今回の読書記録は、カナダ生まれのジャーナリストであり、環境問題・気候変動の活動家でもあるナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン―惨事便乗型資本主義の正体を暴く』です。
上下巻で本文だけでも700ページ近くある本書ですので、まずは簡単にどのような本なのか、本書のカバー裏から引用したいと思います。(強調は筆者による)
今まで私が扱ってきた書籍とは少し領域が異なる政治的・国際経済的なものとなりますが、この本との出会いのきっかけはやはり、人と組織の意識の発達について探求をしていた時に出会ったケン・ウィルバーのものとされるある一言でした。
本書に触れた背景:社会構造と人の意識の成長・発達
個人として、組織としての発達・成長というものを探求していたはずが、「政治的」という語が現れてきました。
この表現が出てきた書籍についても以前、読書記録として、私の現時点の理解できる範囲でまとめようと試みました。
その最中で明らかになってきたことの中で特徴的なことは、二点。
『人の成長・発達というものは、その人を取り巻く文化・環境・国・言語・時代背景等の様々な条件の制約のもとで起こるものでもある、ということ』
『ある個人にとってまさに実存的な危機を超える中で成長・発達は起こり、その度に自己中心、自民族・自集団中心、世界中心というように、構造をより広く深く多層的・複層的に把握し、それをもとに行動していける視座が身についていく、ということ』
この二点が見えてきました。
そもそも、私が人の成長や発達についての探求を始めたのは、それを対人支援という2人から数十人以内に収まるような小グループの枠組みに活用するためではなく、個人から集団、社会に至るまで底流している枠組みを把握した上で、集落、自治体、社会レベルまで応用した上で生きていきたい、と願ったためです。
そのためには、社会構造に対する理解や対峙、また、その社会構造の上で日々繰り広げられる政治や経済の動きにも当事者として向き合わなければなりません。
そんな風に考えていました。
この、「インテグラル(統合的)であるということは、政治的である」とはどういうことか、なんとなく想像はつくような気がするのですが、実例としてはどのようなことが考えられるのか、ピンとこない点もありました。
すると、先述の『人が成長するとはどういうことか』において、今回の書籍『ショック・ドクトリン』が事例として触れられているではありませんか。
ここに述べられているのは、あくまで個人におけるショック・ドクトリンのもたらす負の影響ですが、おそらく、それに止まらない事実がここに記されているような気がする……。
そういった背景から、今回この『ショック・ドクトリン』を手に取ることになりました。
前提知識:経済学者ミルトン・フリードマンと近代史
本書の著者ナオミ・クラインが一貫して批判しているのは、シカゴ大学の経済学者ミルトン・フリードマンと彼の率いたシカゴ学派の影響のもと、1970年代から30年以上にわたって行われてきた「改革」運動です。
フリードマンおよびフリードマン流の経済政策について、著者は端的に以下のように述べています。
以上が、著者によるフリードマンおよびフリードマン流の経済政策についての評価であり、本書を貫く主張です。
日々のニュースを見て思うに、私たちが今日生きている社会は、50年ほど前の国際的な勢力均衡や政治的意思決定、また、その時々の政治指導者と経済学者によって推進されてきた経済政策の影響の上に成り立っていることが窺えるようです。
ただ、ここまでで既に多くの、普段私が扱わない政治思想および経済政策・思想の用語が出てきました。
以下、(続)前提知識として、それぞれの用語についての整理を進めていきたいと思います。
(続)前提知識:経済政策・政治思想の用語整理
本書中では、多岐にわたる経済政策と政治思想・体制および、資本主義体制下における国家と企業の結びつきによる富の集中と不均衡を取り扱っています。
また、それら多岐にわたる経済政策、政治思想・体制は様々な対立軸のもとに明らかにされています。
自由民主主義国と軍事政権、自由市場主義と共産主義、新自由主義とケインズ主義、大きな政府と小さな政府、グローバリゼーションとナショナリズム……
このような幾つもの、また、一見領域の異なるように見える対立軸は、著者ナオミ・クラインによって、通底する図式・意図によって繋がっている事が看破されていきます。
すなわち、
フリードマンが提唱した過激なまでの自由市場経済は徹底した民営化と規制撤廃、自由貿易、福祉や医療などの社会支出の削減を柱としている。
こうしたイデオロギーに基づく経済政策は、大企業や多国籍企業、回転ドアによって企業から政権内に入り込んだ政治家や各種委員会の委員、投資家の利害と密接に結びつくものであり、貧富の拡大やテロ攻撃を含む社会的緊張の増大に繋げている。
という図式です。
この章では、『ショック・ドクトリン』を読み解くための前提知識としての経済政策・政治思想等の用語を整理していきたいと思います。(引用強調部は筆者による)
取り扱う用語は以下、10個です。
資本主義(capitalism)
新自由主義(neo-liberalism)
ケインズ経済学(Keynesian economics)
大恐慌(the Great Depression)
マーシャル・プラン(Marshall Plan)
社会主義(socialism)
民主制/民主主義(democracy)
社会民主主義(social democracy)
グローバリゼーション(globalization)
混合経済(mixed economy)
以上、『ショック・ドクトリン』を読み解いていくための前提共有でした。
前章の前提知識、そして本章の用語整理を踏まえると、どのようなことが見えてくるでしょうか?
これについては、次の章で概観していきたいと思います。
前提知識のまとめ:現代社会・国際情勢を概観する
前章までのような前提を踏まえて世界を眺めてみると、現代社会とはこのように説明できるかもしれません。
専門用語を極力排して説明すれば、世界はこのように捉えることができるかもしれません。
ちなみに、もう少し専門用語を活用しながら上記の見方を整理すると、トルコ出身の経済学者ダニ・ロドニックが指摘した、国民国家、民主政治、グローバリゼーションのトリレンマとして表すことができます。すなわち、以下の三つの選択肢から一つを選ぶことしかできないというものです。
さて、このような条件下において、『ショック・ドクトリン』、『惨事便乗型資本主義(Disaster Capitalism)』とはどのようなものといえば、訳者あとがきに書かれた以下の通りです。(強調部は筆者による)
以降、具体的な『ショック・ドクトリン』の事例を見ていきたいと思います。