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福祉とボランティア(長文注意)

最近では東京五輪のボランティアの条件についてあれこれ言われているが、多くの人の協力があってイベントが成功したり、盛り上がればそれに越したことはない。

「人が集まらない」「条件が厳し過ぎる」「交通費も出ぇへんのか?」否定的な意見を言えばきりがないが、私からしたら

文句言うならやらなくていい。
やらへんくせに批判するな!

今回の東京五輪の件で批判してる人はどれか当てはまります。人が居なかったらカネで解決するのが世の中です。

私は福祉の仕事をしています。たまに「誰でも出来る仕事」ってやった事もない人に言われます。

まぁ、人のお世話をして食事やトイレやお風呂の世話しかしてへんと思われてるのでしょうが、そう思う人はそう思えばいい。

「福祉の仕事はボランティアでやればいい」って聞いた事もあります。そう思う方は介護保険料の納付も介護サービスも社会保障費の枠組みから外してもらうように行政にお願いしたらいいです。

その方が国民の生活は豊かになるかもしれないし、社会保障費の抑制にもなります。

ここで私が世間一般の比較的多くの人が思っているだろうと言う仮定の話をします。

高齢の方や障害を持った方のお世話をするのが介護や福祉の仕事

これは間違っていると断言します。

私もこの仕事を始めた時はそのような考えを持っていました。

その人らしい生活を支え、その人の尊厳を護り(まも)り、その人の心に寄り添い、その人の「こころ」と「生活」を豊かにしてその人の可能性を広げて「より良い明日」につなげる。

これが福祉の仕事の本質だと思います。これで飯食ってます。

介護の3K「きつい、汚い、給料が安い」と言われますが、そう思う人は介護の仕事をしなくてもいい。

私が人と関わる中で、どれだけ周りの人に助けられて、福祉サービスを受ける利用者から人生を教わる。

みんな汚いもの出すし、しんどい事もあるし、介護の仕事だけがしんどいとも思わない。給料が安いと文句を言う前に、利用者からの「ありがとう」を誰にも負けないくらい積み重ねてみろ!

福祉の仕事に従事してる方のほんの一部の方のネガティブな意見とニュースでは虐待や認知症の方のマイナスイメージばっかり垂れ流す。

福祉は「人のお世話」ではない。
「お世話」はボランティアの役割。

介護は食事やトイレやお風呂を快適に過ごしていただくのは当たり前で、そのために介護福祉士という国家資格がある。
「トイレの世話が…」「食事をちゃんと食べてくれるか?」「お風呂に入ってくれない」
そら大変かもしれんけど、尊厳を護ってこころに寄り添えば「ありがとう」がたくさんもらえる。それが積み重なり、あえて大げさに言うが「ホテルより快適」「家政婦さんよりよく気が付く」「ずっとここに居たい(居て欲しい)」って思ってもらうのが福祉の仕事の究極である。

福祉の仕事の給料はそこまでやってこそ上がっていけばいいし、「あんたに100万やるからあんたのサービスを受けたい」って言われるような仕事をしたいと思っている。

介護保険で認められてるサービスだけで、これを言われるか言われないか?

ここまで読んで「馬鹿馬鹿しい」と思ってる方も居ると思う。お金が全てではないが、高収入の方はそれなりの勉強と努力をした上で、それなりの収入を得ている。

「そんなん福祉ではムリムリ」言うとけ!
プロスポーツ選手のように、仕事の質を高めて、毎年契約更改して、FAで他の施設に引き抜かれたりすればいい。

そういう高い志の人だけ、この仕事を続けてほしい。これは完全に私の勝手な意見であるが、間違ってないはず。

給料だけじゃないでしょ!福祉に限らずどの仕事も!って言いたい。

福祉に関わる仕事の人が全てこういう意識で仕事をして結果を残したら、どの産業にも負けないホスピタリティとサービスを持った人が増えて福祉のステータスが上がるし、自信のある人はどんどん福祉の起業をしたら行列の出来るサービスが出来る。

ヤフーとか楽天なんか、最初ボロクソ言われてましたやん。でもサービスを受ける人のかゆいところに手が届くサービスを積み重ねて業績を上げてきた。

奇しくもヤフーや楽天は介護保険制度が始まる頃と同じ時期に世間に知られてきた。

国民も福祉サービス従事者も「社会保障費」に甘えてきた事は否めない。それなりにサービスを提供すれば社会保障費から9割(いまは7割)はもらえるから。仮に利用者からもらえなくても資金に困る事はなく、ほかのサービス関連企業では考えられないメリットで、ほかの企業は競争を勝ち抜いてきた厳しさがあるから業績を上げてきた。

そしてボランティアに話を戻そう!
私は阪神淡路大震災を経験し、多くのボランティアの方に助けてもらいました。

そういった方々に直接お礼は出来ないが、自分に出来る事からボランティアに参加するようになった。

交通費なんかどうでもええ、そこで人に認められて、そこで役に立って、そこで喜んでもらって、2002年のW杯のボランティアなんかホンマに凄かった。広告代理店の仕事やスポーツ用品とか飲料メーカーの仕事や仕組みがサッカーを通じて学ぶ事が出来た。これがサラリーマンを辞めるきっかけにもなるくらい貴重な人生経験が出来た。他のボランティアでも多くの人の役に立っていろんな話を聞いて人生も学べた。

入り口は「人のために」出口は「自分のため」「自分のスキルが伸びる」「人の交流を通じて仕事以外のつながりが出来る」

お金では得られない「価値」はボランティアの中にたくさん転がっている。

「利他」のようで最後は最高の「利己」を得る事が出来る。

それがボランティアの醍醐味だと思うし、それが感じられないと思うならやらなくていいから、批判までしなくてもいい。

「福祉とボランティア」似てるようで全く違うという私の考えが全て正しいとは思っていないし、価値観は人それぞれである。

「福祉」を世間から舐められないように、自分が動いて周りに影響を与えて世界が少しでも変わる事を信じてこれからも仕事をします。

「ボランティア」これからも継続して、自分と周りの人の人生を豊かにしていきたい。

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