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食レポ|家系総本山 吉村家

 横浜に赴くだけでも、世界が変わったような感覚を覚える。乗り慣れた電車は僕を別世界へと運ぶ装置へと変わった。振り返った先に広がる風景は一寸も変わらないはずだ。しかし、距離もそこに漂う時間もより濃密になった気がする。

 平日の昼下がり。人々は静かな興奮を携え、そこに集う。眼の前にあるのは「家系総本山 吉村家」。家系ラーメンのゼロ。メッカ。聖地。いくつもの形容詞が頭に浮かぶ。この場所は心に熱を灯す。入店までの待ち時間もエンターテインメントだ。

 「中盛りラーメン」と「ライス」の食券を手に、時は刻々と刻まれる。店内へと促され、そこに広がる紅色のテーブルを見ると、頂にいることを実感する。伝えた希望に合わせて、「かため」の「中盛りラーメン」と「ライス」が運ばれた。圧巻だ。この一杯に僕は没入する。

 口に含んだスープは感嘆の息を体内から引き出す。不規則に切られた平打ち麺が身体を満たしていく。燻されたチャーシューの香りが口から鼻へと抜ける。スモーキー。僕は総本山にいる。映える味覚の絶景に舌鼓を打った。行者ニンニク、生姜、酢、コショウがスープに融合していく。スープと調味料の不均衡。それは時間の経過とともに一体となる。この不規則な変化は愉快であり、深みと美しささえ感じる。どこまでも広がるうまみ。ここにはそれがある。

 一掃されたかのように、隣に並んだ客たちは姿を消した。満足感で満たされた空気を浴びながら、僕はレンゲでスープをすくう。それは聖地に置かれた石を愛でるような行為に似ているのかもしれない。何十回目かの巡礼は終わった。そして、店を後にした瞬間、僕は未来の巡礼へと思いを馳せる。


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