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哲学

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#純粋経験

純粋経験(8)
純粋経験に至ることで人格の実現がなされる
→純粋経験そのものが善
・善の実現には知性・感情・意志の一体化が必要
・西田哲学の背景には禅の影響がある
→禅の教義「色即是空、空即是色」と似通っている
※空(くう)→あらゆるものは因縁によって生まれ、実体がなく空しいこと

純粋経験(7)
・分裂した主観や客観も純粋経験の一部
→精神と物質は純粋経験から派生
・純粋経験は言語を媒介に認識できず、顕在意識に上らない
・「私」によって経験されるものでもなく、「私」の外にあるものでもない
→純粋経験とは「私」を含み、「私」がその一部として存在している体系

西田幾多郎の純粋経験(5)
・純粋経験の体系は自ら発展する力を具えている
・判断や意味が生じていないが、意志による統一作用が働いている間は純粋経験を保っている
・それはありふれた無意識的な状態も指し、必死に断岸を登る時、音楽家が熟練した曲を奏する時のような没入状態も含まれる

西田幾多郎の純粋経験(4)
・自分が感じたままの意識状態をそのまま経験した時はまだ主観も客観もない
・知識とその対象はまだ未分化で合一している
・表裏一体である主観と客観の統一が経験の最も素な状態
・過去の思い出から現れたイメージも直接的な現在の意識だから、純粋経験に含まれる

西田幾多郎の純粋経験(3)
・色を見たり、音を聞く瞬間にはただ色が見え、音が聞こえる事実だけが存在している
・まだこれが外界の作用であると主観的に考えていない
・知覚しているのは自分だとも考えず、何色だとかも判断しない
・与えられた経験に理性的思考を加える前の状態を純粋経験という

西田幾多郎の純粋経験(2)
・ただ、赤子の未意識的な統一状態もあれば、芸術・宗教的直観のような超意識的な統一状態もある
・人は大なり小なり、経験そのものを素直に受け止めず、自分の思想を交えて起きた事実のあり方を歪めている
・そこで西田は素の経験を純粋経験と呼んで解明しようとした