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強い目的意識と計画を持たないとプロレベルの弟子を育てられないです

サスティナブル云々と良く言われますが職人技術の継承もそれです。

そんな話題を、個人的な体験からの感想ですが、思いつくまま書きます。特にまとめたりもしません。今回の記事はとても長いです。サクッと読み流していただければ・・・

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(ここで言う職人というのは手作り系伝統工芸全般の事で作家的活動をしている人も含みます)

キチンとした職人仕事で作られるものは「製品」だけでなく、別注制作もあります。どちらにしても高品質のものであれば壊れたり調子が悪くなったりしたものは、直しながら使う事が前提のものが多いですし、代々使えるようなものなら、それを制作した職人も代々続いてくれなければなりません。

サスティナブルというと、自然環境とかそういうところだけが注目され勝ちですが、実際には「そのための人材育成」が無ければ続くものも続きません。

そもそも、自然の保全だの、サスティナブルだの、そういう事は、身も蓋もない言い方ですが「人間にとって有益な状況を維持しよう拡大しよう」という事なのですから、そのための人材育成が必要なのは当然です。

人間は人工物の中に生きているのですから。

なので、社会の人々が何かしら好ましいと感じる状態は、どこかの誰かの努力によって維持されているのです。

仮に現状が良い状態だとしても「放置」「無対策」だと、また元の自然に戻ってしまうわけです。文化的な事ならそれが無かった時に戻るわけです。

人間が当たり前に社会にあると思っている「人間に有益な自然環境や文明や文化は人工物」ですから。

逆に、もうその環境・文化・技術・風習は必要ないね、となれば、後継者を育てる事を止めれば簡単に失伝します。技術の記録を詳細に残しても「加減」が分からないと、同じものはもう出来なくなるのです。手渡しでないと伝承出来ないものが、沢山ありますから。

だから、日本の伝統系の多くが「伝統文化の伝承ガー!」と言いながら、逆の事をやっているわけです。「具体的に、適切に、後進を育ているための事をしない、未来のための投資をしない」のですからね。批判を防ぐためのアリバイ作り程度の事はしていますけども。

伝統というと過去にばかり目が行きますが、実際には未来に対してより大きな投資をしないと、伝統文化は発展どころか維持すら出来ないのです。

「日本の伝統的手仕事をサスティナブルなものにしよう」なんて事を本当に誠実にやろうとすると、現代ではたいてい損をしますから、大量生産大量消費の流れに、あるいは、品質の伴わないブランド商売、あるいは文化系教室商売に押されて、淘汰されてしまいます。

「みんなで何か良い事した気になれるけども事態はもっと悪くなるビジネス版なんちゃってサスティナブル系」は儲かるようですが、伝統系手仕事職人のプロの後継者を育てて文化的にサスティナブルな事をやろうとすると、まるで儲からない。

SNSなどで、時折「伝統系手仕事界隈は、師匠が弟子を安い賃金、あるいはタダ働きさせて搾取し、師匠とその親族だけ良い生活をして、弟子には通り一遍の仕事しか教えず、時期が来ると独立と称して適当に放り出し、後は勝手にやれ、しかし師匠の取引先に営業するのはまかりならん、なんてやっていたから伝統的な職人仕事が滅びてしまうんだ」という批判を目にしますが、確かに、そういう「現代基準で観れば悪い師匠」が沢山おりました。

しかし、それは多分、無自覚にそうしていたと思われます。自分が師匠からそうされていたから、自分も弟子にそうしただけです。「その当時はそれが当たり前」だったのです。それを現代の労働法や人権の基準で過去を批判してもあまり意味がありません。気づいた人が改善すれば良いのです。しかしそういう人は少ないようです。・・・恐らく、そういう批判を言う人も、同じ環境にいたら同じ事をするでしょう。

そもそも現代であっても、分野を問わず手仕事系職人仕事の世界で(作家も)文化の伝承なんて考えている人は本当に少ないですよ。

しかし、景気の良かった時代は、それでも弟子がどうにかやっていけるケースも少なくなかったので、そのシステムがしばらく続いたのでしょうね。本当にやる気のある人は、劣悪な環境のなかでも猛勉強+特訓によって師匠以上になってしまう人もおりますし。その当時は本人が本当の本気でやる気なら、学ぶ場は無くはなかったのです。

悪しき慣習は問題ですが、しかし「だから伝統系手仕事職人の世界は滅びた」というわけでもなく、実際には社会がそれを必要としなくなったから、そして興味を示さなくなったから・・・という事が主な原因です。

それと、現代では職人と呼ばれる人たちは、いわゆる手仕事以外の他の分野に移ったのだと思います。「現代技術の職人仕事」がありますので。そういった人たちも大変なようですが・・・

で、職人世界の悪い慣習も問題でしたが「本当の意味で弟子を育てようとすると、師匠は赤字にしかならない」のも事実です。これは昔も今も変わりません職人が手にするお金は、工房をそれなりに大きく展開しても大した金額にならないのでキチンとした人間を育てようと思えば、景気が良かろうが教える方は沢山のものを持っていかれます。そもそも、弟子を会社員のような待遇にしたくても出来ないのです。

何も出来ない、かつ常識の無い若い人間を、社会常識も含めた、高度な職人技術を持った人間に育て上げるのは並大抵の事ではありません。弟子はあらゆる失敗を何度もやらかします。それでも現場を踏ませ、弟子に「経験」を積ませなければなりません。上に書いたように職人仕事は大きな金額を得られる仕事ではないので、弟子の失敗は師匠の体力知力、経済を容赦なく大きく削ります。例えば文様染の仕事では、10万円の加工賃の仕事で、50万円の預かりの生地を弟子が電熱器で焦がしてしまって弁償、なんて起こるわけですから。師匠はそういう危険を冒しても弟子に現場を体験させないと弟子はプロになれないのです。

そして弟子の全てがプロレベルに育つわけではありません。プロスポーツほどシビアに資質と才能を問われるわけではありませんが(一流職人ならプロスポーツレベルのシビアさになります)プロレベルで通用する人間になるのはそのなかのほんの一部で、独立してからもやっていけるのはさらにその一部、独立5年後も親が太いなどの理由無く自力で専業でやっていけるのは、さらにその中の5%いるかどうかです。

