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[#私の学び直し] オッサンの気づき 第28話 ~ASDに気づいた!~

先日受けた検査の結果、以上のような具合に自分のASD傾向がわかりました。確かに今思えば、何か変だったな~と思い当たる事が多いです。今回はそれらを紹介していきます。今回のブログは過去最高に長いです!9000字近くあります。

私は昔から、「みんながこうだから自分もこうしよう」が薄い子供でした。言い換えれば、「みんな」と「自分」が分かれているような感じだったんです。例えば保育園の頃、私はぬいぐるみや折り紙、少女漫画のキャンディ・キャンディ、あさりちゃん、オヨネコぶーにゃんなどが好きで、全体的に女の子っぽいマインドがあったんです。それだけならまあ好みの範囲なのでよくあることですが、そういう自分を全く恥ずかしいとか変と思わなかったんですよね。私は昭和52年生まれで、それは男は男らしくという意識が強かった時代です。つまりぬいぐるみや折り紙、少女漫画などをメンズが楽しんでいると、そういうのは女性向けですよ変ですよと「みんな」の側から指摘される時代でした。実際、そういう趣味を他の園児に「オカマだー!」とバカにされることもあったような気がします。でも特にそれで「もっとウルトラマンとかボール遊びとかの方向にいかなきゃ!」とはならなかったんです。周りの園児のエネルギーに圧倒されて毎日泣いてはいましたが、「オカマだー!」は特に何とも思いませんでした。「みんな」の評価と「自分」の評価が分かれているんですよね。そういう感じは今でもあります。また、我が家は両親とおばあちゃん、そして父ちゃんの妹も住んでいたので、女性のほうが多かったんです。父ちゃんもそんなに男らしさを押し付けてくるタイプではなかったので、家庭内でストップがかからなかったのも大きかったと思います。

その後、小学校に上がるとみんな、野球や芸能人、アイドルに夢中になり始めました。その頃は1980年代で、それら全部が盛り上がっていた時代でした。でも私は何も知りませんでした。一応、その頃読んでいたコロコロコミックで「かっとばせ!キヨハラくん」という野球漫画があって、そこに出てくるキャラクターとしての野球選手は知っていましたが、実物は一人も知りませんでした。野球は両親がTVで見ていたし、近所に西武球場があって観戦に行ったこともあったのですが、自分の頭には全く入ってきていなかったんです。興味の無い事を脳が完全にスルーしちゃうのは、ちょっとASDぽいですよね。今でもアイドルや芸能人はあまりよく知りません。TVは妻ちゃんがよくつけているので映像に触れてはいるはずなのですが、やっぱりあまりよく覚えていないのです。中学校は杉村くんのシリーズで描いている通りヤンキー中学でラクでした。…が、その後の高校が体育会系で規律が厳しく、私のような「みんな」を無視するタイプはすごくやばい生徒認定されてしまいました。要は先生の言う事を聞かないわけですが、反抗的というよりもスルーしちゃうんです。職員室に呼び出されても無視して帰っちゃうし、補修の時間も忘れて帰っちゃうし、委員会活動も一回も行った事がありませんでした。みんなの前に出されて叱られたりぶたれたりしたことも何度もありました。…が、それも悲しいとか恥ずかしいとはあまり思わなかったんです。当時好きな女の子がいたので、こういう感じだと嫌われちゃうなあとだけは思いました。私が反抗的であればまだそこに「意味」が発生して先生も対処のしようがあったと思うんですが、私は全くそこに意味が無くて、単に「みんな」の代表である先生と「自分」が分かれていただけで、悪気すらなかったんですよね。たださすがに、規律が厳しくて毎日「みんな」を強制されているとイライラするようになって、もめごとも時々起こるようになりました。一方、クラスメイトは気の良い人が多く、自分は物珍しい珍獣ポジションで楽しくやれていました。人間関係においては悪意が無かったことがプラスに働いていました。

