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保活に悩んで起業!23歳で出産したOさんの場合【母親インタビュー #3】

世の中の「母親」に、母・妻・娘・仕事人の4つの顔についてお話を聞く企画、題して
「母親インタビュー」

3回目となる母親は、23歳で出産し、会社勤めではなく起業や個人事業主として独自でキャリアを築いてきたN.Oさん(30代/2児の母)。

Oさんと出会ったのは5年ほど前ですが、出会った頃にはすでに「フリーペーパーを作ってる人」「他にも色々仕事してるっぽいけど、何をやってるのかよく分からない人」「だけどなにやらめっちゃ働いてる」「2児のママ」という印象だったOさん。

何回話を聞いても全貌が掴めなかったので、一度すみずみまで話を聞いてみたいと思っていたのでした(笑)。

ちなみにOさんの子どもは、
10歳と7歳。どちらも男の子です。

早速いろいろ聞いてみたら、いろいろ出てきたので、かなり長くなりました(笑)。ぜひご覧ください。

「キャリア」について


ー最初の出産は何歳の時ですか?

23歳の時です。いわゆるデキ婚だったので、わたし、社会人経験が半年しかないんです(笑)。

ー意外!半年間はなにをされてたんですか?

塾の先生をやってました。自ら残業したいくらい好きな仕事で、天職だと思ってました。

ー残業したいなんて思ったことないです(笑)。すごい。

塾って人気商売だから、講師のアンケートがあるんですけど、アンケートの結果が良くてボーナスを貰えたんです。よっしゃ!と思って、これから頑張るぞって時に妊娠しちゃって。

ーなんと。

出産ギリギリまで働くつもりだったけど、つわりがきつすぎて。結局休むことになり、まだ1年目だったので産休・育休も取れず、そのまま退職することになりました。仕事も夜型だから、どっちにしても続けられなかったと思います。

ーなるほど。じゃあ産後は別の仕事を探したんですか?

実はしばらく専業主婦でした。わたしの母親は「3歳までは自分で見なさい」ってタイプだったので、それにならって主婦業を。

ーめちゃくちゃ意外。じゃあ3年後に職探しを?

ところが3年目で2人目が生まれたんです(笑)。0歳児を育てながら3歳児も見るのが大変だったので、上が3歳過ぎたくらいから保活をはじめたんですけど、専業主婦だから点数が低くて保育園に入れないんです。でも保育園が決まってないと企業に採用してもらえない。

ーその問題、よく聞きます。

ニワトリが先か卵が先かみたいなね。なんとか長男を幼稚園に入れたんですが、8時半とか9時に登園して12時に帰ってくるのが月金、火木はお弁当持たせて2時半帰宅。水曜日だけ給食がある、みたいな感じで。

ーげ。ぜんぜん時間がないじゃないですか。

預けたと思ったらすぐお迎えですよね。次男を抱えながら料理して、ふたりの面倒見て。ハローワークに行って「なんでもいいんで内職とかないですか」って聞くんですけど、なくて。

引き続き次男も保育園申し込むけど、やっぱりずっと待機で。長男も幼稚園に通わせながら、保育園を申し込んでたけど待機。それが1年ぐらい続いて。しびれを切らして「自分で仕事してることにしよう!」と思って、保育園に入るために仕事を作ったんです。

ー仕事を作った!詳しく聞かせてもらっていいですか?

ちいさい会社を立ち上げて、フリーペーパーを作ることにしました。

ー天才!それ自分で考えたんですか?

自分で考えました(笑)。もともと大学は経営学部だったので、 起業のハードルはあんまりなかったんですよ。それで、県内の部活動にフォーカスするフリーペーパー『OKINAWA部活星』を立ち上げました。

ー部活がテーマのフリーペーパーにした理由ってありますか?

わたし、小中高から大学までずっと部活をしてたんです。高校まではバレー部で、大学はアメフト部にいたんですが、アメフト部では新入生勧誘用のパンフレットを作ってて。パンフレットの予算は、地域の大学周辺の商店から協賛でもらってたんです。お店の広告載せて一口5000円とか。部員みんなで集めて何十万ってお金にして、利益が残ったら1年生にごはんを奢ったりしてました。それを横で見てたので、これだったら自分でもできそうだなって思ったんです。

ー収益化の流れがなんとなく見えてたんですね。実際やってみてどうでしたか?

