっきり言いますが、俺と煌子さんは成宮さんが想像しているような関係じゃありません。俺はここの寄宿生でした。当時煌子さんにはお世話になった者です。数年振りの再会を今果たしていた。それだけです」
 成宮は安心したらしく、頬を緩めて穏やかな顔になった。沢木を見下ろす目も、柔和なものになっていた。
「そうだったのか」
 成宮は突然高笑いした。豪快な笑い方だったが、不思議と下品でなかった。髭は綺麗に剃られ、肌艶もいいからか。あるいはテノールが笑い声に品を持たせているのか。
「疑って悪かったね」
 案外、気持ちの良い人なのかもしれない、と沢木は思った。成宮は沢木の肩を馴れ馴れしく叩くと、稽古室へと引き返した。
 溜息を吐くと、沢木は広間へと向かった。
 思いもよらぬ煌子との再会。そして成宮に絡まれたせいで、すでに疲労感が沢木の体を包んでいた。疲労感の大部分を、煌子との再会が担っていた。
だがそんな疲労感も、志帆の顔を見れば忘れられるだろう。食堂で、食事を摂るのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、沢木は食堂に向かった。近づくにつれ、声が聞こえて来た。
「人と会ってる」という煌子の言葉を沢木は忘れていた。しかしそれを今思い出し、物陰から食堂の中を窺った。
 志帆がいた。隣には、スーツ姿の若い男がいて、志帆に話し掛けている。聞き耳を立てると、「次の公演の衣装はどんなものがいい?」とのことだった。
 甲斐野充だ、と沢木は直感した。飯田に吹き込まれた、パトロンの息子なのだろう。だからそんなことを志帆に言えるのだ。
 改めて見ると、甲斐野充と志帆の距離が近い。甲斐野充に限っては、志帆の座る椅子の背もたれに腕を回している。
 沢木は、堪らず背を向けた。
「帝歌ではなるべく初演の演出に近づけますから、たぶん衣裳はあると思います」と志帆は答えた。
「いやいや、次の公演は志帆にとって、寄宿生として最後の公演なんだ。思う存分、君の理想の舞台にしてほしい。そのためなら支援は惜しまない。君の望むものを手配するよ」
 沢木は、足音を立てないようその場を離れた。
 志帆は、嫌がっているふうではなかった。御曹司の距離の近さには背中を丸くして、どぎまぎしている様子だったが、会話に答えている顔は、むしろ好意的なのではないかと思った。志帆の顔に浮かんでいたのは、愛想笑いではなかったのだ。
 志帆は甲斐野充に魅力を感じている――。
 それもそうだろう、と沢木は悔しくなった。甲斐野充は裕福だ。育った環境もいい。実家が富豪というだけでなく、彼自身も一流企業に勤めており、将来は父親である甲斐野靖史の後を継ぎ、日本屈指の富と名声を手に入れる。それに見たところ、容姿も悪くない。
 敵わない。
 沢木はそう感じ、絶望した。甲斐野充になく、沢木だけが持っているものは、志帆との思い出くらいだった。しかし七年前に途切れたその思い出は、御曹司に肩を並べるだけの武器にはならない気がした。人は過去に生きるのではない、今を生きているのだ。思い出は貴重でも、今には代えられない。
 それに御曹司のほうが、志帆を幸せにできると思った。生活面はもちろん、志帆の歌手としての活動もだ。甲斐野充が提示したような条件は、一生掛かっても沢木には口にすることなどできない。
 僅か一分ほどの時間で、それを思い知らされた。打ちのめされるようで、沢木は立っているのも苦しくなった。しかし志帆との思い出は、沢木にとって決して小さなものではなかった。志帆も同じように、沢木との思い出を大きなものと捉えてくれていれば……。
 武器がないわけでもなく、沢木は諦めがつかなかいのだった。
 寄宿舎を出て帝歌をぐるりと半周し、鞍馬街道に出た。路上に、街並みに似合わないリムジンが停まっていた。甲斐野充の乗って来た車だろう、と沢木は思った。唾を吐き捨ててやりたい気分だった。
「甲斐野充様はお越しでしょうか」
 鞍馬街道に足を乗せると、背後から声を掛けられた。親しみやすい声だった。振り返ると、燕尾服の老紳士が立っていた。白い手袋をつけた両手を腹の前で組んでいた。
「お越しでしょうか?」沢木はわけがわからず繰り返した。「あなたは、甲斐野充さんを送迎して来られたんじゃないんですか?」
「いえいえ、わたくしは甲斐野家の者ではございません」
 沢木はリムジンに視線をやった。甲斐野充でなければ、誰がリムジンでこんなところまで来るのだ。
 しかし沢木には、関係のないことだった。
「甲斐野さんを知らないのでわかりませんが、甲斐野さんじゃないかと思われる人ならいましたよ」
 そう言うと、リムジンのドアが開いた。長い後部座席から、沢木と同世代と思われる女性が姿を見せた。ややふくよかだが、立ち姿は美しく、品があった。やや厚化粧だが、不快になるほどではない。しかし美人とは言えない。今日は曇っていて陽射しはないが、赤々とした陽傘をさした。
「案内してくださるかしら」陽傘の下で、彼女は言った。
 はあ、と沢木は溜息を漏らすように答えた。「あなたは?」
「片瀬グループの一人娘よ。桜の子と書いて桜子」
 片瀬グループと言えば、帝都歌劇場創設時からの筆頭後援者だ。甲斐野グループが出資を始めてまもなく撤退したが、言わずと知れた大企業だ。老紳士がお辞儀をするように頷いたので、彼女が社長令嬢であることは間違いないのだろう。
「どうして甲斐野さんに?」
