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お気に入り短編・掌編まとめ

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#短編小説

たかしと海底

たかしと海底

「ごめんね、むりよ」
「え、なんで」
「むりだもの」
「なんでなの」
「あたし、たかしくんのこと、すきではないもの」

 そうしてかおりちゃんはたたたと園庭の隅の砂場へと走っていった。たかし、6歳。初めての失恋である。

 たかしは衝撃を受けた。初めての衝撃であった。心は深く沈んだ。しばらくはその場に立ち尽くした。それから休み時間の終わりの合図を聞き、はっと気がついて、教室に戻って行ったが、かおり

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幸福

幸福

「私は思うんだけどね」というのが杏の口癖だった。僕はそれを聞くたびに、よくもまあそんなにも思うことがあるものだ、と感心した。大抵の場合は感心するだけだったけれど、たまには口にも出した。

「よくもまあそんなにも思うことがあるものだね」

 すると杏は表情をむっとさせる。「すごく嫌な言い方だよね、それ」

 僕はえっ、と驚いて否定する。

「そんなことない、感心してるんだよ」
「感心してる人は、よく

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ペンパルは地下へ行く

ペンパルは地下へ行く

 ペンパルは地下へ行こうと思った。そういえば生まれてこのかた9年も過ごしたこの家には地下室があるのだということにペンパルは今の今まで思い当たらなかった。なんせ、そんなこと、母親も父親も先生も友達も誰も教えてくれなかった。

 教えなかったのにはわけがあった。誰も地下室なんて知らなかった。いや、知っていた。知っていたけれどわからなかった。見えなかった。見えたところで、どうせそれは、埃にまみれて、コウ

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ファミレス経営について

ファミレス経営について

 ファミレスを経営しようと思った。映画を観たのだ。ファミレスの店長の男がなにやら雰囲気の良い世界を漂っていた。これだ、と思った。

「ねえ」と僕が話しかけると、早希は少し間を空けて返事をした。
「ん」
「ファミレスを経営しようと思うんだ」
「ん」

 早希はリビングのソファに寝そべって、低反発のクッションに身を委ねながら、手元のスマートフォンをしきりに眺めていた。ん、の先の返答はない。

「聞いて

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