あと、ちょっとした例ですが、ヤンマガ等のグラビアページも、実は大学生くらいまでそれが何のために存在するのかよくわからなかったんです。たまたま友達がグラビアを見ながら「こんな巨乳の彼女ほしいなー!」的な事を言ってるのを見て初めて、なるほどそういうふうに楽しむものなのかとわかったくらいでした。もちろん、普通に恋愛をしたり恋人を作ったりエロビデオも見ていたので、そのへんはみんなと変わらなかったのですが、別にグラビアは水着だし赤の他人だしなあという感じだったんだと思います。大学受験も、半年で偏差値40から70まで上げたという過集中ぽい流れがありました。それまであまり勉強をしたことがなかったので、毎日15時間くらい勉強していたのですが、特に大変だとも思いませんでした。淡々と、保育園の頃と同じくずっと折り紙を折っているような感じでした。過集中もASDの特徴です。

その後、大学3年からの就職活動の時期にも、「みんな」とのずれを感じていました。みんなが一体何をやっているのかがまるで理解できなかったんです。一応友達に手伝ってもらいながらリクナビのやりかたはわかったのですが、みんながそれぞれの会社にどういう基準で応募しているのかがわかりませんでした。当時は就職氷河期で、100社応募して1社受かるみたいな感じでした。するとそれは働きたいと思う会社が100社必要なんだなと私はとらえたんです。私はゲーセンの格闘ゲームが好きだったので、そういう会社に応募しようとしたのですが、100社どころか3社くらいしかなかったので、ますますみんながどうしてるかわからなかったのです。そんなにやりたいことがたくさんあるの?と友達に聞いてみると、いいんだよこんなの適当でと爆笑していました。私のそういう三年寝太郎みたいな所は就職氷河期でヒイヒイ言っているみんなから見ると、意外と癒し(…というか下を見て安心する)だったようで、ネタ要員として重宝されていた気がします。そして結局卒業後は、塾の先生のバイトをしながら漫画を描いて持ち込む生活となったのです。ここでもやはり、みんなと同じく就職しなきゃという焦りはゼロでした。

https://note.com/yuki1192/n/na6610ecfb558?magazine_key=m6b3b9ca1ffeb

この漫画持ち込み生活も今思うとちょっと変でした。少し脱線しますが、私は「みんな」と「自分」が分かれているせいか、あまり緊張をしない性格でした。受験の時も、自分が試されている感があって逆に楽しみだったんです。なので同じく持ち込みも自分の漫画の評価が出るのが楽しみで、何社もホイホイ行っていました。これは自信があるのとはちょっと違って、上手く描けた自信が無い漫画でも、それがどう評価されるのかは楽しみなんですよね。20点くらいの評価なら、そっかーこういうのは20点かー、と判明するのが楽しいのです。「みんな」と「自分」が分かれているから、「みんな」の側に20点をつけられても「自分」が20点にはならない、という思考パターンなんだと思います。ただ、それが裏目に出て、全然デビューできなくて普通だったら諦める年数でも諦めず持ち込みを繰り返していました。そもそも商業漫画は「みんな」に向けて描くものですよね。そして漫画雑誌は「みんな」のマインドにフィットしている漫画を載せて買ってもらう商売なわけです。なので私のような「みんな」とずれのある人には向いていなかったような気がします。

その後30歳くらいの頃、彼女と結婚するために何か収入の良い仕事を始める必要が出て来ました。そして当時バイトをしていたファッション通販サイト(現在のZOZOUSEDです)の商品写真を加工するフローに目をつけました。「これって自分がスタッフを集めて彼らにフォトショップの使い方を覚えてもらえば、丸ごといただけちゃうなー」と思ったんです。そしてすぐ会社の偉い人にハッタリ気味に提案をして、スタッフはmixiに求人を出したり友達に声をかけたりして集めて、次の月には完全なる在宅ワークとして始めていました。先月まで変な30歳アルバイトだったのが次の月には社長になりました。もちろん全てのノウハウはゼロです。フォトショップが使えるというだけでした。