昔はまだ、仕事がありましたから、それでもどうにか弟子を入れて、キチンと育成する人もおりましたが、30年ぐらい前からは(2021年時)そういう「キチンとした育成」は本当に経営的に厳しいのでやる人がいなくなりました。

それと、一般的な師匠たちは「教えるスキル」の無い人が多いのも問題です。「ただ弟子を仕事場に放置して、先輩たちに揉まれながら見て覚えろと言う事」しか出来ない人が多い。師匠自身がそう育ったのでそれしか出来ないし、工房独自の育成システムを作ろうなんて概念そのものが無いのですから。(もちろん全てがそうではありません)なので師匠だけでなく工房の先輩たちも、教えるスキルが無いのです。後輩をイジメるスキルは沢山あるのですが。

上に書いた「SNSなどにある批判」の部分に書いた事をもう少し詳しく書きますと、

仕事を弟子に失敗されると経営的・信用的に厳しいので、難しい仕事はいつまで経っても弟子にやらせなかったり、難しい仕事を覚えられてしまうと早く独立され、商売敵になってしまうのを恐れて教えない師匠も多く、長年修行を重ねた弟子でも技術が上がらず、中途半端な状態で工房から放り出され独立させられてしまう事も多いです。

これは世襲であってもそういう所が多いですね。その場合は上記のものと少し様子が違いますが・・・息子が後を継ぐ事になっているのに、いつまで経っても難しい仕事は師匠である父ちゃんがやってしまい、息子自身も特に仕事の成長欲も無く父ちゃんから仕事を奪ってまでやらない人が多い・・・(世襲では結構これが多い。息子は継いでやってるんだ、という態度になり、師匠である父母はその跡継ぎ息子に変に気を使って説教出来ない状況)で、代替わりして、しばらくすると息子は難しい仕事が出来ないので仕事が減り廃業、という流れですね。

こういうパターンもあります。職人というのは師匠になっても「職人であると同時に経営者であり、教育者でもある」という意識が無い人も多く、かつ面倒くさい性格の人が多いので、師匠である父ちゃんは息子が後を継ぐ事が決まっているのに、いつまで経っても「オレの方がスゴいんだ」「オマエにはまだ出来ないからオレがやる」なんて自分が未だ現役だと知らしめたいタイプの人が多いのです。それと、息子に任せて失敗されたら工房の経営的に辛いから、という「セコい考え」でいつまでも任せないというのもあります。アイツもそのうち覚えるだろ、オレの子だからな・・・なんて父ちゃんが思っている間に息子は40歳を超え、ロクに仕事が出来ない中年になり、父ちゃんは心身共に老化による劣化で以前のように仕事が出来なくなった・・・なんて事も良く起こります。

弟子の独立に際しては、自分の息子や娘、あるいは親族以外の弟子が独立すると、師匠と同じ取引先に営業をかけてはならず、その他仕入れ先、人脈、全て使わせてくれない師匠も多いです。独立すると、弟子が商売敵になるからです。本当に、肝っ玉が小さいですねえ・・・

それと、これは師匠の個人的資質にもよりますが、独立して個人で職人をやっている人は、自分の好きな日に、好きな時間帯で気ままに仕事をする事を好む人も多く、そういう人たちは弟子を入れたがりません。弟子を入れると自分も朝決まった時間にちゃんと仕事場に来て規則正しく仕事をしなければならない、それはどうしてもイヤだ、オレは今まで通り気ままに仕事をしたい、そのために10年以上も厳しい修行に耐えて来たんだ・・・と。

そんな感じに、日本の伝統系手仕事職人の育成はなかなか難しいもので・・・

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職人を丁寧に取材した1967年の名著「職人衆昔ばなし」が書かれた54年前ですら(2021年時)もう、手仕事職人は業種によってはどうしようもなく食えなくなっていましたから(とはいえ、現在と比べればまだまだ良い時代でした)逆に、21世紀になっても良くここまでいろいろな日本独自の手仕事系職人技術が生き残って来たもんだ、と感心したりもします。なんだかんだ、日本人は職人技術や職人仕事が大好きなんですよね。

でも・・・「大事にはしないけども好き」なんですよね。一部の人は除き、現実的にそうです。これ、皮肉ではなく本当です。これは、作り手側も、業界も、エンドユーザーにおいてもそうです。

日本には、高度な工芸文化が当たり前にあり過ぎて、あるのが当たり前で、維持するために何かしなければならないという感覚が無いのかも知れません。水や安全のようなものになっているのかも知れません。しかし、最初に書いたように、育てようとする意思が無ければ、それは次第に消えていくのは当然です。

ともかく、日本はファインアート系は弱いですが「工芸大国」と言えます。

少なくなったとはいえ、多種多様の分野で、これだけの数の工芸作家や職人が専業で食えている国は無い、というレベルで専業の人が数多くおります。また、それぞれの仕事のレベルが大変高いです。

しかし、分野にもよりますが、以前からすればその職人の数は激減で流石にもう、そのまま放置していてはその文化や技術は保たない時代に突入しております。

まず、最初に淘汰されてしまうのが「プロ用の道具を作るプロの職人」です。

まず、プロの職人が減り、プロ用の道具の製造数が減ると「プロ用の道具をつくるプロの職人」に、その道具を使う現場からのフィードバックで道具を改良するという余裕が無くなるので、道具の精度が悪くなります。

その後もプロの職人が減って行き、それに連れてプロ用の道具を使う人も減り、そのうちそのプロ用の道具を作る人が一人しかいなくなってしまった、という事が起こります。実際良く起こります。それで困った事に、その残った最後の一人の仕事のウデが良いとは限らないのです・・・そしてその人も廃業し「プロの職人が欲しい精度の道具」が無くなります。

そうなると、それを使っていた職人たちはどうにか古いものを探して来たり、引退したり廃業した同業者から譲ってもらったり、他の道具で代用したり、作れるものは自分で作って間に合わせたり・・・としますが、やはりそれには限度があります。

