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パタン・セオリー読書会:提唱者の思想背景にある機械論的世界観から全体論的世界観へのパラダイムシフトを探求する

今回は、パタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)の提唱者であるクリストファー・アレグザンダー氏(Christopher Alexander)の研究・理論についてまとめた『パタン・セオリー(Pattern Theory)』を読み解く読書会に参加した際のレポート・第二弾です。

現在、『パタン・セオリー(Pattern Theory)』は有志のメンバーによって翻訳が進められており、集まった参加者は訳に関する疑問やフィードバックを中埜博さんや有志メンバーに行っていく、というスタイルで読書会は進められています。

前回の読書会では、そもそもなぜ今回、パタン・セオリーの邦訳プロジェクトがスタートしたのか?について中埜博さんをはじめとするプロジェクトメンバーのみなさんにお話を伺いつつ、冒頭、前書き部分の訳を参加者の皆さんと深めていきました。

今回は表題にあるように、提唱者アレグザンダーの思想背景にある機械論的世界観及び全体論的・生命論的世界観へのパラダイムシフトについて述べられている第二章を扱いました。


パタン・セオリーに関する前提

パタン・セオリーを紹介するためには、パタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)や、これらの提唱者であるクリストファー・アレグザンダー氏(Christopher Alexander)の人物像など、理解する上での前提知識がやや多くなってしまいます。

そのため、以下に関連する要素・用語・関係者などを簡潔にまとめていきたいと思います。

なお、クリストファー・アレグザンダー氏の人物像については、『パターン・ランゲージ:創造的な未来をつくるための言語』の中で、井庭崇さん・中埜博さんの対談の中で触れられているため、こちらも参考にしながらまとめたいと思います。

合同会社CEST代表・中埜博さん

中埜博さんは、今回のパタン・セオリー読書会の主催者の1人であり、アレグザンダー氏に師事し、後に日本で共同プロジェクトに参画している建築家です。

これまで建築家として、国内における建築、まちづくりといった分野でのパタン・ランゲージの活用および知見の紹介をされてきており、今回の『パタン・セオリー(パタン理論:Pattern Theory)』読書会の際も、アレグザンダー氏の考えやご自身の実体験からの情報提供、場への投げかけを行ってくださいました。

クリストファー・アレグザンダー氏(Christopher Alexander)

クリストファー・アレグザンダー氏は、パタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)およびパタン・セオリー(パタン理論:Pattern Theory)の提唱者である建築家であり、思想家です。

工業製品のように建てられていく近代建築に対し、人々が日々の生活を営む古い街並みの中に見出せる美しさ・良さをアレグザンダー氏は『名づけえぬ質(Quality Without A Name)』と呼びました。

単純な『美しい』『深淵な』『調和が取れた』『奥深い』といった表現にとどまらない良さを、『名づけえぬ質(Quality Without A Name)』と表現したのです。

この『名づけえぬ質(Quality Without A Name)』を持つ建築や街並みこそが人々をいきいきさせ、くつろぐことができるものであり、その質を生み出し、構成する要素を抽出・構造化し、『パタン(Pattern)』として扱えるようにしたものが後のパタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)につながります。

パタン・ランゲージ(Pattern Language)

パタン・ランゲージ(パターン・ランゲージ:Pattern Language)は、建築家・思想家であるクリストファー・アレグザンダー氏によって提唱された、人々の気持ちを豊かにするいきいきした建築物をつくりだすための『パタン(Pattern)』および『パタン(Pattern)』を繋げる・重ねるという考え方『ランゲージ(Language)』を示したものです。

パタン・ランゲージを自らのコンテクスト(context:文脈・状況)および、場所におけるコンテクストに応じて用いることで、人々は自らの手で『名づけえぬ質(Quality Without A Name)』、感覚的に感じる『よさ』を備えた建物の設計・施工が可能となります。

建築領域で注目を浴びたパタン・ランゲージは、やがてソフトウェア領域や社会科学、人間科学の領域にも応用されるようになり、現在に至ります。

パタン・セオリー(Pattern Theory)

ヘルムート・ライトナー氏(Helmut Leitner)によって著された『Pattern Theory: Introduction and Perspectives on the Tracks of Christopher Alexander』は、アレグザンダー氏の提唱したパタン・ランゲージ、思想、世界観に関する膨大な研究・思索をまとめた書籍です。

アレグザンダー氏の提唱する理論は20歳に初めて記した論文である『形の合成に関するノート』以降、発展を遂げてきたものですが、2003年に出版され、2013年に邦訳された『The Nature of Order』(※全4巻の内1巻のみ邦訳)を最後に、国内ではアレクザンダー氏の理論に触れる機会が少なくなっていました。

2022年3月にアレグザンダー氏が亡くなったことで、改めて彼の遺した理論・考え方を紹介しよう、伝えていこうという気運が高まったことも、今回の読書会開催の一因だったのかもしれません。

当日の気づき・学び

アレグザンダーの考える建築とは?