「私、充さんのお見合い相手なの。今日会う約束をしてたんだけど、彼の別荘に行っても留守だったから」
「どうしてここに?」
「充さんが最近オペラに興味を持っていると、先日お聞きしましたの。彼のお父様が帝歌のパトロンだから、ならここにいるんじゃないかと。充さんのところに、案内してくださいます?」
「まあ、構いませんけど」
 面倒だが、断ると余計に面倒なことになると思った。
 沢木は今来た道を引き返した。片瀬桜子は劇場に入るものと思い込んでいたらしく、劇場の脇道に入った時は怪訝そうな顔をしたが、黙ってついて来た。寄宿舎を見ると、「ここに彼がいるの?」とまるで家畜小屋でも見たかのように驚いた顔をしていた。
 沢木は広間から食堂のほうへ向かった。今度は物陰に隠れることもせず、堂々と食堂に入った。桜子を、充に引き合わせた。謎の社長令嬢を案内して来た沢木に、志帆が驚いていた。甲斐野充は、水を差されたためか不快そうに眉間に皺を刻んでいた。
「充さん」桜子が言った。「今日は私と会うって約束だったでしょう? どうしてこんなところにいるの?」
「見合いは断る」
「どうして?」
「僕は今、彼女とおしゃべりをしている。邪魔しないでほしい」
 桜子は、意外にも言い返さなかった。黙り込んで、下を向いている。しかし志帆のほうを向いた時、その目は鋭く研がれていた。
「何よあんたは。ここの歌手?」人が変わったような、ぶっきらぼうな声だ。桜子の声は、志帆を軽蔑していた。
「はい」と志帆は恭しく一礼した。
「充さん」と桜子は声音を変えた。「こんな女、充さんには相応しくないわ。私みたいな、大企業の娘じゃないと――」
「わかった」御曹司は言った。「話の場は設ける。でも見合いはなしだ。今はとにかく邪魔しないでくれ」
 桜子は、何も言わず立ち尽くしていた。
「君は誰だ」甲斐野充の矛先が、沢木に向けられた。「いいや誰でもいい。とにかく、どうして彼女をここに連れて来た? 志帆とのおしゃべりを妨害したのはもちろん、今のこの雰囲気、君にも責任がある。普通来客があったら、まずこっちの事情を伺うだろう? そんなこともできないのか」
 沢木は、冷ややかな目で御曹司を見た。甲斐野充の言っていることは正しいのかもしれない。だがいきなり語気を強めることだろうか。沢木には、志帆の前で良い格好をするために、自分が踏み台にされた気がした。もしそうでなく、これが甲斐野充の生まれ持った正確ならば、志帆は将来苦労するだろうと思った。
 かつて孤児だったことも、甲斐野充の都合で弱味にされてしまうのではないか。
 沢木は、我慢ならなかった。
「お見合いを断るなんて、非常識ですよ」
 ぎょろりと御曹司の目がこちらを睨んだ。沢木は怯まなかった。むしろ顔の真ん中に拳を打ち込んだみたいに、晴れ晴れとした気持ちになった。
 だが甲斐野充の見せた形相は、まさに鬼のようだった。沢木をねめつける目には憤怒が燃え、皺が寄せ上げられた鼻先には憎しみが渦巻いていた。一見上品な顔立ちからここまで振れ幅のある表情があるとは、想像できなかった。
「非常識は君のほうだ」甲斐野充は、静かに言った。怒りに任せることはなく、しかし確かに怒気を含んだ声だった。「僕が誰かわかってるのか?」
「もちろん。片瀬桜子さんのお見合い相手である甲斐野充さんだ」
「生意気だな」甲斐野充は立ち上がった。飛び掛かるかのような勢いで近づいて来たが、御曹司は手を上げなかった。しかし鼻と鼻が触れそうなほど、顔を寄せた。「馴れ馴れしく僕に話し掛けるな。君は誰だ。名乗りたまえ」
 荒い鼻息が沢木の鼻に掛かった。沢木は御曹司の襟を正し、一歩後退した。
「俺は片瀬さんをここに案内しただけです。わざわざ名乗るほどの者じゃありませんよ。それに名乗る道理もない」
「いいから名乗れ」甲斐野充は、また詰め寄って来た。
「俺は帰ります。べつにあなたと争うつもりはありませんから」
「だったらどうしてあんなことを言った? どうして僕を挑発した?」
「挑発?」沢木は思わず吹き出した。「俺は挑発なんてしてませんよ。お見合いの予定があるなら、まずはその席に着くなんて当然のことじゃないですか。それなのにあなたは勝手に欠席して、破談しようとしてる。それを非常識と言ったのは、何も挑発じゃない。むしろ正論でしょう。それを挑発と受け取ってしまうのは、あなたが高慢だからじゃないですか」
 沢木は、志帆の様子を窺った。志帆は不安そうに眉を下げ、じっとこちらを見つめている。どちらを見守っているのかは、わからなかった。
 甲斐野充は、下手くそな舌打ちを鳴らした。慣れていないのだろう。
「高慢だと? この僕に、よくそんなことが言えるな」
 金持ちは嫌いだ、だからこんなことを言えるんですよ、とは言わなかった。苦労や差別を知らない人間がいること自体、沢木には受け入れられないことだった。これは多くの寄宿生も同感だろう。
「まあいい」沢木の全身を舐めるように見回すと、甲斐野充は言った。「僕に対するその態度、いつか後悔させてやる」
 御曹司の目に、獰猛な光が宿っていた。沢木は終始落ち着いていたが、その目を見てさすがに恐ろしくなった。
 志帆の元に行きたかった。しかし彼女の側には甲斐野充がいた。沢木は、今日を志帆と過ごすことは諦めた。
 食堂を辞去した。

6へと続く……

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