また「プロ用の精度の高い道具」が減ってしまい、雑な道具しかなくなり、それがしばらく続くと、取り扱い店の店員さんが「良い道具」がどういうものなのか分からなくなってしまうので、益々職人の道具界隈の事情が悪くなります。プロの道具の使い手である職人がいろいろ要望を出しても、店員さんが何を言われているか分からないのです。もちろん、若い職人たちも、良い道具がどういうものか分からなくなります。

その他、いろいろ複合的な原因で、まずは、そのようなところから消えていきます。

それから、プロの職人が消えて行きます。

プロの職人といっても仕事が減ればウデは落ちます。プロスポーツほど激しく急激な劣化は起こりませんが、肉体や感覚を激しく使い、細かい計算を瞬時に行い判断し行動する事の連続・・・という点では同じなので、普段の訓練を怠るとやはり勘は鈍り、技術が低下し、体力も気力も衰え仕事への粘りが無くなるのです。

もちろん、仕事の依頼がなくても自主訓練は出来ますが、なかなかそこまでやる人はおりません。まあ、しないのはプロとは言えないのですが、そんなものです。仕事が無ければどこかに遊びに行っているのが多くの職人ですので。また、そういう「遊び」というのが粋だし、そうでないと色気のある仕事が出来ないとしている人も多かったですね。しかし事実として、遊んでも仕事が良くなる事は無いのですけども。

そうなると、そのレベルの落ちた仕事しか出来ない職人のレベルがスタンダードになりますから、その仕事を扱う問屋や小売店の人たちにとっても、その落ちたレベルの仕事がスタンダードになり・・・と転がり落ち続ける石のように全体が劣化して行きます。

それぞれの分野の鑑識眼と仕事の質が落ちますから、アッという間に全体のレベルが落ちます。

また、その業界の仕事が減ると、その分、職人は一点あたりの加工賃を上げなければ生活出来ないため「加工が悪くなったのに、加工賃が上がる」事になり、最終価格が上がり益々エンドユーザーは離れていく、という悪循環に陥ります。

あるいは、ある職人仕事が関わった製品の需要が減る→販売店は販売数が落ちた分、利益率を上げたい→職人仕事の加工賃が下げられる→仕事が減った上に加工賃を下げられ仕事が荒れる→製品レベルが下がり、エンドユーザーが離れていく

というパターンもあります。

そういう状態が数年続くと職人自身もそれを取り扱うお店の人たちも、一般社会の人たちも「良い仕事を知らない」状態になり、人を惹き付ける魅力を失ったその分野の文化や技術は弱体化します。

そんなに簡単に分からなくなるのか?と思われるかも知れませんが、そもそも、業界のなかに「その仕事を愛し、良い仕事が分かり、いろいろ適切な判断を出来る人」というのは、景気が良く仕事が沢山あった良い時代でもほんの一握りしかいないものです。特に文化的な面で重要な仕事は「属人化」が強いため「その文化を愛し、仕事が分かっている人」がいなくなれば、それは失われてしまうのです。

会社の規模に関わらず一つの会社に「本当に分かっている人は1〜3人ぐらい」ではないでしょうか。その他の人たちは、ただその会社にいて、決まった曜日、決まった時間働いて、給料をもらって生活をしている、そういう普通の人たちです。これはどの業界でもそうだと思います。

しかし、自分のお金を払って購入する立場のお客さまは、モノのレベルの低下を具体的な把握はしていなくても「何かおかしい」と本能的に察知するもので、そのように魅力が薄れた界隈から離れて行きます。そもそも、他にも楽しい事は沢山あるのですから、もっと魅力のある他の事に乗り換えたりもします。

・・・ザックリ言うと、そんな具合に職人仕事は劣化し、数も減り、社会から見放されて行くわけです。もちろん、これは「ある一面からの視点によるもの」ですが。他にも沢山要因があります。

本来的なところで言えば、腕の良い職人が良い材料を使って、お客さまのご要望に答えてモノをつくり、それが代々受け継がれる事によって、その職人技術は維持され、発展もし、お客さまの鑑識眼も鍛えられるわけです。そのような双方向からのやりとりによって作り手、使い手の見識が育ち、洗練され、それが工芸大国・日本で生活する人々の文化的教養の一部だったわけですが、そのような文化環境を現代、維持する事が簡単ではないのです。

現代は、廉価で便利で丈夫な工業製品・道具に溢れています。それは職人の世界だけでなく、一般社会においてもそうです。人々は「現代的道具の恩恵を充分に受けている」わけです。

廉価で便利で丈夫な工業製品・道具の出現は悪い事でなく人間の進化そのものです。それによって平均的な人間の生活が向上しました。しかもそのような工業製品は、環境負荷も少ないものになりつつあります。

そのような時代ですから、伝統的手作り系工芸品を制作している職人たちは、自ら「なぜ、現代に手作りの伝統工芸品をつくるのか?」の定義をしないと足元が定まらず流されて行ってしまいます。

そうなると

社会全体が強い意思をもって、日本の伝統的な職人技術を維持して行くと決意し、実行動を起こす
その業界に関わる人達が、自分たちのプリンシプル(原理原則)を見直し、維持するところは維持し、刷新するべきところは刷新する

最低限、それぐらいの意思表明と実行が必要となりますが、それがなかなかむづかしいのです。

一番簡単なのは

【化学的なものは、全て悪だ!天然無添加で手作りのものだけが正しいのだ!】と先鋭化してしまう事

ですね。こういう人たちは沢山おります。

しかし、私個人はそれを採用しません。

いろいろ観察すると、やはり、現状、日本人全体が日本の伝統や伝統工芸や手仕事系職人技術は大好きながら、それの全体像を把握し発展した未来を作ろうという意識が極めて弱いのです。「なぜ、伝統的手作り系工芸品を残したいと思うのか?」という問に答えが無いまま「残せ、残すべきだと連呼している状態」です。しかし、これは伝統系云々ではなく、現代日本人の傾向なのかも知れません。

工芸系を取材するメディアすら「このような状況を改善するために、我々は考えなければなりません」と言うだけで、そのためのしぶとく地道な実行をしているわけではありません。(一部、具体的行動を起こしているところもあります)

