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書評 #25|キッチン
二十年ぶりの『キッチン』だ。高校生の僕は、死を冷たいものと捉えていた。しかし、作品を通じてマッチの火を思わせる温かさを感じた。それを昨日のことのように覚えている。よく知らない家で生活を始めたみかげがいて、男性のえり子さんがそこにはいる。相反する二つの要素が共存しつつ、そっと背中を押された感触を思い出したかった。
『キッチン』に眼を落とすと、そこには日常のリアルな匂いがあり、そこにしかない人の個性があった。感情が行間からにじみ出ている。部屋に浮いている埃まで感じられる。思考がそのまま言語化されたかのような吉本ばななの文体を身体に吸収し、僕はそう思った。ファンタジーのような浮遊感は最後まで尽きない。
生死の近さ。誰しもが意識するテーマを本作は軽やかに、丁寧に描く。遠く離れたもの。年月の先にあるもの。死をそう捉えるのではなく、眼の前にあるもの。間近にあるものと意識させられる。当然のことながら、それは辛く、過酷である。しかし、描かれる死は清く、温かい。その温かさは生へと光を照らす。それは月と太陽の関係に近いのかもしれない。大切に生きよう。『キッチン』は読者にそう思わせる力がある。
比喩としてのキッチンを探し求めた。それは心の窪みのようなものではないだろうか。みかげにとっての安住の地はキッチンだった。しかし、皆がそうではない。自分が自分でいられる。それは場所であり、時間であり、人である。窪みを埋める何かを探し求める。その旅もまた、生なのかもしれない。
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