https://note.com/yuki1192/n/nbcd5138cd0d0

ここでもやっぱり「みんな」と「自分」が分かれていたんです。「みんな」の常識では、アルバイトがいきなりバイト先のフローをちょうだいとか言えませんよね。でも私はあんまり(自分も含め)社長は偉い、正社員は偉いとか思っていない人間だったので、そこで尻込みするという感覚はありませんでした。ASDの特徴の「空気が読めない」というのは、私のそういう感じがたくさん積み重なった場合に表れるものなんだと思います。その仕事は妻とお店を始めるまで、30代後半まで続けました。最終的にスタッフは50人以上まで増え、後半は結構大変でした。これまでのみんなとのズレは、みんなと自分が分かれているだけでしたよね。つまりみんなと自分が別行動だったんです。自分はおっとりのままでいけたのです。しかし社会人になると、特に会社と関わるようになると、みんなの世界に入っていかなくてはいけません。仕事はキッチリ完璧に納品しなくてはいけませんし、自分の性格よりも仕事を優先させなくてはいけなかったのです。おっとりではいけません。つまり、みんなとのずれが全て自分に返ってくるのです。ずれが大きければ大きいほど、その負荷は大きくなります。そして私は不眠症からのうつ病になってしまいました。

https://note.com/yuki1192/m/mc91e32b10c3b

ASDなどの発達障害の二次障害として、うつや不眠はよくあるようです。発達障害を持っているために「みんな」の世界になじめない、うまく社会生活が送れない、それによって心に負荷が積まれていって病気になってしまう、当然の事ですよね。グレーゾーンの私ですらそうなってしまったのですから。病気の原因は仕事以外にも、住んでいる街が都心近くで人の多い環境だったり、妻の実家との関係だったり、いろいろ思い当たる所があります。ASDの特徴で「特定の刺激に弱い」や「考えすぎる」があるので、そこにピッタリはまってしまったのかもしれません。また、自分の病気に対して漫画を描いてセルフカウンセリングを始めたのも、みんなと自分が分かれていたからだと思います。どういうことかというと、病気になってしまったのは自分なのですが、その自分すら「体が不調な自分」と「考えている自分」に分けたのです。人間は脳がメインなので、「考えている自分」のほうが本当の自分ぽいですよね。そして「体が不調」はみんなにもよくあることなので「体が不調な自分」は「みんな」の側にスライドさせたのです。そして、「考えている自分」の方で漫画を描いて、「体が不調な自分」つまり「みんな寄りの自分」を客観的に見て、ふむふむこういうことはこういう脳の働きで起きているのかーと、回復の道を探っていたのです。

現在、うつはだいぶ良くなりましたが、不眠は最近再発してしまい、また毎日睡眠薬を飲むようになってしまいました。でもめげずに毎日、出来るだけ前向きに暮らしています。

https://note.com/yuki1192/n/n26c16f3142d8?magazine_key=mad6a2457605d

最後に、私のASDグレーゾーンに「おっとり」というフワっといい感じの見方をしてくれた両親についてです。彼らは特別な事は何一つしていません。教育熱心だったわけでもないですし、何か子育ての本を読みまくるとかもありませんでしたし、すごい聖人だったというわけでもありません。そもそも放任気味で私のASDグレーゾーンもよくわかっていなかったようです。ただ普通の事をしていただけでした。例えば私の進んだ中学校はヤンキーだらけで有名な学校だったため、母ちゃんは私に中学受験をさせようとして、小学生の頃に塾の見学に連れていかれたことがありました。当然私は「同世代の集団の中に入っていけない」なので、ウーン塾とかいやだなあ的な反応だったわけです。それならということで、進研ゼミをやらされたのですが、「興味の無い事を脳がスルーしちゃう」なので、だんだんさぼりだすわけです。そして、なんかこの子は勉強とかダメだねえということで、ヤンキー中学に行くことになったわけです。もちろん、赤ペン先生をさぼればそれなりに叱られました。でも、ある程度叱られても変わらないので「この子はそういう子」というふうに切り替わったんだと思います。ほどほどに強制してみて、だめなら諦める、これって普通の事ですよね。でもここで親の強制がゴリ押されるパターンも世の中には多いですよね。現代は情報が多く、それは「みんな」に囲まれている状態なので、本来「自分」で感じているはずの普通がわかりづらくなっている気がします。もし私がここでムリヤリ塾に行かされて真面目な「みんな」のいる私立中学に進んでいたら、現在の私は絶対ありません。中学の時点で「みんな」とのずれから不眠症&うつ病、もしくは別の深刻な何かの状態になっていたと思います。親のしてくれていたことが普通だっただけに、その頃の私は「自分は親から愛情を受けてるな~」とか「親には感謝だな~」とか一切思っていませんでした。それどころかグレ出すわけです。ひどいですよね。人でなしですよね。でも、子供ってそういうものだとも思うんです。まだ完全体ではないんです。だから人ではない、人でなしなんです。そんな存在が、「愛されてるな~」とか「感謝だな~」とかの人っぽい事を言い出したら、それは何かのマネをしているだけ、もしくはアダルトチルドレン的な「大人ぶらないとまずい」という現象な気がします。このブログを読んでくれている方にも、そういうふうに親ウケのいい自分を演じていた方もいると思います。親が意識高すぎて、子供に過干渉になって、子供は本当はしんどいのに「でもこういろいろしてくれてるんだから感謝しなきゃ!感謝!感謝!」とムリヤリ感謝マインドをひねり出す、よくありますよね。子供のいない私が言う事ではないかもしれませんが、私のような精神的に恵まれた環境にいても不良化してしまうのですから、多少子供が言う事聞かなかったり変な感じになってきても、そういうものだと思うのです。

