見出し画像

梅雨、独りの部屋で雨音に祈る。

夜勤バイトから帰宅し、シャワーを浴びる。きっとこんなことが去年もあった。冷凍ご飯と一昨日作った豆腐のガレットを温め、碧く薄暗い部屋の真ん中にぽつんと置かれた折りたたみ式の小さなテーブルでぽつぽつと朝ご飯を食べる。カンカンと雨粒がベランダの床を打っている。
普段はコンセントを抜いているテレビの電源をつけ、音量を「0」にする。そして、『言の葉の庭』を再生した。

毎年、梅雨になるとこの映画を思い出す。

高校生のとき、『君の名は。』を観て新海誠という映画監督を知った。当時、その映画を観た僕が何を思ったのかは、ぼんやりとしか覚えていないけれど、人生で初めて、同じ映画を2回映画館で観た。
それから3年後、『天気の子』が公開された。だけど、浪人生活真っ只中で、映画を観に行く余裕なんてなかった。晴れて大学生になったものの、世間はコロナ禍で、どんよりと暗いニュースばかりが流れていた。授業はすべてオンラインで、県外移動すらできなかったから、一人暮らしのアパートでじっと息を殺すように生活をしていた。

長崎に来て最初の梅雨のある日、インフォデミックの渦中にあったTwitterの中で『言の葉の庭』のメイン・ビジュアルを見て、すぐにPrime Videoで購入した。
「梅雨の、雨の日にこの映画に出会えたのはちょっと風流かもしれない」なんて思いながら、映画を観たのを覚えている。

たった46分。普段観ている映画よりもずっと短い映画なのに、随分長い尺を使って僕の心をくすぶり続けている。

“愛”よりも昔、“孤悲”のものがたり

この映画のキャッチコピー。
"孤悲"という言葉は、万葉集において、"恋"のあて字として使用された。だから、手元にある国語辞典を引いても"孤悲"という言葉は出てこないけれど、「独りぼっちで寂しくて心が張り裂けそう」な気持ちだと、好きなアーティストが言っていた。

※以下、若干ネタバレを含みます。

『言の葉の庭』は、雨の朝、学校をさぼって、公園の日本庭園で靴のスケッチを描く、靴職人を目指す高校生・タカオと、生徒からの嫌がらせが原因で学校に行けなくなってしまった高校教師・ユキノの"孤悲"の物語。

ある雨の日、タカオは日本庭園の東屋で、朝からチョコをつまみにビールを飲むユキノに出会う。
東京が梅雨入りし、雨の日だけの逢瀬を重ねるようになり、二人はお互いの素性を知らないまま次第に心を通わせていく。タカオはユキノに靴職人の夢を語り、ユキノの足に合う靴を作る。タカオがユキノの素性、実は自身の通う高校の古典の教師だったことを知り、物語は転換期を迎える。

東屋で、ユキノがタカオのことを自分の学校の生徒だと、制服の校章を見て気がついたとき、去り際にこんな短歌を言い残した。

雷神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ

この歌は、飛鳥時代の歌人・柿本人麻呂(660-724)が作ったもので、"孤悲"という言葉も彼が使っていた言葉だそうだ。
この歌には返歌があり、映画の中では雨の降っていない公園の藤の下でタカオがそれを詠む。

雷神の 少し響みて 降らずとも われは留らむ 妹し留めば

「雨が降ったら君はここに留まってくれるだろうか」という歌に対して、「雨なんか降らなくてもここにいるよ」と返している。

靴職人になるという夢を周りから揶揄されながらも、それでも必死にバイトをして直向きに靴に向き合うタカオ。ある日、電車に乗れなくなり、食べ物の味すらわからなくなって、日常を失くしてしまったユキノ。二人の間にあるものは、きっと現代風の"恋"とは別物で、最後、二人がどうなったのかも曖昧なままだけれど、きっと二人がそれぞれに抱えていた孤独な感情は、人生のある一点において強く共鳴していたのだろうと思う。

4年前、得体の知れないウイルスの流行の中、不要不急の外出は憚られ、県外移動も制限される中、知り合いのいない長崎の地で一人オンライン授業を受けるだけの日々を過ごしていた。
誰もが会いたい人に会えないという苦しみ、大切な人を失うという悲しみの中でもがいていたあの頃、"孤悲"が人の心に巣喰っていてた。
無条件に誰かがそばにいてくれるということの有難さを身に染みて感じていた。

もちろん物理的に人と会えるようになったからといって、必ずしても孤独が解消されるわけではないけれど、会いたいときに会えないというのは、ひどく辛く、もどかしい。この感情に"孤悲"という名前があることを『言の葉の庭』が教えてくれた。

雨音が静かに響く一人きりの休日。
テレビに映る空は無音のまま晴れていく。

◇◇◇

「今日は慰霊の日。」
テレビを消して、Instagramを開くと、友人のストーリーにそんな言葉があった。
この日は沖縄の慰霊の日だった。それを見るまで忘れてしまっていた自分が恥ずしくなる。沖縄戦から79年。太平洋戦争末期、民間人を含む20万人以上の人が亡くなった。現在、平和祈念公園にある「平和のいしじ」には、24万2225人の方の名前が刻まれている。

歯を磨いて、横になる。身体の奥底でよどんでいた眠気が、顔を出し、夢の中に落ちる。

2時間ほど眠っていただろうか。目が覚めたとき、スマホの時刻は14:00を過ぎていた。身体を起こして、身支度を整える。財布と本とイヤホンを鞄に詰め、傘をさして路面電車の電停に向かう。063 FACTORYに通うようになってから1年ほどになる。今日は一つの節目の日で、なんとしても行こうと決めていた。
雨のせいか路面電車は混んでいて、席に座ることはできず、イヤホンをつけ、さだまさしさんアルバムを再生した。

2022年に、さだまさしさんが『孤悲』というアルバムを出している。

コロナ、東日本大震災、ロシアのウクライナ侵攻……。もうたくさんだよと泣きたくなるほどの悲しい出来事が、日本中、世界中で現在進行形で起こり、その悲しみを抱えたまま生きている人たちがいる。

僕にできることはせいぜい募金箱にお金を入れることくらいで、能登半島の被災地に自ら行くこともできず、ガザ、ウクライナ、シリア、ミャンマー……、現状を学びはすれど、声をあげる友人たちを横目に、僕は何もできず立ち止まったままだ。

ささやかなしあわせ、自由と平和、それを守るための闘い。

一体世界はどこに向かっていっているだろう。
安全だと言われてきた日本の治安だって、最近の出来事を振り返ればどうなるかわからない。小さな部屋の中で縮こまったままではいけないと思う。

雨は降り止まない。
どうか世界が平和であれと祈る。


今わたしに何が出来るでしょう
あなたのほんとうのさいわいのために
悲しみの雨はそこここに降り
傘もなく闇に怯えて
まずわたしの迷いを止めて
溢れ続けるこの涙を止めてあなたのために あなたのために何が出来るでしょう

『孤悲』/ さだまさし

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,624件

#忘れられない恋物語

9,154件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?