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旅|陽の光|1

 雨が降り注ぐ土曜日の朝。僕は最低限の荷物をバックパックに詰め、静岡へと向かった。電車を乗り継いだ。乗り換えた横浜駅でビールを買った。「ジャン・フランソワ」のパンを買った。そのパンは東海道線のグリーン車から眺める風景をより艶やかにしてくれる。そして、喉に流し込むビールは心身の凝りのようなものを緩めてくれた。車窓に増える緑を横目にしながら、小田原に辿り着いた。

 朝から大地を覆った雨は僕の行く手を塞ぐ。小田原から先の在来線は大雨によって運転を見合わせていた。熱海、興津と思い描いていた掛川への道は霧散する。人々は透明な壁を前にしたかのように、歩みを止める。唯一生きた新幹線の切符を買い、ホームへと上る。

 一人。二人。人の気配を失ったホーム。乗車する新幹線の到着時刻も定かではない。疾風のように駆ける新幹線。その音と風を肌で受け止める。線路上の霧とタイルが埋め込まれた地面に視線を送る。整然とした空間の中、未来が定まっていないこの時間にほのかな喜びを感じた。理由はわからない。しかし、意識が粒子で構成されているとすれば、それらの粒子に必要な場所と重みを与える時間だったのかもしれない。

 こだまがホームへと入る。一号車の車内は閑散としていた。僕はトンネルを抜け、山と川を越える。人工的な光に照らされた世界と外界を交互に見ながら、僕は時空を超える近未来の装置に乗ったかのような感覚を覚えた。

 旅の魅力は多々あるだろう。しかし、雲間から陽の光が覗くように、旅は新たな感情を僕に授けてくれる。掛川の地から幕は開いた。どんな感情をそこに残し、そして、何を日常へと持ち帰るだろう。

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