https://note.com/yuki1192/m/m7312acef2dea

もし私が親を始め「みんな」からの強制が多く、それにムリヤリ合わせるような生き方をしていたら、親への心からの感謝は出てこなかったと思います。そして何より「みんな」よりも「自分」メインでいいという精神性は、現在妻ちゃんを支えるための大きな支柱になっています。なぜなら妻ちゃんは「自分」よりも「みんな」をメインにしてしまう性格だからです。「自分」の視点よりも、「みんな」の視点を優先しちゃうということです。現代っ子あるあるですよね。

https://note.com/yuki1192/n/n1245288e4acc?magazine_key=m99be84dd6d2f

私のASD傾向を「おっとり」として見てくれた両親、おもしろ珍獣として見てくれた友人環境、それがブーストになって先生やら社長やらの社会的権威に対し萎縮しない私自身、平たく言えば不良性を保てたことで、真面目な妻ちゃんの苦しみを違うアプローチで見つめることが出来ているのです。「みんな」視点で苦しんでいる人を「みんな」のアプローチで接しても、ますます苦しませるだけですもんね。こんなふうに現在を肯定的にとらえられているから、過去のあらゆる事も肯定的にとらえられ、そしてこんなふうに漫画にできているのだと思います。

そうです、このnoteに大量に載せている漫画もまさにそうなんです。毎日15時間過集中していた受験の時と同じく、毎日コツコツ何年も、しかも原稿料がもらえるわけでもないのに続けているのは、まさにASD傾向によってだと思います。アウトサイダーアートという言葉をご存じでしょうか。元々は障害者によるアート作品の事を指していましたが、今はスラム街の人だったり死刑囚だったりも含めた、文字通りアウトサイドの人たちのアートを指します。「みんな」からあぶれた人たちです。私の漫画も同じようなものです。昔と同じくずっと折り紙を折っているような感覚です。保育園の頃から持っている感覚をおじさんになっても持ち続け、それを発表する場があるというのは幸せな事ですよね。私の今回のブログを読んで、何か感じとってもらえたらさらに嬉しいです。私は「みんな」と「自分」が分かれているとは言っても、同時に「みんな」から助けられていたので、「みんな」のことが大好きです。いつも感謝しています。これからも漫画を楽しみにしていてくださいね。

[おまけ]
↑↑に書ききれなかった、ちょっとした「みんな」とのずれについて紹介します。

私は、海外の友達と交流する事が多いのですが、「恥ずかしい」気持ちが元々あまり無いので、それがプラスに働く事が多いです。例えば英語が下手でも恥ずかしがらずに何かしゃべります。もし相手にこの人英語下手だな~と思われていたとしてもへっちゃらなんですよね。同じような理由で人見知りもそんなにしないので、初対面でも全然大丈夫です。お互い何を言っているかよくわからないのに年越しのロックフェスに行ったこともありました。