めちゃめちゃ儲かりはしないですけど、別に普通にバイトするよりはいいかなってくらいの収入にはなりました。

ー社会人経験半年で、自分の給料を自分で作ってるの凄いです。しばらくはフリーペーパーだけでやってたんですか?

『OKINAWA部活星』で紙媒体が作れるという実績をつくれたので、そこからポスターやチラシのデザイン依頼もくるようになって。その後『たいようのえくぼ(子育て応援フリーマガジン)』でも経験を積ませてもらうようになり、最近やっと「デザイナー」と名乗れるようになりました(笑)。

ーデザイナーとしてのキャリアも切り開いててすごい!

振り返るとそんな感じになってますけど、その時はなにも考えずに動いてますよ(笑)。

今年、『たいようのえくぼ』姉妹誌として『たいようのFight!』を創刊しました。

ーその後は、どんなキャリアを築いてきたんですか?自治会長とかもやってましたよね?

無事保育園に入れた後は、アルバイトもいくつかやったんです。学童とか自治会長とか。自治会長は楽しかったですよ。おじいとお酒呑んだり、地域で自分が子どもとやりたいことを企てたり(笑)。あとは出版会社で高校を訪問するアルバイトもやってました。

ー幅広い(笑)。今はどんな感じですか?メインの仕事ってあります?

今は会社はたたんで、個人事業主として色々やってます。引き続きフリーペーパーと、デザイナー、ライター業。あと最近は、野菜の値段を調べる仕事とか企業の営業代行とかもやってます。最近、保育士の資格も取りました(笑)。

ーなんでも屋さんだ(笑)。何があっても生きていけますね。

「母親」として


ー育児は今、どうですか?10歳と7歳だと、もうどちらも小学生ですよね。

長男が小5で次男が小2です。長男は手が離れてきたなって感じがするんですけど、次男はまだ3歳児を育ててる気分ですね(笑)。

ー3歳児!甘えん坊とか?

次男はいわゆる”発達が気になる子”なんです。いま支援クラスに行ってて。病名はついていないけど、自閉症に近いのかな。

ーそうだったんですね。いつ頃わかったんですか?

保育園の頃、2歳児クラスに上がる時に、先生から「お話があります」と言われて。次男は先生のお話が聞けないので、もう一度1歳児クラスになりますって言われてしまいました。

ーもう一度1歳児クラス!そんなことってあるんですね。

ね。保育園で留年!と思いました(笑)。それくらい宇宙人だったんですよ。感情のコントロールができないし、行きたくないって暴れたり、爪や足を噛んだり。いい保育園だったので、小学生に上がるまではなんとかスムーズに通ってくれてたんですけど、小学校に行きはじめてからは「学校行きたくない」が増えてしまって。1年生の夏休み明けくらいから、登校拒否がはじまりました。

ーめっちゃ大変じゃないですか。

朝、久しぶりにお兄ちゃんと歩いて学校に向かったと思ったら、先生から「ランドセルは届いてるんだけど本人が来てません」って連絡が来たこともあります。

知能はわたしより全然高いと思うんですよ。1回見たものはすぐに覚えるし、都道府県とかもすらすら言える。だけどマイペースでコミュニケーションが取りづらい。強制されるのが嫌だから、学校はやることが決まってるのが嫌なんだと思います。

ーなるほど。親としてはどうしていいか悩みますね。

そうなんです。本人的にはストレスだろうなって思うけど、でも学校に行ってもらわないと仕事ができないし、社会に出たら人と関わらないと生きていけない。社会を学ぶ場だから分かってちょうだいと伝えて、なんとか学校に突っ込んではいるんですけど。本当に無理そうな日は休ませます。

ー休ませる日と行かせる日の判断基準とかってあるんですか?

本人の気持ちに段階があるんですよ。口では行きたくないって言ってるけど頑張れる日と、本当に無理な日があって。無理な日は無表情になって床に寝転ぶんです。感情がなくなるような感じ。実は昨日も無理そうな日だったので、「学校休んでいいよ」「だけど遊び相手はできないからね」って仕事に連れまわしました。

ーなるほど。仕事とはどうやって両立してますか?

