Foglia

当事者になったら避けるのが自然だと思う

例えば、私が主に軸足を置いている和装染色などの「滅びゆく伝統工芸系」を社会の人々が是非残すべきだ、守るべきだとおっしゃるのは、本心だと思います。

が、実際には和装に限らず伝統工芸品は、日常生活でほぼ必要とされていないので、伝統工芸の維持に関する事に社会の人々の興味感心はあっても具体的な保存のための行動はなかなか起こりませんし、自分がリスクを背負ってまで直接そのようなものと経済的に関わるのは避ける

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自分の子供が高校生辺りで先行きの無い伝統工芸の作り手になりたいと言ったら応援出来るか?

当工房は、お昼は給食なのです。工房で作ります。時に夜給食(酒付き)もあります。

給食中は盛んに会話します。

だいたいは創作の話、仕事の話、趣味の話ですが、時にその場で作り話をして遊ぶこともあります。

例えば、こんな話・・・

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小学4年生の男児を連れたお父さんが、たまたま近所で開催されていた和装系伝統工芸の実演イベントに行ってみた。

息子は、それにとても興味

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和装の古着屋さんで感じたこと

最近は、東京都心部のデパートの呉服売り場であっても、

呉服売り場と、中古呉服のお店が隣り合わせだったりします。

そういう事もあり、どちらも観ます。

中古の着物や帯は、以前よりも全然安くなっていますね。新品価格がかなり高かったものでも、かなりお安いです。産地ものの手堅い良品は安定した価格ですが・・・

古着を観ていると染物も織物も

「ああ、昔はこういうものが良い仕事とされて流行ったなあ」

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和装を作る男性の多くは着物を着ないどころか持つことすら出来ませんよ

「着物や帯を作っているのだから、あなたも良くお着物を着るのでしょう?」

などと良く尋ねられますが、私は着物そのものを持っておりません。

ガッカリしました?笑

今年で(2020年)和装染色品の制作を主として独立26年目ですが、私は妻に着物も帯も作った事がありません(結婚は31年目だったかな)妻は、私の和装の部分の仕事に直接的に関わっていないので・・・もし関わっていれば、仕事に必要なものとして仕

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確かな意図を持って「微調整」出来る人がプロ

だと、わたくしは思っております。

例えば作品づくりにおいて

「ただ大胆な事をする」「人とは違う変わった事をする」

のは、多少の資質と才能があれば容易いものです。

そういうものを産み出す際の感覚を、仮に数値に表わしてみると・・・

1・150・300・500・1000・・・・

という具合の飛び飛びの数値の、その間の数値は関係ない感じ。

しかも、その数値は決まっているわけではなく、その時々

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伝統は未来への投資によって維持される

「伝統文化は、過去についてよりも未来への投資を多くしなければならない」と私は考えております。

しかし、現実にはそうなっていないようです。

どうも「伝統という名前」がつくものは、意識が「維持・保存」という過去ばかりに向いてしまうのです。

過去のものの保存や維持のための経費はもちろん重要です。

しかしそれにおいても、そのための新しい人材の確保と教育、そして良い設備とその更新が必要になります。

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展示会は1日ひとつだけ

私は美術展や個展などは、だいたい1日ひとつ、多くてふたつ程度しか行きません。というか、行けません。〇〇売り場などのリサーチなら、何件も行けますが、高度な美術品や工芸品などの場合は沢山観る事は出来ません。

例えば、正倉院展のような、人類の至宝のようなもの、その他素晴らしい創作性のものなどは、真剣に観ると物凄く疲れます。

相手は、私よりも遥かに大きな存在で、それを受け止めるのですから疲れるのは当然

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和装にまつわるいろいろな気持ちをすくい上げ形にするのも作り手の仕事だと考えます

フォリア工房の私たちは、着物を着る方々の、着物にまつわるいろいろな気持ちや思い出を大切にしたいと思っております。

普段「人の気持ちとか思いとか、そういう事と美は関係ない」と申しております私ですが、それはあくまで「美ってそういう性質があるよねー、怖いよねー、だから尊いよねー」という話であって、日常生活におけるモノや人間関係にまつわる思い出や気持ちは大切にしております。(当たり前です!笑)

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何にでもいわゆる芸術作品を絡めないで欲しい

先日、明治神宮に久しぶりにまいりましたら「明治神宮鎮座百年祭」という事で、神宮の敷地の通路の脇などに現代彫刻がそれなりの数、飾ってあり、本殿の門にまでそのようなものが飾ってありました。

中には有名作家のものもあったようですが、私は、イベントだからといって特にそのようなものを設置する必然は感じませんでした。

それなら、普段からきれいに管理されている神宮の森や通路はそのままで、雅楽を生で流していた

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「推した結果の数値化」というのは悪くないのかも

「鬼滅の刃」の映画と、鬼滅ファン周辺を観察していて改めて分かったのは

「ファンは、自分の推しを、推した結果を知りたいんだ」

という事です。

例えば、自分が好きで応援している人や作品に投資した結果、100億円売り上げた、この短期間での100億円到達は日本記録だ、という結果になれば嬉しいわけですし(しかもコロナ禍のなかで)エンターティメント系などなら、もし、ファンが思ったよりも伸びていない、と思

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