それと、有力な美術団体や、何かしらの伝統系お稽古モノに取り込まれた伝統工芸分野は、強固な既得権益構造や権威構造で成り立っており、簡単には現状に問題があっても変更出来ません。おそらく、そういう方面からの本当の動きは期待出来ないでしょう。政治的・経済的な意味での権威や権利の調整が必要になりますので・・・

かように工芸大国の日本といえど、多くの職人技術を維持するための抜本的かつ具体的な行動を起こす人は多くはありません。(繰り返しますがもちろん、一部におります)

国や自治体の活動や、余裕のある企業の文化助成事業は微妙に的外れで現実的な効果が出ていると感じられません。未来を担う若い人たちのためにではなく、既に現役ではない数多い「元職人の後期高齢者の方々」の方へ力を注いでいるようです。企業からのものだとメディア映えのする人がサポートを受けやすいという感じもありますね。国や自治体のものだと、政治家の人たちの票のため、企業のものだと企業の宣伝のため、となるので仕方がないのかも知れません。

それに「素晴らしい日本の伝統技術継承のために!」とか「職人を救え!」などと言っている人の多くが自分の商売のためにそういう美言を吐いているだけで、伝統系職人は実際には無関係で、ただ利用されているだけの事が実に多いですし・・・

また、職人仕事は、学術的な研究ではないので「食えなければ終わり」「食えないなら社会的価値は無し」になってしまうので、消えるのが早いですし、その技術が一度失伝すると、その技術を辿る事が出来なくなってしまいます。

消えるのが早いのに、職人の修行を始めてから一人前になるのに10年もかかってしまうのですから、困ったものです。しかも独立しても赤貧から抜け出せません。生業として新規参入でやってみようとする人が減るのは当然です。

修行中には無給や、貰えてもお小遣い程度の給金、下手をすれば授業料を取られ、ある程度仕事が出来るようになったら多少の給金をもらえる事もありますが、そんな状態で5〜12年修行させられ独立させられるのですから自分の独立資金を用意出来ないのです。もちろん、銀行はそんな危ない人間に事業資金を貸しません。住む部屋や仕事場を借りるのすら、大変な思いをします。

ただし、元々親が太く、親が子供のそのような創作活動に理解がある場合は(世襲も含む)親の全面的な援助によって制作を続ける事が出来る事が多いです。(あるいは配偶者が太く、かつ理解がある場合)実際、そのような人が「工芸作家」として、ステキなアトリエ、部屋、調度品、旅行、グルメ、有名人との人脈・・・とメディア受けする生活をしているので、そういう人たちがいつも取り上げられています。

しかし「新規参入の一般からの人材の流入」が無ければ、その分野は終わってしまいます。

だからこそ、業界の景気が良い時にこそ、後継者育成のシステムを作っておくべきだったのですが、日本人の気質なのか、調子が良い時には悪い事を考えてはいけないのだ、悪い事を考えるから悪い事が起こるのだ、みたいな感じで「強い意思を持って何もしない、あるいは考えない」・・・のか、そういう傾向は感じます。

実際「その時が来てから考えれば良いや」と、問題を「怠惰に先送り」して来たのです。(国際問題などでの政治的先送りは戦略的な先送りですけどね)

私は、10年ぐらい前に、いろいろな呉服販売の実力者たちに「制作現場はもう、あと一歩で崩壊レベルに来ています。今、制作分野に業界全体が行う支援体制を作らないと、社長の世代は良いとしても、社長の跡継ぎの息子さんの世代には、作る人が誰もいなくなってしまいます。自称作家・・・ハイアマチュアの人は残るでしょうが、プロの職人は滅びます。もう終わりはそこまで来ているんです」と問うてみましたが、誰も興味を示しませんでした。業界に在庫が腐るほどあり、それが呉服業界でグルグル回っているので、危機感が無いのです。それと「販売する俺達はそんな事に関係ないだろ、そんなの作る側のお前らが自分でなんとかする問題だろ」という意識を強く感じました。普段、職人さんを大切に・・・と語っている人たちでも、本音はそんな感じなのです。

そして、作り手も一応は、それなりの数、その当時はいたのです。ただし、その当時で65〜85歳ぐらいが最も多く、その割合が95%でしたが。もちろん、若手はその後も増えておりません・・・それを説明しても、作り手も、販売する人たちも、当事者としての興味を示さず、ただ「なんとかしないといけないね」と口で言うだけでした。

消える前に人を育てる必要があるといっても、現在の和装染色の業界でいえば仕事が無さすぎて弟子にお小遣い程度のお金すら渡せない状況ですし、その育成のための国や自治体の補助金なども殆どありませんからこれが本当に厳しい。(自治体によっては、後継者育成の助成金が割と豊富にあるようですし、人間国宝などには、後継者育成の予算が出ます。東京はそういう面は非常に脆弱です)

売れっ子の有名作家は存在しますが、だいたいはプロを育てる努力をせずに、自分の名前がブランドになるので、教室商売に走りますし、どうしても親族だけで固める方向になってしまい、文化として広がらない傾向があります。

また、沢山の人間国宝を有する有名工芸美術団体ですら、後継者が激減し、会員が減り、その団体の維持に危機感を持たざるを得ない状態になったため、クラウドファウンディングをやるような時代です。その人間国宝は後継者育成のための補助金が出ているのに、後継者育成が上手く行っているとは言えないような状態ですし、昨今では人間国宝の子息が後を継ぐとは限らないですし・・・

現状の斜陽の工芸分野は「今まで通り何も変わりたくない、今のそのままで(だって伝統工芸だから)世の中が都合良く変わって景気が良くなって欲しい」と思っている人が多いです。そのような士気のない集団では、クーデターも起こせないわけで、そうなると、その集団は終焉を迎える事になります。

文化も人の集団に存在するものなので、その文化に関わる人達の士気が無ければ、数人が情熱を持って変革を煽ったところで、大多数の人々から面倒な事すんなよ、と疎まれて粛清されて終わります。

