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ロシアW杯 観戦記|日本 vs ポーランド|2

 売店の近くに設置された赤いスタンドで、観戦に向けての体力を温存する。この暑さは試合展開にも影響を与えるだろう。月並みだが、中東の地で開催されるワールドカップの最終予選も含めて、こういった環境で試合を戦う選手たちのタフさには驚愕するばかりだ。プレーはもちろんのこと、判断が鈍ってもおかしくはない。そういった意味で、戦前の予想がどこまで正確かは脇に置いておいたとしても、ターンオーバーをすることは現実的な選択だと実感させられる。

 それにしても、以前にも述べた報道では、コロンビア戦とセネガル戦で肝となっていた選手たちの多くが控えに回っていた。肝となっているということはそれだけ強度の高いプレーをしているということでもある。ただ、先発が予想される選手たちの多くは今大会で初めてプレーする。ベテランの舞台俳優でも、演技の初日は緊張するものだろう。彼らは先発してきた選手たちと遜色なく、各々の個性をピッチ上で表現して、何よりも大事な結果をもたらすことができるのだろうか。期待と不安が入り混じる。

 売店の横からポーランドのサポーターたちが野太い声でチャントを歌っているのが眼に映る。耳覚えのあるチャントは、僕を懐かしい気持ちにさせてくれた。僕はポーランドとウクライナで共同開催された、EURO 2012を観戦するため、ポーランドを訪れたことがある。初めての一人旅だった。不安な気持ちをスーツケースと一緒に抱えて、国中を旅した。だから、ポーランドとの対戦が決まった時、僕は不思議な縁を感じずにはいられなかった。ポーランドのチャントはヴィレッジ・ピープルの『Go West』に乗せて、“Polksa, bialo-czerwoni”と歌う。その歌詞はシンプルだ。「ポーランド、赤と白」と自分たちのアイデンティティを高らかに叫ぶ。ポーランドは第二次世界大戦でソ連に侵攻された負の歴史を持つ。僕が観戦したポーランド対ロシアでは、ワルシャワ国立競技場に詰めかけた満員の観衆が、赤と白のマフラーを両手で掲げ、雷鳴のようなチャントを場内に轟かせていた。そのチャントは試合が終わった後も、街中で歌われていた。ユースホステルの狭い部屋で一人過ごす深夜、酒を飲んだ若者が犬の遠吠えのように、その歌を叫んでいた声が今も耳に残っている。

 徐々に場内にいる人の数が増えていく。特にやることもないので、待ち合わせ場所を決めてから蓮木くんと別れ、あてがわれた席に着いた。浜辺に日焼けをしにきたような気分だ。サングラスをかけていても、眩しさが眼を刺激する。ポーチの中からタオルを取り出し、太陽を少しでも遮ろうと頭に被せる。スタジアム全体を見回す。ヴォルゴグラード・アリーナの客席はアーセナルのエミレーツ・スタジアムを一回り小さくしたような作りだ。四隅が空いていて、そこから空が覗いている。その空の下、両チームの選手たちが、ピッチで試合前の練習を行っている。ピッチの大部分は影に覆われている。太陽を吸収しているのはバックスタンドだけだ。日本の練習風景を見ると、先発と思われるメンバーがバックスタンド側でスプリントを繰り返している。そこには宇佐美、酒井高、武藤、山口などの姿を見つけることができた。やはり、日本はメンバーを入れ替えるようだ。

続く


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