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劣等コンプレックス

昔から自分の容姿が大嫌いだった

鏡に映る不格好で不細工な人間と向き合うことが怖くって、いつも部屋の姿見には布をかけていた

友達や彼氏には「お化けが映りそうだから怖くて」と言い訳していたけど、その「お化け」が「私自身」であることを誰かに打ち明けたことは一度も無かった

どんなに可愛い服を着ても、どんなに着飾っても家を出る5分前、姿見を覗いた途端に外に出るのが憂鬱になっていた

「なんて酷い姿なんだろう」

公の場にこんな姿晒せないという自己嫌悪感と、約束をやぶるという罪悪感との戦いにしかめっ面で挑む。

「少しでもまともにしなければ」と、悪足掻きのように前髪をの分け目を変えたりファンデを重ねたりする。そのせいでいつも予定より10分遅れて家を出る始末。

遅刻の大半の理由は「自分直し」だった。

待ち合わせ場所にいる友達はとても可愛いし、彼氏だってすごくかっこいい。

私なんかが隣を歩いて相手は恥ずかしくないだろうか?

声をかけることに躊躇していると相手の方が私に気づいて満面の笑みで迎え入れてくれる。その瞬間、それまで抱えていた不安がにわか雨のようにあっという間に過ぎ去り安堵するのだ。