「やってますよというアリバイづくり」のための表層的なアクション以上の事を、業界の人々は本心としては望んでいない。抜本的な対策をしようとすると粛清されてしまうわけですね。

深層では、現状のまま変わりたくない、変わらなければそのうちまた良い時代が来ると思っている感の人も多いです。実際、未だにそう主張する人がおります。ある意味、スゴいです。感心します。

上にも書きましたが、職人仕事の製品の需要が激減したので職人や作家が自分の技術を商品化し、教室経営をしてそれを現金化する、という時代になりました。

しかし、教室の生徒はお客さまです。プロを目指す内弟子とは、まるで違います。

そのような「教室経営する職人たち」のなかには、教室の生徒なら少し教えて簡単に「オレの弟子」と言える事に、いろいろな意味で味をしめてしまい「オレの弟子は全国に沢山いるんだ」なんて自慢する人もおります。

そういう人たちはプロデビュー出来るぐらいの弟子を育てる大変さを知っているので内弟子は取りません。教室の生徒で優秀な人を教室の講師として引き入れる事などはしますが・・・

職人は、年齢を重ねると、自分の名誉や承認欲求のために弟子が欲しいと思うところがあります。いや、それは職人に限らず、人間はそうなのでしょう・・・普段、職人は表舞台に出してもらえない。しかし職人だって人間です。ある程度年齢を重ねれば尊敬されたいし、先生と呼んでもらいたい・・・そこで教室をやればそれが叶い授業料だってもらえるのですから、加工賃商売の職人仕事なんてやっていられません・・・(教室をする事自体の批判ではありません)

後継者育成助成金をもらえる所では、助成金目当てで中途半端に弟子を入れて少し教えて工房から出すのを繰り返す「職人や作家を粗製濫造している先生」もおります。そういう先生は弟子を無責任に社会に放り出して何もサポートしないのです。放り出された弟子は、業界周辺を、親族や配偶者に生活の依存をしながらフラフラと彷徨い歩くのです。プロではないけども、アマチュアでもないようなハイアマチュアの中年や初老・中老が大量生産されます・・・これは文化公害になりますし、弟子が不幸です・・・

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私がこのnoteでいつも書いている通り「社会からの必要とされなくなればその文化は消えるのが自然」なので、伝統文化、伝統技術、などが文化的な寿命が来て消えるのは自然なわけですが、しかし文化を生命体と考えるなら、ただ座して死を待つというのも不自然です。

明らかな意図を持って新たな分野に踏み出すか、自ら死を選ぶという事で無いなら「死に抵抗するのが自然」ですからね。

しかし、現状はかなり危ないです。

社会の人々や、業界人自身が「日本の手仕事系伝統技術を残せ!」と言いながら実際のアクションが殆ど無いのは、私の考えでは、元々現代の日本人が自ら行動を起こすのを嫌う傾向があるのと同時に

1)現状の社会の人々の日本の手仕事系伝統技術への愛情の深層にあるのは「郷愁」や「追憶」であって、新しい文化の創出を目指していない
2)既に便利な工業製品・道具がある現代では、管理が面倒な手仕事系伝統技術で作られた工芸品を実用する事は実際には殆どなく、一部の好事家のためのものになっている

からだと思います。既に、手仕事系職人仕事による工芸品は一般用のものではないのです。

その対策は分野によって違いますし、同じ分野でもタイプや価格が違う場合は変わります。

とりあえず、私はただ死ぬのを待つつもりはありません。

なので、私は後継者育成をいつも考え、実際にそのための活動をしているわけです。しかし、それは当然、簡単ではありません。特に私には、学歴も修行歴も所属も知名度も資金も何も無いからです。

私が「〇〇先生のところで修行しました!」というのがステイタスになるような有名な先生なら良いのですが、私にはそれがありませんので、その面は弱いですね。

私はそういう立場なので、ウチで技術、考え方、自営業についてのほぼ全てを教え、その結果社会的に認められた作家が、外部にウチの名前を一切出さない、というケースも多いです(内弟子ではありませんが、外部の人を無償で何人も指導しました。現在それは止めています)有名な人から習ったなら「私は〇〇先生にご指導いただきました!」と言えば、それがステイタスになりますが、どこの馬の骨とも分からない人間から習ったとなると、それを知られたく無いのは仕方がないです。

それでも私は、弟子を育てますが・・・育てて害になるならやりませんが、事実としてちゃんと結果が出ているので・・・社会に迷惑をかけたくありませんから、やらない方が良いならやりませんよ、そりゃ。

それはともかく、私は、独立してから3年後ぐらいから(32〜33歳ぐらいから)弟子を入れる事を考え始めました。

一番最初は、文化や伝承云々の事を考えていたわけではなく、単純に忙しくなって自分の仕事をサポートする人が欲しくなったからです(妻は私の染の仕事には関わらず、染のデザイン以外のデザイン関係や経理を担当しております。既に成人した子供たちは親の私の仕事に一切興味を持たなかったので、継いでいません)

一番最初の弟子は、私が33歳の時に、雑誌で私の文章を読んで感動したという男子が飛び込みで入ってきました。

彼は10ヶ月ぐらいおりましたが、その後、陶芸の方面に行きました・・・

それから弟子になれないかと問い合わせが来たり、実際に工房に入ったりと、いろいろな人がおりましたが話を聞いただけでの人は25年ぐらいの間に100人ぐらいになりますかね。私は著名人ではないので多くも少なくもない人数です。実際に工房に入って来たのは20人ぐらいか・・・

しかし、なかなか続くものではありません。最長で3年ぐらいでした。

そんなこんなで、やっと、ウチでもプロとして通用する人間が育った、それが2017年に工房内独立をした甲斐凡子です。

一人育てるまでに、弟子を入れ始めて25年ぐらいの間でおよそ100人とやりとりし、20人ぐらい工房に通ってきて、やっと一人、です。

甲斐の前に、3年修行をし、名古屋帯の図案、文様、染まで出来るようになった女性がおりましたが、彼女は当工房から独立してから染を続けなかったので、プロの数に入れておりません・・・

