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【ニューヨーク編】ゆうこりん波乱万丈アメリカ音楽留学日記

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遂にニューヨークJFK空港に降り立ち、偉大なジャズピアニストになることを決意する私。しかし私を待ち受けていたのは試練の連続だった。ニューヨークファック!大嫌い!でも良い思い出だっ…
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#音楽留学

祝・ゆうこりん波乱万丈 アメリカ留学日記 シリーズ 開始

祝・ゆうこりん波乱万丈 アメリカ留学日記 シリーズ 開始

みなさん、はじめまして。( ^ω^ )ニコニコ

狭い日本ジャズ界で、少し名前が売れてきたかなと勝手に妄想をする、自称天才イケメンピアニスト、ゆうこりんです。

今から7年前にアメリカに留学で渡り、当時からフェイスブックで「ゆうこ波乱万丈留学日記」と題し、アメリカでの生活、文化や言語の壁にぶち当たった当時の辛い心境、色恋沙汰等を中心に赤裸々エピソードを書いてきました。ゆうこの鋭い感性と考察力は勿論

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「第一話」 ニューヨークJFKに降り立ったあの日の固い決意は何処へ?

「第一話」 ニューヨークJFKに降り立ったあの日の固い決意は何処へ?

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第一話
「The air smells different in every country」直訳すると、”どの国も空気の匂いが違う”という事だろう。 米国で知り合ったシンガポールの友人が故郷に帰って直ぐ私にメールした時の内容をふと思い出した。とてもしっくりくる表現だった。海外から帰国する時いつも成田空港に降り立つ度に私は安堵する。ああ日本に帰ってきたの

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「第二話」 ニューヨークでルームシェアをする事について 〜 三富さんとの再会〜

「第二話」 ニューヨークでルームシェアをする事について 〜 三富さんとの再会〜

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)「第二話」

三富さんは怒るどころか、いや〜無事で良かったとねという心配した感じだった。多分3時間は待っていたんじゃないだろうか。私が三富さんに知り合ったのは、彼がニューヨークに渡る数年前、都内の某ジャズクラブのセッションだったと思う。彼は素晴らしいテナーサックス奏者で、当時ニューヨーク市立のCity College of NYCに通っていた。貧困大国アメ

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著者の将来の夢【ゆうこの余談】

著者の将来の夢【ゆうこの余談】

昨日、私の兄が栃木から家族(兄、奥さん、甥)で実家に遊びに来た。
(注:著者は東京の実家で後期高齢者の両親と暮らしている)
甥が生まれて一年数カ月が経った。私は4月までアメリカに住んでいたのもあり甥を見る機会は最近までなかった。帰国してからも、兄の家族は栃木に住んでいるのと、コロナの関係で、あまり実家には遊びに来なかった。甥に会うのは昨日で3度目だ。

子供の成長とは早いものだ。最後に会ったのはほ

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「第24話」NYC短期大学の統計の授業で学んだアメリカの素晴らしいところ

「第24話」NYC短期大学の統計の授業で学んだアメリカの素晴らしいところ

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第24話

統計学の授業で新学期早々、教授が2回続けて来なかったのには流石に驚いた。3日めの授業には来たけど・・・3回めの授業でようやくクラスに現れた教授は、数学のデパートメントからは違う教室に行くように伝えられていた、学期の始まりにはよくある事だと言った。いや、よくあっちゃ困るんですけど( •̀ㅁ•́;) というより2回も授業が無くなったんですけど、遅れ

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「第25話」NYCに住んでいた時に病院から40万円の請求が来た時の話

「第25話」NYCに住んでいた時に病院から40万円の請求が来た時の話

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第24話

マイケル・ムーアの映画「シッコ」を観た事がある。私が2013年に渡米する前だったと思う。アメリカでは医療がビジネスとなり、保険料がとても高額で保険に入れない低所得者層は満足な治療を受けられない事を知った。アメリカの保険業界、医療業界は莫大な富を得る。いやはや、アメリカとは何とも恐ろしく愚かな国だと思ったのものだ。留学中私は海外の旅行保険に入って

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「第26話」貧乏留学生が40万円の診療請求を無視できるのか!?

「第26話」貧乏留学生が40万円の診療請求を無視できるのか!?