アレグザンダーという人物については、中埜先生も仰っていたように建築家という枠組みを超えて思想家と呼ぶべき方だと『パタン・セオリー(Pattern Theory)』を読み解く中で感じるようになりました。

それというのも、建築が時代の変化と社会の文脈の変遷によってどのような性質を持つようになったか、建築とは人間、生態系、生命に対してどのような姿であることが望ましいか?といった思索を進めているためです。

パタン・セオリー(Pattern Theory)』において語られた建築、あるいは世界のさまざまな物理的な構造とは『人間の生活全てに影響与える、活動の枠組み』であるとアレグザンダーは語ります。

もし、世界のさまざまな物理的構造や建築が劣悪な環境、人間の活動を制限するような限定的なスペースを形成している場合、そこに暮らす人々のストレスは増大し、問題解決のための適切な選択ができなくなり、ひいては個人の自由度の低下をもたらします。(アレグザンダーにとって自由とは、どんな状況においても自身にとって適切な行動を取れることを意味するそうです。)

パタン・セオリー(Pattern Theory)』は自由と生命の質を高めながら対立やストレスを減らすポジティブな環境を作り出すのに役立ち、さらに結果として得られるパタンに関するメソッドは、既存の解決策を再利用することで大部分の問題を解決するのに役立つ、と本書中では語られています。

このように、アレグザンダーの理論は単なるフレームワークというよりも、その先の人間生活や社会、世界全体をどのように捉えることができるか?どのように生き生きとした状態をつくっていくことができるのか?という新しい世界観や視座を提供するものとして提唱されたことを、『パタン・セオリー(Pattern Theory)』の著者であるヘルムート・ライトナー氏(Helmut Leitner)は丁寧に説明しています。

機械論的世界観

アレグザンダーの世界観・哲学には、現代社会を形作ってきた機械論的世界観を超えて、全体論的・生命的世界観として世界を捉え直す必要がある、という前提が存在しています。

17世紀に活躍したフランスの哲学者であるルネ・デカルト(René Descartes)は、世界を巨大な機械として捉える『機械論的世界観』の礎となり、ある原因がある結果を生み、その連鎖によって世界が成り立っているという世界観を広めることとなりました。

この世界観を実現する手法・方法論として活用された『要素還元主義』は、世界に存在するあらゆる構造を構成要素として分解・分析することで理解できるという合理主義的な価値観を科学にもたらしました。

機械論的世界観』に具体的な形を与え、世界を構成する法則をまとめ上げていったアイザック・ニュートン(Isaac Newton)のニュートン物理学は、因果関係の理解によって対象を管理・制御できるという方法論を提示し、19世紀に至るまで科学技術の発展に貢献しました。

18世紀に始まった産業革命に伴い、ものづくり産業は軽工業から電気・石油による重化学工業へと変容を遂げ、自動紡績機、蒸気機関を生み出した他、工場労働者の働き方すらも変えていきました。

アレグザンダーの専門領域であった建築では、アスファルトやコンクリートを用いた近代建築が生まれ始め、都市計画および土地利用は生産性・効率性に基づいて計画・管理されるようになっていきます。

このように、機械論的世界観は自然科学の領域を超えて、宗教、美術、人間理解に至るまでその領域を拡大し、現代に至るまで300〜400年近くにわたって支配的な世界観、価値観となりました。

なお、このような状況に対し、アレグザンダーは以下のように述べています。

世界観から「私」が取り除かれ、次に価値観も取り除かれました。最後に芸術が人間の基本的な必要性から不必要な贅沢品へと変化しました。このような発展の過程で、秩序や美の概念は客観性と主観性が分離し、美の概念は対象物と離れ、その基礎と意味を失いました。

全体論的・生命体的世界観

このように、人類にとって大きな影響を与えてきた『機械論的世界観』ですが、20世紀初頭の量子力学の発展を契機としてこの世界観が大きく揺らぎ、パラダイムの転換が始まることとなりました。

デカルトやニュートンが活躍した時代を経て、私たちは地球全体や原子より小さなサイズの物質の計測など、当時の技術では叶わなかった極大、極小の現象の観測を行えるようになりました。

この極大・極小の計測を行うことで、徐々にこれまで活用されてきた理論や尺度が通用しなくなる、という事態が現れてきたのです。

広大な土地の面積を測量しようとすると、地球が平面ではなく球面であるという理解が必要になります。

また、原子よりも小さな物体を観測しようとすると、観測者が『観測する』という介入を行うことによって、物体の状態に影響を与えてしまう・確率でしか結果を表現できないという事態も発生しました。