それぐらい、プロを育てるのは難しいです。

ちなみに、弟子で通ってきていて続かなかった、というのは実際には「こちらから辞めてもらった」事が殆どです。

それはあくまで「ウチのスタイルに向かない人に辞めてもらった」という事であって、その人に染色の才能がない、という事でありません。

しかし「他で染色の修行をする事が可能だし、可能な限り協力もする。何でも聴いてくれ」と言って送り出しても、結局辞めてもらった人たちで一人も他の染の工房で修行をした人はいないし、自分で研究して染色家になった人はいなかったので、そんなものなのです。彼らに無駄に時間を過ごさせないで済んだわけです。

弟子を入れている間に、受け入れる私の方でもある程度弟子の教育システムが決まって来ました。

それ以前は、私は自分がコックの時の厳しい修行のノリで指導しており、それは全く効果的ではない、という事に自分自身が納得するまでしばらくかかってしまいましたね・・・妻に「自分を基準に他人を責めてはいけない」と散々説教されていたのですが(笑)当時の私は厳しくするのが弟子のためになり、厳しくしないのは弟子に対して手抜きで失礼だ、と思っていたのです。人は自分が育った環境をベースにいろいろ考え実行しますから、簡単に成長出来ないものですね・・・自分の未熟を反省しております・・・

伝統や伝承を当事者として考えるようになったのは実際に工房に通わせた二人目ぐらいからです。

その辺りから

ああ、こんなに文様染の修行をしたい若い人がいるんだ、と知ったから、というのもあります。

それと、

自分が加齢で肉体が衰えて来た時に、サポートする人が必要になるだろう、同時に、もっと創作的に先に進むために、サポートしてくれる人が必要になるだろう、そういう面でも常時弟子を育てる努力をしておかなければならない。

という理由も出てきました。

特に40歳ぐらいからは体力が落ち始め「ああ、5年後には、こんな調子で仕事をする事は出来なくなるな」という予感がありました。

しかし、それは一人で出来る仕事を二人でやって楽をするという意味ではなく、弟子を育て任せられる所は任せて、自分は創作的にもっと先を目指すための事をする、という意味でもあります。常に創作的進化をしていないと、市場に飽きられてしまいますから。

仮に、弟子が当工房から独立して自分の工房を構えても、師匠の仕事を分かっている弟子がいれば、手伝ってもらう事は可能ですので。

自分の肉体的劣化を見越しておく事はとても重要ですし、自分自身が心身共に元気がある時期でないと、内弟子を入れて育てるのは厳しすぎるのです。

50代の中老になってから「使える弟子」を持とうとしても、間に合わないのです。体力気力が衰えてから人を育てようとしても難しいです。ウチではプロで通用する弟子を作り上げるまでに25年以上かかりましたから!

ではウチでは、弟子の育成はどうしたか・・・

私は、独立時・・・私は何も無い状態で29歳の時に独立しましたから、最初から仕事がありません。人脈も無かったですから、自分で仕事を探すしかありません。信用の無い人間に仕事なんて誰もくれませんから、自分で作品を作ってそれを飛び込み営業で売る、あるいはそれを見本に注文を取るしか出来ません。

信用が無い、というのは

「どんなに作品で相手を感心させても、私という人間を信用してもらえない、という事」です。

これは本当に絶望的な状況で、これを払拭するには、ひたすら自分の意見を相手に分かるように表現し続け、かつ相手に利益があるようにし続けるしかありません。それで多少の信用を得ても、その信用は何かの事故で一瞬で失うほど脆弱なものです。創作的に自由に意見を言い、創作するというのはこういう事を続ける必要があります。

独立してから数年は、私は営業に来ている弟子で師匠が別にいる、と思われていました。個展の時ですら「先生は今日はいらっしゃらないの?」と良く言われたものです。

事態は独立28年目(2021年時)の今でもあまり変わりません。困ったものです。

とにかく私には安定した仕事が無いのです。

・・・私が模様師(いわゆる友禅などの文様染をする人たちの事)の先達たちに、どうして弟子を取らないのですか?と尋ねると

「仕事が無いんだから、弟子に練習させる教材になるものが無い。だから弟子なんて取れない。給料も払えないし。あんたたち若い人たちがやんなよ」

と言われます。

しかし、現代では大体の模様師に仕事が無いのです。あなたがたより、私の世代の方が仕事が無いのは分かっているのに、どうしてそういう事を言うのか・・・

問屋から発注が無いから、教材になる仕事を弟子に与えられない、だから弟子を取れない、もちろん、給料を払えるだけの仕事もない

そんなのは、私からすれば当たり前過ぎる事です。私にはそんな恵まれた環境なんて昔も今もありません。

職人技術の伝承とか、伝統工芸が、とか言うのなら、とにかく自分が他所の家の人をプロに育てて社会に放出しなければなりません。

だから、

【弟子を入れて育てるにはどうすれば良いのか?

という姿勢でなければ、この時代に弟子なんて取れるわけがありません。

景気が良くて仕事があれば弟子が取れる

というのでは、順番が逆なのです。

私は、上に書いたように、美術的な学歴も修行歴も所属もありませんので、信用を得るまで物凄く大変でした。今もその信用は脆弱です。だからなのか、後進にそういう無駄な努力をさせたくないのです。

弟子には最短距離で成果に結びつく技術、姿勢、考え方を即教えます。また、染だけでなく、創作全般、文化全般、自営業としての知識や技術も与えます。ウチで修行後、染以外の分野に行っても通用するような人材に育てる努力をします。なので、ウチにしばらくいてから他所の分野に行った人たちは仕事が楽で仕方がない、と言う人も多いです。

昔の職人の多くは、自分自身は少ないながら給金をもらい修行をさせてもらい、日本の伝統から大きな恩恵を受け、現状もそれで生活させてもらっているのに、自分は後進に何も与えず、自分に大きな恩恵を与えてくれる日本文化にも何も戻そうとしない。それは問題だと私は考えるのです。

自分が先祖代々受け継いだ田んぼから取れた種籾の分を自分で食べてしまったようなものですね。それを自分の責任ではなく、社会や他人のせいだと言う。

(もちろん、何かの考えがあって自分の代で精算するのは問題ないのですが、社会や他人のせいにするのは違うという意味)

若い世代よりも良い時代を過ごして来て、得るものは得ているのに、それで自分よりも若い世代に弟子を入れて育成しろ、お前らはだらしない、というのはちょっとどうかと思います。

伝統工芸系に関わる人達の当事者意識の欠如

これが問題なのです

それでプロで通用する弟子を作れるわけが無いですよね。

安定した仕事の無い当工房でどうやって弟子を育てるのか?

