見出し画像

ヤンキーとスッポン

僕がまだ大学生のころ、深夜勤務でアルバイトをしていました。
毎日責任者として働いていたので、他に店舗にいるのは年配のおばちゃん2人だけです。
何か問題が発生した時の処置や、事件事故を警察に報告するのも僕の約目です。

正直いって、自分の勤務している地域の治安は良くなかったです。
真夜中にくるお客様は若い年齢層が多く、よく店舗で騒いでいる人を何度も見てきました。
外では毎日のように、警察がバイクに乗ったヤンキーと鬼ごっこをしています。

ーーーーーーーーーーーーーーー

その日は台風が直撃しました。
風がゴーゴーと鳴り響いて、雨もドンドンと店舗の天井や窓を叩きつけられる悪天候でした。

しかし、飲食店に天候は関係ありません。
店舗が休業にでもならない限り、僕の仕事に変化はないからです。

「今日はお客様が来ないなぁ……」

その程度にしか思っていませんでした。

ーーーーーーーーーーーーーーー

夜中3時ごろ。
本来なら朝の仕込みをしないといけない時間です。

そこに突然、窓ガラスごしに1台の真っ黒なクラウンが映りました。
ぎらぎらに光るLED、地面で摺りおろされそうな低い車高……
そして、駐車場の白い枠線に大きく斜線を引く駐車の仕方。

「間違いない。ヤンキーだ。」

運転席から降りなくても、直感で面倒くさい人だとわかりました。
しかし、どんな人であっても店舗で買ってくれればお客様です。
拒否権なんてあってはならないと思い、車から降りてくる様子を眺めていました。

車から降りてきたのは、運転していた男性1人だけです。
他に誰もいませんでした。

金髪、スウェット服、サンダル、サングラス。
一昔前の田舎ヤンキーのテンプレートのような男性。

ーーーーーーーーーーーーーーー

しかし何かがおかしい。
車から出てきたばかりなのに、全身がびしょ濡れなのです。

さらに大きな異変に気づいたのは、男性のサンダルにキティちゃんのイラストが入っていると気づいた時でした。

手の周りをバスタオルで覆っている?
手元が見えません。

そして男性が店内の照明に照らされた時、僕は戦慄しました。

バスタオルが真っ赤に染まっている。

あまりの怖さに固まりました。
通報だとか、助けを呼ぶだとか、そんな簡単な結論にさえ頭が回らない状態で、ただその場に硬直していました。

すぐに頭に浮かんだことは、

「あ、今から僕は死ぬかもしれない」

ということです。

そんなことを思っているうちに、男性が僕の目の前に到着しました。
そして男性から、思いも寄らない言葉が飛び出しました。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「こいつを助けてやってくれ!」

何を言っているのかわかりません。
助けてほしいのは僕の方だと言ってやりたいくらいです。

むしろ誰か助けて下さい。

男性がゆっくりバスタオルを拡げると、そこにいたのは体調40センチほどの大きなスッポンでした。
僕は安心するどころか、さらに頭が回らなくなりました。

「このままやったら死んでしまう。川に戻してやりたいねん。」

話を聞くと、台風で川が氾濫して道路に放り出されたスッポンを、この男性が保護したらしいです。
出血もしており、噛みつかれるのが怖かったので、持っていたバスタオルで包んでいたとのこと。
そして現地住民ではなかったことから、川の場所がわからず走り回っていたということでした。

僕はやっと理解が追いつきました。
それにしても、まさか中身がスッポンだったなんて、思ってもいませんでした。

その後は、10分ほどおばちゃん2人に留守番を頼み、近くの川を案内しました。
台風の中、スッポンを抱きかかえたヤンキー(風)な男性と、相合い傘で川まで歩く……
こんな経験をするのは最初で最後でしょう。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「ありがとうな!また喰いにいくわ!」

男性は少し乱暴な口ぶりですが、お礼の言葉を言って帰っていきました。
その頃には台風は通り過ぎ、夜中の騒がしさが無かったかのように静まり返っていました。

そして店舗も、いつもと変わらない、静かな朝の時間を迎えました。
コーヒーを飲む常連客、朝寝坊で2分遅刻してやってくるアルバイト……

店舗は今日も異常なしです。
何も変わっていません。

学び

僕がここで学んだことは、「まず人を知る」ことです。
見た目だけでは、人の善意、悪意まではわかりません。
人と会話して、初めて判断できるのだと思います。

大学生の頃にこの体験をしていなければ、「まず人を知る」ことの大切さに気づけなかったです。
本当に怖くて、あの時は死ぬかと思いました。
しかし、今では忘れられない思い出であり、良い経験です。

名前も知らないヤンキー(風)な人、ありがとうございました!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?