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孫のためになけなしの600円でかき氷シロップを買う【4分】

今日の記事のテーマは、ずばり、「偽善」だ。

私は、私の、偽善のために、この記事を書こうと思う。

さらに言えば、私は、この記事を書くことを通して、偽善についてもっと考えたい。

読者の方には、この記事を読むことを通して、偽善について少しでも考えてもらえたらうれしい。

そんな至極傲慢な気持ちを自覚したうえで、書き始めるとしよう。



スーパーバイト、ユミヨシ

私ユミヨシは、最近某スーパーでバイトしている。

スーパーでのバイトは約3年ぶりで、高卒ほやほや温室育ち世間知らず少女だった当時よりは、いろいろなことが見えるようになった気がしている。

気がしている、だけで、いまだ温室育ち世間知らずであることは承知済み。

ただ変わったのは、胸を張って自分を少女と名乗れなくなってきたことかもしれない。

スーパーというのは、「衣食住」のうち概ね「食住」(大型スーパーであれば「衣食住」を網羅することもある)を下支えする場所だ。

それだけ人々の生活に密着しているのだから、スーパーで働くということは、訪れるお客さまの生活を垣間見ることでもある。

さきほどからあちらの通路こちらの通路を往復している子ども連れの女性。

カゴのなかには、茹でダコ、紅生姜。

(このスーパー、たこ焼き粉売り場の場所がトリッキーなんだよな、声を掛けようか、掛けまいか……。)

缶ビールを3つカゴに入れた男性。

いちど売り場を去りかけて、数歩後ろ歩き。

さきほどの3缶をすべて戻し、同じシリーズの糖質オフのものを3缶カゴに入れ直す。

(その気持ち、わかりますーーーお客さま!最近の糖質オフは美味しいもんね!なんて言い聞かせてるのよね。)


「かき氷のシロップは、どこかな?」

そんなこんな、なスーパーでバイトする日々。

たくさんのお客さまに出会うわけだけれども、そのなかでも特に印象に残って、しばらく、いやずっとかもしれない、忘れられないお客さまがときどき現れる。

「そうめんやっぱり揖保乃糸〜〜〜♪」

なんて頭の中で口ずさみながら、

(揖保乃糸ってすごくすごく美味しいけどやっぱり高いよね。)

なんてため息をつきながら、そうめんの品出しをしていた、あるとき。

「かき氷のシロップは、どこかな?」

と、ご年配の男性に問いかけられた。

「かき氷のシロップですね、ご案内いたします!」

と、スムーズに売り場にお連れする。

「こちらの商品で、よろしいでしょうか?」

私は、いちご・メロン・ブルーハワイ、3種類のシロップのボトルを手で指し示す。


「何本、買えるかな?」

「うん、これこれ。ありがとうね。」

そう男性が言って、

「とんでもございません。ありがとうございます!」

私が返して、いつも通りご案内が終わる。

……と思っていた。

私がそうめんの品出しに戻ろうと1歩踏み出しかけたところで、男性が言う。

「何本、買えるかな?」

男性はおもむろに財布を取り出し、中身を私に見せてくれる。

500円玉が1枚、100円玉が2枚、ぴったり600円。

「今ね、600円しかないの。だけどね、孫にかき氷を作ってやりたいのさ。お姉さん、この600円あれば、シロップは何本買えるかな?」

「このシロップが、1本で税込280円なんです。2本だと、560円です。ですので、2本買えますよ。」

「そうか、そうか、2本ね。このブルーハワイってのがあるけど、これ俺食べたことないんだ。おいしいのかな?」

このあたりで、私はしどろもどろになり始め、かき氷のシロップの味って香料と着色料の違いだから、あんまり差はないんです、でも全部美味しいです、だの半ば意味不明の答えを返した気がする。

それでも男性は、

「そうか、それじゃあ、このブルーハワイっての買ってみようかな。これと、いちご。買っていくよ。お姉さん、ありがとね」

なんて言って、レジのほうへ向かっていった。


あのときあんなふうに言えていたら

あのとき、私は、なけなしの600円で孫にかき氷を作って食べさせてやりたい、という男性の心意気にえらく動揺してしまった。

男性のひとつひとつの問いかけに、もっとよい答えがあったはずなのに、と後悔ばかりが雪崩れてしまう。

600円。

シロップを1本は買うとして、残りの320円で何かほかのものを提案できなかっただろうか。

カルピスの原液をかけてもおいしいし。

練乳は、鉄板だ。

お孫さんもきっと喜ぶだろう。

でも、でも。

男性は、自分の食べたことのないブルーハワイの味を孫に味わわせてやりたかった。

その気持ちがかなり強いように、私は感じていた。

きっと、定番のいちごも用意したかったんだろう。

カルピス、練乳、そんな提案はいらなかった?(しなかったけど)

何度考えても、もっとよい提案があったような気もするし、あれでよかった気もしている。


おわりに

今日の短歌

鮮やかなブルーハワイに染まる舌 あの夏の色、じいちゃんの味/弓吉えり

600円のうち、560円を孫のためのかき氷シロップに使った男性。

自分の生活費は、ちゃんと残していただろうか。

今年の夏はやけに暑い。

暑いのにエアコンがつけられない。

そんなときには、スーパーに来て、いつまでも涼んでください。

ぜんぶぜんぶ偽善だとわかっていて、でもどこかに意味はあると信じたくて、きっと信じているから、私はこの記事を終える。

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