それは単純な話で、親方である私が自腹で全て与えるのです。

もちろん、全く余裕なんてありません、弟子がプロレベルの作業を手伝えるようになるまではその分赤字です。出来るようになってトントンに・・・なるかならないか、です。その不足分、師匠である自分が肉体と精神を削って稼ぐしかありません。それでもやるのです。

白生地も、道具も、外注費も、美術館の代金も、必要な書籍の代金も。飯代も、酒代も。(それにまつわる文化も教え体験させます。それは、営業に大変役立ちます)もちろん、私自身が技術を細かく教え、その理論や構造を教え、メモにも取らせます。今はそこに工房内独立した甲斐も加わります。

教材になる仕事が無くても課題を私が作って与え、それを反復練習させ、実際の仕事を任せられるレベルになるまでそれを繰り返させます。

内弟子認定してからは、営業にも出し、当工房の構成員である事をお知らせし、SNSをなどの活動も積極的にやらせます。

そして、修行中の弟子が、小物でも販売出来るようなレベルのものを作れるようになると、それを工房で販売します。その売上は経費を差し引いて弟子の手に渡ります。

それで弟子に 制作→社会に公開→金銭に変換 というサイクルを実体験させます。

初めて自分の作品が「売れた」時は、初めて自分の存在が地球上で認識された、と思えるぐらいに嬉しいものです。それを体験してもらいます。褒めてもらうのと、買っていただくのは喜びの次元が違います

こういう事を書いていると「アンタは自由に動ける染色作家だからそんな事が出来るんだ」と言われる事がありますが、他の分野であっても、やろうと思えば何かしらの方法が見いだせるはずです。

で、そういう事を重ね、弟子の技術を上げて行き、ある程度のレベルに達すると、弟子自身の図案・加工で名古屋帯を制作します。(細かく指導はします)仕立ての外注も自らさせ、それを弟子の私物として渡します。(そういう作品がSNSを通じて売れる事もあります。弟子への支援として。本当にありがたい事です)

そのような事を繰り返し、染色技術と、和装業界の知るべきいろいろを体験させ育てて行きます。

もちろん、掃除やその他雑用は一番下の弟子の仕事ですから、それはキチンと「プロの雑用レベル」でさせます。

結局、弟子を入れる、育てる、という事は「親方の覚悟の問題」なのであって、その他の事情は関係ないのです。

世の中には、美大を出たは良いけども、修行先が無くて困っている若い人たちが沢山おります。そういう人たちは、給金なんていらないから、プロの現場で体験したいと言います。

なのに先達たちは「オレは無責任な事をしたくないから、給料を払えないなら弟子は入れない」と一見、正論を言って断るのです。それは正しいのでしょうか?

美大を卒業して、大学院に行くよりもプロの現場で修行したい、親の支援はあと3年受けられると確約が取れた・・給金はいらないタダでもいい、いやタダなら院と違って授業料がかからない・・・という人がいるのに・・・そういう人たちの行き先が無いのです。

そんな若い彼らに尋ねると「どこの工房も入れてくれない」と言うのです。ウチのような弱小ではなく、有名なところでも入れてくれないそうです。まあ、入れる入れないはそこの先生の方針があるでしょうが、そもそも「弟子を入れる予定が無い」のだそうです。

そうそう、こんな話もあって・・・「いくらなんでも搾取が過ぎる工房」もあります。そのような工房は、仕事がそれなりに回っているので常時スタッフを募集しています。それを見つけた「修行したい若者」たちは、やっと入れてくれる工房を見つけた!と実情を知らず入ってしまい・・・

しかし、その工房はワザとごくごく一部の作業しかさせないのです。色挿しなら色挿しのみ。色を作ることも教えない。それで着物の色差しを数日かけて一反分仕上げて3,000円ほどもらえるとか・・・修行中でも収入になります、という謳い文句ですが、何年やっても月に15,000〜30,000円にしかならず、かつ全くスキルも知識も身につけられない・・・困った事に、そういうところにウッカリ落ちてしまった人はそこで5年とか10年過ごしてしまうのです。

他に入れてくれる工房が無い・・・ここに入れてくれる工房があった、一応、そこでは文様染の作業はさせてもらえるから、そのうち、何か展開があるかも知れない・・・そんな風に考えてその工房に入ったけども、何も教えてもらえないまま、ぼんやりしている間にもう30代半ばになってしまった、しかし自分は調合済みの色の色挿ししか出来ない、どうしたら良いか、なんて相談を何度か受けた事があります。正に「奴隷育成システム」です。

若い修行したい人たちの受け入れ先が無いと、そういうところに取り込まれてしまう事もあるのです。

ある意味、世の中、良く出来ているなあ、と感心もしましたが・・・

親方や先生で「給料払えないから弟子を入れない」という人は、お金が払えるぐらいにあっても弟子は入れません。弟子を入れるのは「本当に面倒くさいし、失敗されるし、金はかかるし、弟子は師匠の言うことを聞かないからムカつくし・・仕事場に他人が入ってウロチョロされるのもイヤだし、その他100以上のストレス」が溜まるものですからね。家と仕事場が同じ師匠なら尚更嫌がります。

しかし、その師匠だって若い頃はそうだったのですから・・・そういう自分は修行先の工房でいろいろな人に迷惑をかけつつ修行させてもらったのだから、それを後進にもしてあげないと、自分が受け取ったものを後に渡さないと、ダメだと私は思うのですけどね。