また、共感覚というものも持っています。これは例えば、音や文字に色を感じるというようなものです。以前の漫画には、漫画家の名前がその漫画のキャラクターに見えるという話を描きました。

先日遊んだフランス人の友人も共感覚を持っていて、日本語を勉強していると、特に漢字がこちらを見て話しかけているように感じると言っていました。彼はアスペルガー症候群を持っていて障がい者年金ももらっているようなので、もしかしたらこの感覚は発達障害と何か関係がある特性なのかもしれません。

さらに、私は漫画を描いている割にアニメはそんなに観ないのです。なぜかというと、アニメのすごい作画とかがよく分からないのです。全然言っている意味が分からないと思いますが、例えば鬼滅の刃を妻ちゃんと観ていて、戦闘シーンで隣で妻ちゃんが「ウオーすげー」と言っていて、終わったあとに「神作画だったね~」と言われても「う、うん!そうだね!(え、そうだったの?)」…と、なってしまうのです。理由はよくわからないですが、アニメの動きや迫力がすごいとかがよく分からないのです。だいぶ損してますよね。なので漫画も、心理描写が上手なほうが好きです。ウルトラマンや仮面ライダーより少女漫画が好きだったのも、そのせいかもしれません。

あと、これはASDあるあるですが、毎日同じものを食べるのが平気です。一人でそれをやってるぶんには問題ないのですが、うっかりしてると昼にイワシのつみれ汁を作って、夜にイワシのかば焼きを作って、妻ちゃんを「連続イワシかあ~…」とガッカリさせてしまいます。気を付けましょう。私の場合のこれは「同じ事が大丈夫」で、ASDの「同じ事にこだわる」とは少し違うのが、グレーゾーンということなのかなと思っています。

そして、これはちょっと変なのですが、ルールを破ることに躊躇がありません。ASDの特徴では、ルールにこだわるというものがあります。私のは逆で、社会的なルール&自分のルール共に切り替えが早いです。人を傷つけるようなルール破りは当然避けるようにして、あとは正直法律を破るのすらばれなきゃいいと思っているふしがあります。以前のブログに書いた妻ちゃんが高校生の頃、学校に行けない時に遊びに連れ出していたのも、その一例だと思います。悪い大人ですよね。でもルール的に悪いのと人として悪いのは別というのが、私の漫画全体のテーマです。

そして最後に、怒りがあまりわかないというものがあります。「みんな」と「自分」を分けていることがその理由です。一つ大きな例で、数年前に漫画が賞をもらって一年くらいかけて連載の準備をしていたところ、その会社が問題を起こして炎上して、連載が無しになってしまったことがありました。当然、「なんだよもー」みたいには思いました。同じく被害をこうむった作家の人たちも激おこで、結構SNSでも話題になっていました。でも私の場合、担当編集者と編集長がそれぞれ謝りに来て、しかも問題が起きたり連載が無しになったのは現代のネット社会の雰囲気によるもので、その人たち個人のせいではないので、逆にそんな謝らなくてもいいですよ的な気持ちになったのです。それって正直、社会的には騙しやすいちょろいオッサンですよね。結果的には損をしてもだまってるということですから。当然、明らかな不義理にはちゃんと怒りがわきます。でも違う方向に感情をぶつけることは無いのです。何か嫌な事があった時に、目の前のちょっとその嫌な事に関係あるっぽい人に怒りをぶつけるほうが自然ですよね。でも怒りは「自分」のもので、「みんな」とは分かれているのです。上手く言語化できませんが、感情と論理が分かれているような感じです。たぶんそれはメンタル的には良くない事だと思います。そういう意味でも、漫画という感情を発散&整理できる趣味を持っていたのはラッキーでした。

脳波の検査で自分のASD傾向がわかり、これはこういうことだったんだな~と振り返るのは、自分で自分について学び直しているような気になります。自分の事ですら分からないことがいっぱいですね。みんなと自分が分かれている自分にとって、みんなも自分も謎が多い存在でした。これからも自分の事、みんなの事、世の中の事を知るのが楽しみです。


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