私はずっと、こうやって、誰かに甘えて生きてきた

誰かと一緒にいる時だけは、自分の醜さを忘れることが出来た。他人に愛を注ぐことで、自分への生きる価値を見出していた。

だから家に帰りお風呂に入ろうと化粧を落とし、服を脱ぎ捨てた瞬間「ホンモノ」の自分を目の当たりにして現実に戻ることがすごく嫌いだった

小さい頃からストレスを感じるとすぐにニキビやヘルペスが出てしまう顔

十五夜のお月様のようにまんまるい輪郭

顔の中心に君臨する団子っ鼻

獣のように毛深い体毛

冷え性でむくみやすい脚

そして無駄におおきいおっぱいとお尻

自分の容姿で嫌いな部分をあげたらキリがない。

特におっぱいに関しては羨ましがられることも多かったが私はイヤでイヤで仕方が無かった。

「そんなに羨むならクレテヤル。」

心の中で叫んだことだってある

肩は凝るし、着てみたい服が似合わない。何より男性からの目線が顔より下、お腹より上の部分に集中することに吐き気を催したことなんて両手じゃ数え切れない

「きもちわるい。そんな変な目で私を見ないで。」

いつしか、わざと胸の大きさが隠れるような服を着るようになっていた。

そうやって自分の嫌いな部分を消そう、隠そうとすればするほど、終わりの見えない谷底を永遠と落ちていくような気分を味わった

そんな時、ふらっと立ち寄った1軒のバー

嫌いなタバコの匂いと煙が充満した店内いっぱいに満ちた空間は、正常なときの自分なら決して足を踏み入れないような場所だった

きっと、当時のわたしはネジが1本も2本も外れていてもういっその事ぜんぶ外してバラバラに解体してほしかったんだと思う

その解体を、社会の底辺にいる人達に託したかったのだ。聞き慣れないお酒を隣の男性から勧められ二つ返事でそれを頼む。

「お嬢さん、若いけどどこから迷い込んだんですか?」

と、まるでどっかの映画のワンシーンみたいなセリフにおもわず心の中で「映画の見すぎじゃん」とつっこんだ

「ここはあんたみたいな小綺麗な子が来るとこじゃない。変なおじさんに捕まる前に早く帰りなさいね」

強く、けれど優しく諭すように話してくれるバーのマスターらしき男性

「綺麗...?男の人って女なら誰でもそういうよね」

咄嗟に自分の口から出た言葉に、我ながらひねくれた女だと思った

「そんなことはない。綺麗な子だと思ったから声をかけたんです。」

「私のどこが綺麗なの? 」

「それを面と向かって言わせるなんて顔に似合わずサドスティックですねえ(笑)」

マスターは作ったお酒を私の前に差し出し、少し頭を掻きながら照れた表情を見せた

それが少し可愛くて

「ほら、やっぱ無いんじゃん」

と煽るように言葉を投げつけた

「挙げるとキリがないですが、第一印象で感じたのは目の奥の輝きかな。」

「目?」

「そう、目。濁りも淀みもない綺麗な目をしている。その目を曇らせないでくれと心から願うよ」

「...他は?」

「そうですねえ。入ってきた瞬間、なびいた髪はシャンプーのCMみたいでした。」

「シャンプーのCMかあ。髪褒められることはよくあるかも。」

「あとはその丸顔に白い肌、なにより笑った顔が素敵だと思いますよ」

「私ここに来て、一度も笑ってないとおもうんだけど...」

「ああ、あくまで私の中の妄想の域での話ですが...。でも色んな方の顔をここで見てきた私の目に狂いはないと思います。」

その根拠の無い自信はどこから出てくるんだろうと呆れる反面、マスターの強くて確信に満ちた眼差しに、邪魔な胸の奥がたゆと揺れた。

「けど、なんか意外だった。絶対、おっぱいのこと触れてくると思ってたから」

口に出したあと、自虐してしまったことに気づき字のごとく後悔する。

「はは。そりゃ、わたしも男ですからね。素敵な胸だなとは思いましたよ。しかし、これでも紳士ですから発言は選ぶようにしているかな。」

「それってムッツリスケベみたいで気持ち悪い」

何故か、マスターの前では口の悪い自分が出てしまう。自分の黒い部分が飛び出る。

「気持ち悪いっていうのは傷つきますねえ...(笑)でも確かに、思っていることを言わずに隠されるのは居心地が悪いかもしれないね。」

「居心地がわるい...そうだ!たぶんそれなの!ずっとそれでモヤモヤしていたんだわ」

「おやおや(笑)急に元気になりましたね。それが本来の貴女の姿なのかな?いや、両方含めて貴女なのでしょうねきっと」

心に掛けていた厚い布が、マスターの穏やかな優しい微笑みがもたらしたそよ風によってふわっとどこかへ飛んでいくのがわかった

「そう、全部わたし。ネガティブな部分も、ポジティブな部分も全部ぜーんぶ含めて私なの。なのに、なんでみんなネガティブを否定するんだろう」

「誰だってできる限り明るく楽しく生きたいもんなんです。だからネガティブにはつい耳を塞ぎたくなるもんです。あなただって愚痴ばっかりの友達嫌でしょう?」

「たしかに...。でも仲のいい子の悩みや愚痴ならちゃんと受け止めたいと思うし、なんとか解決したいし、笑顔にさせたいって思うわ!」

「それは素晴らしいことですね。きっとあなたも何度もその相手に元気づけられ、笑顔にさせてもらったんでしょうね」

「うん、何度も救われたわ。」

「それでいいのでは?」

「え?」

「どうしても前向きになれない時だってあります。そういう時に無理して笑う必要なんてないんですよ」

「でも悲しくしてたらみんなどっかにいっちゃう」

「ほんとにみんな?」

「〇〇ちゃんと、〇〇と、〇〇くん以外...」

「そしたら落ち込んだ時は、ネガティブな部分を見せても受け入れてくれるような信頼できる人に思いっきり甘えなさい」

「その人たちに頼ってばかりじゃ迷惑じゃないかな?」

「あなたが逆の立場だったら?」

「周りに言えない悩みを打ち明けてくれたら嬉しい...」

「人ってそういうものです。」

「なるほど...」

「信頼してる人、大切な人には頼ってほしいと思うものなんですよ」

「じゃあ、今わたしがこうやって初対面なのに相談してることは迷惑?」

「まさか!!これも商売ですから....」

「え!仕事だからきいてくれてるだけなんですか!それはそれで寂しいなあ」

いつの間にか、グラスの中のお酒は空っぽになり氷がカランコロンと音色を奏でていた

「ははっ。語弊をうみたくないから言っておきますが私はこの商売を好きでやってるんです。」

「じゃなきゃ、こんな労働とお金が割に合わない仕事できませんもんね」

「割に合わないと思うのは、この空間が居心地が悪かったりお客さんと話すのが苦痛だったりするからじゃないかな。」

「お話するのは好きだけど私みたいなお客が現れたら私はすごい面倒臭い、と思っちゃいそう」

「私はあなたとこうやって会話しててすごく楽しいですけどね。若くて可愛らしい女の子と、普段話す機会なんてなかなかないですから。」

「そう言ってもらえるとなんだかこんな愚痴ばっかり言ってても気が楽になるわ」

「本音です。」

「マスターは自分の嫌いなところとかないんですか?」

「嫌いなところ?」

「そう、自分の嫌な部分。」

「ああ、劣等コンプレックスですね」

「そうその劣等コンプリートみたいなやつ」

「コンプレックスです。」

「ほぼ一緒じゃん!」

「ちがいます。」

「まあ、その劣等コンプリ「コンプレックス」

「...コンプレックスがあるかないかってこと。マスターを見てると自分の嫌なところとか無さそうだなあって思ったから。」

「ありますよ。寧ろ、劣等感の塊みたいなものです」

「ありえない!」

「ほんとうですって。この、長く生やした髭も自分の口が嫌いなのを隠すため。この、ぴしっと固めた髪型も癖毛が気になるから。」

「くせ毛なんだ...可愛いじゃん」

「第三者から見たら可愛く思えても本人からしたら嫌なことだってたくさんあるんですよ?」

「それは納得...」

「でも逆に言ったら、わたしが劣等コンプレックスだと思っていたところを貴女は可愛さと捉えてくれるってことですよね」

「うん、これは本心」

「そしたら私の悩みはほかの人にとったら大して劣っているということにはならなくて、ただの自意識過剰ってことです」

「そっか。おっぱいが大きいことも、丸顔も肌荒れも自分が一番気にしてるだけで他人からしたら意外とどうでもいいことだったり、寧ろ長所だったりするわけですね」

「そういうこと。だから褒められたら素直に喜べばいいし、嫌な部分の話に触れられたら悩みなんですよねって打ち明けたらいい」

「素直に喜ぶ、打ち明けるかあ...」

「要するに本当にそこに劣等感を抱えてるならやることは二択。そこを含め自分なんだと認め開き直り好きになる。どうしても認められないなら改善させる。このどちらかしかないと思いますよ」

「そうですよね。クヨクヨして私なんか...って言ってる暇があったらどちらかになるように努力しろってことですね!」

「ザッツライト!その意気です!」

「そう思ったら自分のおっぱいはよく褒められるし劣等コンプレックスじゃなくて、優越コンプレックスに見えてきました!!」

「どう考えてもそっちです(笑)」

「肌荒れや丸顔は嫌なので健康やダイエットに気を使って改善します。」

「その努力の結果がすごく楽しみです」

「今日はありがとうございました。こんな長い時間おしゃべりに付き合わせてしまって...」

「いえいえ、来たときよりも笑顔で帰ってもらうのがこの店のコンセプトですから」

「素敵です。」

「また、悩んだら相談しにきてくださいね」

「悩みがなくてもまた来ます」

「それは光栄だ」

「スッキリしたら眠くなったのでそろそろ帰りますね」

「外は寒いので風邪ひかないようにね」

「私にはこと最高の武器、贅肉があります」

「それは安心だ(笑)」

「ごちそうさまでした。」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

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