今も試行錯誤の連続ですが、ウチでは弟子をまだまだ入れるつもりです。最近は、流石にコロナで景気が悪すぎて、募集に問い合わせが無いですが・・・

最近は、外国からの問い合わせもあります。ヨーロッパは今のところはありませんが、何故か中東や、中国から来ます。

先日は、中国四川の女性が入ってきました。和装では初めて「文化活動ビザ」の対象にウチが選定されたとか。。。が、残念ながら、コロナの問題で帰国せざるを得ず、彼女は志半ばで帰国しましたが・・・

それと、プロにするための弟子を取るのは、師匠の学習になります。これは技術的、精神的、経営的に大変学習になりますので、その点でも弟子は入れた方が良いと思うのです。

そうそう、これも言っておきたいのですが、上で書いた「ウチでは弟子は辞める人よりも辞めてもらう人の方が多い」というのは、若い人たちの貴重な二十代の時間を無駄にさせないためです。(弟子募集は28歳までの年齢制限を設けております)

多くの弟子は、あなたは、残念ながらウチ向きでは無いかも・・と言うと、お金なんてどうでもいいから、この工房にいさせて下さい、と主張する人が多いのです。殆どの工房ではそういう弟子から「やりがい搾取」をします。ほぼタダ働きでいいから工房の仕事をしたいと自ら言うのですからね。こんな都合の良い「正に人財」を使わない手は無い・・・

が、ウチでは、それはしません。

私がその人の未来を潰す事になるのは本当に避けたいからです。

それと、染色の修行していると、他の分野へのより優れた適正が出てくる事があります。そういう場合は、その方面に進む事を勧めます。

なんだかんだ、若い人たちの未来のためのコンサル業務をやっているところもありますね。私のそういうメールが引かれるぐらいにクドく詳細ですし。

しかし、逆ギレのようですが、それで良いと思っています。

私は時間とお金が出ていくだけですけども・・・

既に長いですが、一応、ウチが教える技術の特徴を説明しておきます

「業界がさらに縮小しても巻き込まれない技術の習得」

これを明快に確実に教えます。

一般的に、和装染色の制作は、分業です。

東京友禅の場合は、多くの工程を自分でやるケースが多いですが、それでも全てをやるわけではない事が多いです。

京都はかなり細かく分業になっています。分業体制は、それぞれのスペシャリストが担当し、それが総合されるわけですから、優れた指揮者がおり、うまく回っている間は非常に有効なシステムです。

しかし、その分業体制のサイクルに必要な一定の量を下まわると、崩壊が始まります。産地を問わず、かなり前からそれは起こりつつあります。

分業のなかのそれぞれの業種の収入が皆同じというわけではありませんし、景気の悪い仕事を続ける必然も無いと考える人も出ますから、生産量が少なくなって行くに従って、廃業する業種が出てしまうのです。それはチェーンの一部が外れてしまった事で、全体が止まってしまうようなものです。

一部の職人が廃業したせいで、自分も巻き込まれて廃業に追い込まれてしまう、あるいは影響を強く受け、仕事を続ける事が難しくなってしまう・・・

そういう事が無いように、ウチでは

自分ひとりでほぼ完結させられる最小限の制作サイクル・スタイルを教えます

それは、

最低、名古屋帯の生地を張れる長さの細長い部屋・家庭のキッチン・家庭の風呂場があれば可能です

大きな仕事場が必要なく、外注先も最低限で済む。

自分一人で図案、文様、染、仕上げまで持っていける。必要な外注先も、仕入先も、営業も伝票の書き方も申告の仕方も教える
それなら、和装文様染の技術や伝統を受け継ぐ人が、個人という最低単位で存在し続けられます

私は日本の和装文様染めの伝統技術の圧縮をし、レベルを落とす事なく現代版に洗練させたつもりなのですが(ちなみに、当工房の制作物は、技術的に上位だという業界からの評価をいただいております)どうも、親方の私の人望と信用の無さのせいなのか、まるでウケず、評価もなく、広まりません。まあ、こういう考えでこういうシステムを構築している人がいないのですから、仕方が無いとも言えます。

普通に考えれば無名の人間が提唱する前例の無い「伝統」工芸のシステムなんて評価されませんよねー。

やはり、伝統工芸ならば、広い敷地に建つ古い、味のある建築の仕事場で代々受け継いだ資料や道具のある、有名な開祖から世襲で続いた工房で、昔の有名人と知り合いとか親戚とかでないと雰囲気出ないからなあ(笑)と工房内独立をした甲斐凡子と話をするわけですが、しかし、私はそれでも後進に何かしたいと思っております。

オマエなんて有名じゃないしお墨付きも何も無いんだから弟子なんて望むな、と言われても、私は弟子を取ります。

私は弟子を無理に引っ張って来るのでは無いのです。やりたい人に、自分の持つ最大限の事を見せて、出来るようにしてあげるだけです。

私は日本文化、日本の伝統的職人技術、それにまつわるいろいろが好きなので、私に出来る事早くしておきたいのです。

理由はそれだけです。

それと、創作スタイルについては、私の作風をなるべく普遍化して「工房の定番」とし、ブランドメーカーのように「スタンダードライン」を7種類ぐらい用意してあり、それを常に増やすようにしています

仁平の作品、というより「フォリアの定番」にするのです。それを世の中に認知してもらっていれば(例えば「フォリア工房の更紗」とか「アンティークレース柄」とか「染め分帯や着物」とか)弟子はその作風のどれかをベースに自分の要素を付け加え、やっていけます。

例えるなら、薮そばで修行した弟子が、藪スタイルの汁や蕎麦をベースに展開するようなものですね。

そして、正式に内弟子から独立した者は、私の膨大な数の図案を使って良い事にしてあります。もちろん、それは仁平の図案でその弟子制作、という事になりますから私のサインは入りませんし、その旨をキチンと解説した証紙をつける予定です。

また、私の図案があれば、弟子なりの展開がやりやすくなります。

そんな感じに、技術面と創作面で、弟子をサポートするようにしております。

もちろん、仕入れもお取引先も、弟子はそのまま使えます
工房内独立も可能です

今回の投稿は長くなり過ぎました。

今回の投稿の内容とダブりますが、独立した弟子へのサポートはこの投稿に詳しく書いてあります

ダラダラとした投稿、失礼しました。

そろそろ失礼いたします。

それではごきげんよう。


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