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最大の武器は銃でも爆弾でもない、本だ。

 レイ・ブラッドベリの『華氏四五一度』は、本が禁じられた近未来が描かれたディストピア小説だった。焚書によって人々が失ったのは本ばかりではなく、思考能力だったことの方に、大きな衝撃を受けたものだ。そして本作『戦地の図書館』を読んで、第二次世界大戦中、実際に行われた焚書と、それに対抗するべく戦地へと本を送った人々が存在したことに、さらなる衝撃を受けた。本書は、文字通り本を片手に戦場で戦った兵士と、彼らのために本を用意し、送り続けた人々の記録である。

 第二次世界大戦時代、ナチス・ドイツは大規模な焚書を行った。国にとって有害と見なされた書物は、単純に小説なども含まれた約一億冊。自由な思想が禁止され、ひたすらに国威発揚のためだけの書物が残された。学校教育はもとより、例えば当時結婚した男女には、ヒトラーより、彼の著書『我が闘争』が贈られたというから、何もかも徹底している。大の読書家であったというヒトラーは、書物が人に与える影響の大きさを知っていたのだろう。

 対してアメリカでは、兵士に書物を送った。疲弊していく日々の中で、本は兵士たちに安らぎや希望を与え、生きる力を授けた。病は気から、とはよく言ったものだが、そこにはある種の真実があると思う。体がどんなに疲れ傷ついていても、精神さえ強く保ち続けていれば、本当の意味で死ぬことはないに違いない。

 兵士に送られた本は、「兵隊文庫」と呼ばれ、軍服の胸ポケットや尻ポケットに入るサイズで作られたため、戦場にも携行可能だった。敵の攻撃に耐えながら、塹壕で本を読む兵士の姿が想像できるだろうか。信じられない思いとともに、妙に納得してしまう自分もいる。

 本、それはすなわち人間の書いた文章であり、文字であり、言葉であるのだ。人間である兵士たちが、人間の言葉によって力を得ることに何ら不思議は感じない。むしろそれは誰かの紡いだ言葉が、誰かの生きる力になることのこれ以上ない証かもしれない。

 実際にあった戦時中の話のため、日本人として複雑な思いが生じる箇所もあるが、別にドイツの批判も、アメリカの賛辞もするつもりはない。ただこの記録は、本の大切さ、言葉の力の大きさ、そして何より、決して失われない人間の心の豊かさを深く感じることのできる貴重な良書だ。本好きな人はもちろん、本を読まない人にもお勧めしてみたい。

 この書評は2年ほど前に投稿したものだが、今まさに遠くて近い国で起こっているウクライナ侵攻に想いを馳せ、改めて更新した次第である。

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『戦地の図書館』海を越えた一億四千万冊(モリー・グプティル・マニング著/松尾恭子訳/東京創元社)


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