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甲子園のダークホース 下関国際の「弱者の戦略」を コーチング視点で読み解いてみた【4555字】

1.高校野球には、心を鷲掴みにする「何か」がある

なぜ高校野球は、ここまで観る人の心を揺さぶるのだろう。

高校球児が一つの目標に向かい、グラウンドを駆ける。
チーム一丸となって共に支え合いながら、全力で取り組む。
この空間には、ここにしかない「ドラマ」があるように思う。

その高校野球で、今大会随一に異彩を放つチームがあった。
山口県代表の、下関国際高等学校である。
このチームの「弱者の戦略」は、私にとっても大きな出会いとなった。

最も誤解されてきたチームと監督にスポットを当て、教育やビジネスにも共通する「弱者の戦略」「コーチング」という視点で読み解いてみる。

2.下関国際の勝利は「番狂わせ」や「まぐれ」ではない

あまりにノーマークだった。
下関国際はほとんど注目されていなかった
高校野球を追いかける方々だけが、「下関国際は強い」とマークしていた。

ベスト4に勝ち残った時でさえ、優勝予想では最も票数が少なかった
それほど、実力がよく分からないチームだった。

その下関国際といえば、数年前にとあるインタビュー記事で「炎上」したことがあった。
それを思い出し、今はどうなっているのか少し気になり、少し記事を調べ直してみた。

その結果、当時に抱いた印象とは全く違う実情があると気づいた。
私も5年前にはなかった「弱者の戦略」「コーチング」という視点をもとに、新しく気づいたことがあった。

3.下関国際の監督が過去に炎上した発言

2017年、下関国際が初めて甲子園に出場した時のインタビュー記事が残っている。
その記事には、主にこのようなことが書かれていた。

「文武両道はありえない」
・携帯電話は入部の時に解約
・朝の練習は朝5時から2時間
・授業の後は16時から23時まで練習
・飲み物は、水・牛乳・果汁100%のジュース・スポーツドリンクのみ
・買い食い禁止
かき氷「許さんぞ」

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/211366

おそらく取材していた記者の方も、かなり思うところがあったのだろう。
記事の中では「昭和の野球ですね」と、はっきり投げかけているほどである。

4.コーチング視点でみる「弱者の戦略」

ここまで聞くと、当時のインタビュー記事の内容は、あまりにも「前時代的」と思えるような言葉が踊っていたのは事実である。
私自信、5年前に記事を読んだ時にはネガティブな印象を抱いた。

ただ、当時からもTwitterでは、好意的な意見があったのも事実である。

下関国際。荒れてますけど。
私は地元民で高校生の親です。

かつての荒れ具合は野球部だけじゃなく
学校すべてがホントハンパなかったですよ。
それを今回甲子園への出場まで導いた人。

その指導を妥協してたら
まとまるものもまとまるはずもない。
指導者の努力はすごいと思いますが。

https://togetter.com/li/1139772

下関国際の監督が叩かれてるみたいだけど、山口県民的には、不良が多くて万引き事件とかもあった(はず)下関国際の野球部を甲子園に連れてきた時点で凄い事だと思うんだがなー

https://togetter.com/li/1139772

下関国際のインタビュー記事
批判する気持ちもよく分かる
けど前提を付けると印象がずいぶん変わる

DQNでは>文武両道はありえない
不良相手に>自主性尊重は指導者の逃げ
規律を与えると>毎年脱走する選手がいる
対策として>携帯電話は入学時に解約

けども
かき氷は許して

https://togetter.com/li/1139772

私も事情を知っているならば、「このやり方も仕方ない」と納得していたかもしれない。

「荒療治(あらりょうじ)」という言葉がある。
例えば外科手術では、時として患者の体に刃物を刺して切り開く。
それが必要がからこそ、その手段がとられることもある。

当事者にとって、またその環境にとって、これがベストな選択時だったと、想像もつかない形だったのだ。

必要に応じて、こうなった

それを裏付ける事実として、インタビュー記事には、当時の荒れ具合も触れられていた。

・みんな辞めて部員が1人になった
・グラウンドの整備や道具の扱いがひどかった
・マナーを教えると辞めていく
・キャプテンが逃げ出した

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/211366

時として、一般論は「誰にでも最適である」という誤解を生みやすい。
今までの経緯や背景を考えるに、非常に荒れた環境では、強い指導力を前面に出す必要があったと考えられる。

「文武両道はありえない」に込められた真意

「文武両道はありえない」とのインタビュー記事から翌年の2018年、坂原監督の春のセンバツ出場の機会でのインタビュー記事が残っている。

そこには、「日本一厳しい練習」に打ち込む下関国際を監督する真意が表れていた。

ウチに来る選手は、基本的に大きな実績を残せていない選手です。たとえば、現チームでエースの鶴田(克樹)も中学時代は軟式で無名の捕手でした。地元の強豪から声がかからなかった県外出身の選手もいます。みんな自信がないところからのスタートなんです」

https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2018/03/14/___split_1/index.php

「何かひとつの分野を極めようと思ったとき、"片手間"でやっても成功することはできないと思っています。脇目を振らずにひとつのことに打ち込むことは、決して否定されるものではないとも思うんです」

https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2018/03/14/___split_1/index.php