このような状況が相次ぎ、客観性とは何か?新たな状況に対応できる法則や尺度はどのようなものか?が問い直されるようになりました。

さらに、物質の要素を極限まで分解・分析した上で発見された極小の粒子はそれそのものとして安定しているわけではなく、周囲のさまざまな構成要素との結びつきや関係によるシステムの中で性質や構造を決定される、ということも明らかになってきました。

これにより、要素分解された一面的なものの見方だけではなく、より包括的かつ生命体的、動的な物事の捉え方、世界観は何か?が求められるようになっていました。

別の文脈では、人類は二度の世界大戦を経験したこと、また、人間至上主義的な文明の発展を遂げた代償として環境破壊や公害を生み出したことなど、一面的なものの見方だけではなく包括的で持続可能な物事の捉え方、世界観が求められていたという背景もあります。

このような背景もありつつ、機械論的世界観に対してアレグザンダーは以下のような本質的な問題があると主張しています。

すなわち、現実とその特性についての限定的な認識をもたらし、メカニズムに関する事実、真か偽かの二元的な態度、直接的な因果関係のみを許してしまうことです。

因果的機械論的世界観に対しては、19世紀の古典物理学にほぼ対応しており、物理現象の解明と大きな進歩をもたらした一方で、社会や人文科学の分野では停滞をもたらしたという評価をアレグザンダーは下しています。

この、上記のような機械論的世界観から全体論的・生命体論的世界観への全世界的なシフトに関しては、以下の書籍も合わせて参考までにご覧ください。

パタン・セオリーのめざすもの

アレグザンダーによれば、私たちは世界中で全体として生き生きとしながら調和の取れた秩序というものを経験しているにもかかわらず、それを表現する概念を持っていません。

自然を全体として理解するためには分析的に切り分けてはならず、世界を総合的に語るための道具としての概念が必要です。

このような考え方に基づき、生物学者であったルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ(Ludwig von Bertalanffy)は1930年代に、世界に存在するさまざまな構成要素はシステムとして有機的につながっているとする『一般システム理論(General Systems Theory)』を提唱しました。

アレグザンダーの世界観では生命は空間のあらゆる場所に継続的かつ段階的に存在する一般的な質として含まれており、世界のあらゆる物理的構造のひとつひとつに生命が宿っています。

この世界観のもとでは、石、草、河、絵画、建物、人間、都市、雲などこれら全てがその構造的・機能的な複雑さの度合いに応じて、多かれ少なかれ生きている構造物と見なされています。

アレグザンダーの世界観は、世界を全体として発展し全体として展開するシステムとして理解したいと言う願望から生まれており、『パタン・セオリー(Pattern Theory)』はその世界観や哲学を体現する方法論として、また、新しいパラダイムを提示する仮説として位置づけることができます。

参考リンク

以下、今回の記録をまとめる上で思い浮かんだ参考書籍等のリンクをまとめようと思います。

ジョン・B. ワトソン『行動主義の心理学』

行動主義心理学者として有名なジョン・B. ワトソンの書籍です。機械論的世界観に基づいた心理学のアプローチの代表的な研究と呼べるものです。

フレデリック・テイラー『科学的管理法』

ビジネスの領域においては、フレデリック・テイラーの科学的管理法もまた機械論的世界観の応用であり、マネジメントの一形態と言えるかもしれません。

ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』

実在する発明家・エジソンをモチーフとしたSF小説とも言える、『未来のイヴ』。容姿、性格において完璧な女性、理想の伴侶は、条件反射やプログラミングによって生み出すことができるのか?機械論的世界観と人間の幸福はどのように結びつきうるのか?を考える上で、貴重な視座を与えてくれる一冊のように思います。

フレデリック・ラルー『ティール組織』

生命体的な企業・組織とはどのようなものか?について、世界中のユニークな取り組みをおこなっている企業への調査をもとに執筆された一冊。人類誕生以来の組織のあり方の変遷と、世界で生まれつつある最先端の組織形態について触れる上での貴重な文献です。

クリスティアン・フェルバー『公共善エコノミー』

「公共善エコノミー」とは、ドイツ人のクリスティアン・フェルバーによって提唱されたホリスティック(包括的)な市場経済コンセプトです。

欧州を中心に14ヶ国で翻訳されており、自然環境や人道に配慮した理論・コンセプトだけではなく、具体的な運動・アクション・ムーブメントを推し進めるための組織だった仕組みと、協働とインパクトを生み出す民主的なプロセスが準備されている経済モデルでもあります。


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