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第26話
医者とは本来体の弱い人や病気の人を救う尊い仕事だと思っていたが、何という事だろうか。健康診断と称し、注射を1,2本打って40万円である。盲腸の手術が1億円というのも頷ける。しかし、ここでめげるわけにはいかない!私から望んだわけでもなく、女医が無料と偽って勧めてきたからである。私は怒り心頭(# ゚Д゚)でElmhurst Hospitalに乗り込ん

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「第27話」NYC市立短期大学の学期制と恐怖のESL制度

「第27話」NYC市立短期大学の学期制と恐怖のESL制度

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第27話

今から考えてみれば愚かだったと思うが、留学生向けの英語のクラスを受講してからしばらくたった後も、自分のその後の展望というのを見い出せていなかったように思う。当時は無我夢中で英語を勉強していたが、ESLの制度を理解するようになったのは、ESLを受講し始めてから数週間経った頃だと思う。もともと自分がラガーディア短期大学に来たのは、ジュリアードに編入

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「第28話」【R18指定】環境が美的意識を変えるのか。短期大学でフェルナンダとの出会い

「第28話」【R18指定】環境が美的意識を変えるのか。短期大学でフェルナンダとの出会い

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第28話

私は父親の影響もあり、小さい頃から洋画を観ていた。
3歳の頃にはストリート・オブ・ファイヤーという(ウィリアム・デフォーが悪役)暴走族にさらわれた女性を救い出すという、なんのひねりもない日本のヤクザ映画のような映画を父親と母親が出かけている間に隠れて観たのを覚えている。その時に3歳ながらヒロインのダイアン・レインを見て綺麗だなと思ったものである

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「第29話」NYCのコミカレでESLのReadingの授業を取った時の話。

「第29話」NYCのコミカレでESLのReadingの授業を取った時の話。

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第29話
今日は短期大学でCSE95(英語・リーディングの一番下のクラス)を受講した時の話をしたい。

不思議なことに底辺のESL97で一緒だったクラスメイト全員がCSE95のクラスをとっていた。どうやらこの2つのクラスは底辺学生の為にセットになっていたようだった。しかしプロフェッサーは違った。CSE95を教えていたのは、50代前半、赤毛のショートカットの

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「第30話」自称・世界を股にかけるジャズピアニストの一日

「第30話」自称・世界を股にかけるジャズピアニストの一日

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第30話

実は著者がゆうこりん波乱万丈留学日記を書くようになったのは2013年にニューヨークに留学した時からである。フェイスブックで時折近況を報告していたのだが、これはとても反響があった。しかし、留学生活は過酷なもので精神的にも病んでいたので(特にニューヨーク短期大学時代)数カ月に一回書く程度だった。今日は短期大学に通っていた時の著者のルーティーンを紹介

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「第31話」始業式前にピアノの練習場所の確保に苦労した話

「第31話」始業式前にピアノの練習場所の確保に苦労した話

渡米する前から私が常に不安に思っていた事はピアノの練習場所の確保である。ツアーなどで2,3日ピアノが触れない経験もここ数年に何度かあり、ピアノが練習できない時の対処の仕方も上手になってきたと思う。イメージトレーニングでコンディションを保つことも出来るようになったし、休息する大切さも学んだ。今では丸一日ピアノの練習をお休みする事も良くあるし、ピアノを弾かない事で不安を覚えることは少なくなってきたが、

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お詫びとコロナ渦中での活動方針

お詫びとコロナ渦中での活動方針

なんという事だろう。私とした事が・・(・_・;)
単刀直入に申しますと、ブログが間に合いませんでした。
ごめんなさい。去勢します!(; ・`д・´)

言い訳をすると、今日は久々のライブがあった。
市川美鈴さんという素晴らしいボーカリストに呼ばれ、草加のSugar Hillというお店でデュオのライブだった。スタートは早かったので、帰りも早かったのだが、途中ウンコがしたくなり、錦糸町でおりて、ショッ

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「第32話」 NYC短大のピアノ練習室との出会い。それは終わりの始まりであった。

「第32話」 NYC短大のピアノ練習室との出会い。それは終わりの始まりであった。

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第32話

短期大学の入学式を終えた後、私は直ぐに音楽科のリサ・ディスペイン教授にEメールを送った。用件はピアノの練習場所についてだった。私はこれでピアノの練習の為に往復3ー4時間かけて他の大学に通い詰める必要は無くなったと期待していた。しかし人生そんなに甘くない。
(舐めたらあかんー♪ 舐めたらあかんー♪)

アメリカに渡る前から、私の通う短期大学には音

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