うーん...。両立できてないと思います。スケジュールを遅らせてもらったり、打ち合わせに「すみません子連れです」って行くこともあります。連れて行ったとしても子どもに時間を使えるわけじゃないから、どっちにも申し訳ないんですけどね。

ー悩ましいですよね。ついつい仕事の話に戻っちゃいましたが、振り返って、子育てが一番きつかった時期っていつ頃ですか?

次男が生まれてからの3年間ですかね。夜泣きがひどかったので、ダブル夜泣きとか。

ーダブル夜泣き!それはどう考えてもきつい。

本当にきつかった。その時期の記憶があんまりないんです。可愛い時期でもあるんだけどね。なんなんでしょうね。 育児しかしてなかったから、年齢的にも「自分の人生って...」
とか考えちゃったりして。

ー考えますよね。周りの友だちと比べちゃったり。

そうそう。まわりは新卒で会社に入社して、着々とキャリアを積んでいるのに、わたしはなにもしてないなって。なんかお姑さんに言われて今も覚えてる言葉があって。「子どもを1人産むと片手を失い、2人産むと両手を失う」。

ー怖い!!今はどうですか?育児落ち着いたなって感じします?

今も今で大変だから、種類が違う感覚かも。小さいときは体力的に大変で、精神的にも大変だったけど、精神の疲れる場所が違うっていうか。赤ちゃんのときは「ああ``ーーー!」って感じだったのが、今は「いい``ーー!」って感じ(笑)。言語化できない(笑)。

ー爆笑。いやなんか分かる気がします。手強くなってきた感じですかね。

そうそう。手強くなってきた。小さいときはどうしようもないよねって気持ちがどっかにあったんだけど、今は次男が学校に行けてないのはわたしに責任があるんじゃないかって思ったりして。

ー教育系の仕事に携わってきたOさんも、そんな風に思いますか。

しょっちゅう思いますよ。てぃ先生の動画見たり、本を読んだりして知識を入れてるつもりだけど、全然できてないじゃんって。できるのにやってない、怠けてる、ってつい自分を追い込んじゃってます。誰にも責められてないけど、責められてる気になったり。旦那にもよく被害妄想って言われるんです。そんなこと誰も言ってないよって。

ーなんかね、でもね、責めちゃいますよね。理想の母親像とかってあるんですか?

それが特にないんですよ。しいていえばお姑さんのことは尊敬してます。20代で今住んでる家を建ててたり、家事も仕事もそつなくこなしてて。今71歳なんですけど、60歳の時にケアマネの資格を取ったんです。ずっと向上心があってすごい。

ーそれはすごい!今同居してるんですよね。同居はどうですか?

いいことと嫌なこと、半々ですかね。多少気は遣うし、堂々と酒が飲めないのがきつい(笑)。中学生みたいに隠れながら飲んでるんですよ(笑)。だけど、家事育児は積極的に手伝ってくれるし、お義母さんがごはんを作ってくれるのはありがたいです。

ー同居して家族の在り方って変わったりしました?

色々ありますけど、一番は旦那が息子化したことですね。家事しないって決めてるのかな?って思うくらい、家のことをやらなくなった。

ーげ~。

「妻」として


ー夫さんの話が出たので、ここからは妻としてのOさんにお聞きします。夫さんと喧嘩はしますか?

めっちゃしますよ。旦那とわたし、元々の価値観が全然違うんですよ。たとえばわたしは母親から自然派で育てられたから、布おむつ・完全母乳だったんです。旦那は真逆の紙おむつ・完全ミルク育ち。だから長男の時、わたしは布おむつで育てたくてチャレンジしてたんですけど、旦那の理解がなくてぶつかることが多くて。汚れたおしめをバケツに入れて風呂場に置いてたら「臭い」って言われるとかね。

ー布おむつチャレンジしてたのすごい!

あ、でも次男が生まれたあたりから「元気で育ってくれたらそれでいいや」ってなって、結局紙おむつで育てましたけどね(笑)。どちらも経験した身としては、「布おむつで育てたらおむつ離れが早い」ってあれ、嘘ですよ(笑)。長男はまだおねしょします。

ーいい情報!ありがとうございます(笑)。だけど価値観の違いって大きいですよね。喧嘩の流れで離婚したいって思ったことあります?

