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書評 #3|凶犬の眼

 何事にも良しあしがある。その考えがふと頭に浮かぶ場面が最近は多い。なるべく大局的に物事を把握し、本質を捉えたいと思う。そのためには、さまざまな視点に立つことが必要であり、長期的に見ればバランスを見出すことが重要になる。僕が高校生の頃から思っていることだ。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。

 柚月裕子の『凶犬の眼』は一言で言えば「バランス」の物語だ。警察と暴力団が持つそれぞれの義が広島の山奥で淡々と描かれていく。両極に明暗がくっきりと分かれた舞台で、中心となる日岡秀一や国光寛郎らは局面ごとに身にまとった明暗の色を変える。その変化はとても微妙だ。しかし、誰しもがなし得る芸当ではない。相反する組織に身を置きながらも、二人は時に離れ、時に交差する。その移ろい、バランスの揺れ具合がこの作品の大きな魅力だ。

 「淡々と」という表現を僕は前に述べた。あくまでも私見ではあるが、前作に比べて読者を引きつける力感のようなものは薄いと感じる。作品の背景にもなっている、絡み合った糸のような暴力団組織間の関係は最後まで複雑なままだった。日岡と国光の物語につながっているはずだが、どこか別世界のように感じる。そして、最後は「兄弟」と呼び合うまでになった二人だが、語られるほどにその密度が高いとは感じられない。どこか空虚な印象を受けてしまう。

 一言で言えば、『凶犬の眼』の日岡はどこか無機質な印象を与える。前作では大上という太陽がいたからこそ輝いたキャラクターではあるが、本作では作られた印象を受ける。思いを寄せられる祥子との関係もその無機質さを助長させている。

 『孤狼の血』の後日談、日岡の成長、警察と暴力団の狭間でもがく人々の物語。前作から濃度は薄まっているが、読者に先のページをめくらせる文体はさすがとしか言いようがない。


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