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書評 #87|街とその不確かな壁

 『街とその不確かな壁』は「拠り所」のようだ。街と壁は内に存在しているように感じるし、実世界の比喩でもある気がする。自らも気づいていない、意識したこともない心の核のようなものに思いが向く。それは深海奥深くへと潜るかのように孤独であり、静謐な旅路を連想してしまう。

 表と裏。外と内。肉体と精神。そうした二面性を通じ、村上春樹が何を伝えようとしているのだろう。そこに人間、人間としての営みへの問いを感じる。社会と個人。個人の中に抱える光と闇。多層性。そんな言葉に行き着く。

 強大なシステム。搾取される個。それは作中に登場する街、壁、図書館、単角獣たちの姿と重なる。静かに。丁寧に。几帳面な生活をする主人公は孤独な戦いを社会と繰り広げる。傷つかぬよう、内なる世界を遮断する壁でもあるのではないか。往々にして悲壮感を感じさせるが、同時に勇気や希望といった前向きなアクションが物語を前進させる。それが作品に彩りを添える。軽快に女性を食事に誘う場面が印象を残す。

 多層なる生の営み。人間は誰しもがそれぞれの街と壁を抱え、そこで日々生き、立ち向かっている。正解はないが、浸食されていないか。同化していないか。自らが自らを生きているか。そんな問いを村上春樹は発していると感じるのは僕だけだろうか。


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