ありますありますめっちゃあります!(笑)

ー早い(笑)!いちばん最初に思ったのっていつか覚えてます?

もう妊娠中から(笑)。旦那はまだ20代だったから、飲みにも遊びにも行ってたので。

ーそうか、まだ20代。でもOさんは飲めないから腹立ちますよね。

そうそう。完母だからまる5年くらい飲めなかった。お酒が飲めなくてもせめて模合がやってみたくて、参加したことがあったんです。子どもが半年くらいたったタイミングで「そろそろ行けるかも」って思って、長男を実家に預けてはじめて模合に参加しました。そしたら乾杯して10分後に電話がかかってきて「泣き止まないから帰ってきて」。

ーつらい!

ため息つきましたよね。私はこの子が夜泣かなくなるまでは外に出られないんだって、軽く絶望しました。

ー夜泣きは結構する子でした?

ひどいタイプでした。4歳くらいまで3時間おきとかで。なんか割とノイローゼだったと思います。

ーそれはつらい。お酒はいつ頃復活できたんですか?

ふたりとも母乳で育てたので、トータル5年くらい飲めなかったです。反動で今は毎日飲んでる(笑)。

ーそりゃ毎日飲みます(笑)。つい共感が多すぎてお酒の話に流れちゃいましたが、離婚を踏みとどまった理由ってあります?

子ども達がお父さん大好きだから。わたしが子育てに自信がもてないこともあって、夫がいた方がいいよな、離婚するのは今じゃないよなって。息子たちは男だから、性教育は父親がした方がいいのかなとか。離婚届は今も持ってますけどね(笑)。

ーなるほど。今、夫さんのことを男性としては好きですか?

えーーー。男として....というより、人として好きです。優しいし、物くれるし(笑)。

ー物くれる?(笑)

なんかね、結婚記念日とかはごはん行くくらいなんですけど、 なんでもない日に急に洋服
くれたりします。

ーそれは嬉しいですね。サプライズ感。育児が落ち着いたらふたりでやりたいことってあります?

なんだろう。びっくりするくらい共通の趣味がないんですよ。去年、はじめて一緒に沖縄マラソンに出たんですけど、それが唯一一緒にやったイベントかな。負けた方が1年間皿洗いねって賭けをして、勝ちました。どれだけ溜まってても私洗わないからって宣言しましたよ(笑)。

ーうける。でもなんか、めっちゃ仲良しですね。友だちっぽい夫婦。

同い年だからかも。共通の友だちも多いです。

「娘」として


ーさっきすこし話が出ましたが、Oさんのお母さんはどんな人ですか?

母は、わりと穏やかで、そんなに活発な方ではないけど、時々すごい常識離れしたことをするような人でした。たとえばわたし、小学校の頃に下の名前が変わってるんですよ。当時母が姓名判断にハマってて、父も名前こそ変わってないものの、漢字が変わりました。

ーええ!それはすごい。お父さんは何も言わないんですか?

父はわたしと似て、あんまりこだわりがない人なんです。家もしょっちゅう引っ越しさせられてるけど、何も言わない(笑)。

ー器がでかい...!両親の育児は今の育児に影響を与えていると思いますか?

「健康第一」って考えてるのは母の影響だと思います。どれだけ素晴らしいことをやっていても、健康じゃないとダメだよって思ってる。「健全なる精神は健全なる身体に宿る」みたいな。

ーなるほど。逆に反面教師にしてることってあります?

父が仕事の愚痴をめっちゃ言う人だったので、そこは反面教師にしてるかな。家でダラダラする姿をみて「こんな風にはなりたくないな」って思ってしまったから。まぁ結局わたしもダラダラしちゃう時はあるんですけど(笑)。

ー愚痴は嫌ですよね。これは娘としてというか母親としての質問になりますが、最後に子どもとどんな関係を築いていきたいか教えてください。

あんまりないかもしれないです。よくも悪くも、こだわりがないんですよ。あ、だけど、ちいさい夢があって。息子と一緒にお酒を飲みたいです(笑)。

ーそれ、めっちゃわかります(笑)。ありがとうございました!


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