コーチングに関わる私にとっても、深く心に突き刺さる言葉が並んでいた。
チームとしての強さを最大限に引き出し、そこから選手の自信につなげて行こうという思いにあふれていた。

坂原監督は、当時荒れていた下関国際に、自分から売り込んでいったという。
学校側も、その熱意に根負けする形で迎え入れたのだ。

それまでは、野球部で集団万引きを起こし、試合の出場ができなくなるほどの荒れようであった。
ただ、それは過去の話である
今の野球部にその面影は、今はもう感じられない。
その事実だけで、坂原監督の功績には計り知れないものがあるように思う。

実力に勝るチームに勝った2018年大会

2018年の甲子園では、2回戦に創志学園(長崎)との対戦となった。

チームの力は明らかに創志学園が上回っていた。
おそらくそれは下関国際も理解していたのだろう。

ここでも下関国際は一計を案じた。

当時の環境を活かした 「待球戦法」

当時の創志学園には、のちに阪神タイガースに入団する西純矢投手が主軸となっていた。
卓越した投手に対して、下関国際は「待球(たいきゅう)戦法」で挑んだ。

待球戦法とは、
・2ストライクまでは待って投げ疲れさせる、待球(たいきゅう)
・勝つまでの耐久(たいきゅう)
という、ダブルミーニングでもある。

その結果、先発した西投手は投球数が149球にまで達した。
(現在ではかなり負担の負担にも思う)
ついには9回に四死球などで下関国際に出塁を許し、ここから逆転勝ちしたのである。

ここにも「弱者の戦略」がある

投手の球数制限が注目された現在では、この作戦は取れない。
ただ、「弱者の戦略」としてのできる限りを尽くした結果の勝利である。

真っ向勝負をすればするほど自チームが不利になる場合、その放置していいはずがない。
持久戦に持ち込むことが勝利への可能性を高めるならば、なおさらである。

5.今大会のインタビューから見える「変化」

スパルタで知られていた坂原監督も、ただただスパルタ一辺倒ではなかったことを示す記事がある。

2021年の結果を踏まえた「改革」

厳しい練習も、厳しいだけで勝ち残れるほど甘くはない。
その事実に直面したのが、2021年の中国大会での敗戦であったという。

「何かを変えなければ、という思いがあった」

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/07/29/kiji/20220729s00001002011000c.html

・朝の練習は朝5時から2時間
 →朝練を廃止、部員の睡眠時間に充てる

・授業の後は16時から23時まで練習
 →外部トレーナーを招き、ウエートトレーニングに注力

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/07/29/kiji/20220729s00001002011000c.html

 このように、複数の選択肢の中から検討した結果が、厳しい練習なのである。
状況を見極め、効果の出ない方法は改めた結果が、今回の結果を導く下地になったと考えられる。

もしかすると、この先の下関国際の練習も、「日本一厳しい練習」ではなくなるのかもしれない。
厳しさにこだわらず、勝つために、強くなるために、結果を出すために、この先も形を変えていくのだから。

6.どんな結果になっても、変わらないこと

私がこのnote記事を書いている時にも、決勝戦の試合は続いている。
泣いても笑っても、この先何が起こっても、今日の決勝戦で一旦一区切りとなる。

仙台育英が勝ってもおかしくないし、下関国際が勝ってもおかしくない。

仙台育英は、強い

仙台育英には、非常に厚い選手層がある。
選手の人数的にも体力的にも余裕がある。
それに準決勝で18点をたたき出した打撃力もある。

そして何より、東北勢で初めての優勝を掴み取ろうと、圧倒的な戦力を惜しみなく発揮できるはずである。
初の白河越えの実現に向けて、東北の大きな後押しを背に、歴史の残る結果を残すのではないだろうか。

下関国際も、強い

下関国際には、どこまで上振れるか分からないミステリアスさがある。
どれだけ地味な前評判であっても、試合結果を通じて実力を証明してきた。
特定の飛び抜けた選手だけでなく、チームが一丸となって勝利と手繰り寄せてきた。

試合を重ねるごとにチームの完成度が高まってきている。
学校環境が荒れていたとしても、ここまでチームを立て直し、今まさに優勝に手が届くところまできた。
37年前、KKコンビ(桑田・清原)擁するPL学園に、劇的なサヨナラ負けを喫した。
64年ぶりの優勝が手に届くところに来ている。

観客が持ち帰る 「ドラマ」 の余韻

野球ファンにとどまらず、どん底からのチームの成長物語としても、弱者でも強者に立ち向かえるという実例としても、見逃せない試合である。

この高校野球という「ドラマ」には、どんな結末が待っているのだろう。

夢のようなひと時であった。
このままずっと続けば、どれだけ楽しいだろう。

だが観客も選手も、輝ける舞台からそれぞれの現実に帰っていく。
帰る場所があるのだ。

「今この時だけ」のこのドラマを目の当たりにした人々は、どのような思いを抱き、日常に帰っていくのだろう。

高校球児の熱演を通じて、あなたにも何かの気づきが芽生えることを願って。

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