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<旅行記>初島―伊東―熱海(後編)

<前編から続く>

 熱海港に着く少し前に目が覚めた。またもや良い時間帯の路線バスがないので、港で待機しているタクシーで駅に向かった。ロッカーに預けている荷物を取り出して、改札からすぐの伊東線ホームに昇る。次の出発まで時間があり、電車内は空いていた。ふと見ると、座席の端に制服を着た小学校低学年の女の子がちょこんと座っている。ランドセルは女の子より大きく、さらに大きな手提げバックを持っているのが、とても可愛らしい。女の子は慣れた様子で出発時間を大人しく待っていたが、発車してすぐに車内でうとうとと寝てしまった。たぶん、長い通学時間で疲れたのだろう。すると、隣に座っていたお婆さんが心配して、女の子を起こしながら「どこで降りるの?」とやさしく聞いていた。女の子が「伊東」と小さく答えるのが聞こえた。そのおばあさんは手前の宇佐美駅で降りてしまったが、女の子は伊東駅が近づいてきたときには、もうドアの近くに立って待っていた。私が心配しなくても、女の子はしっかりしている。

伊東線車内

 「もし悪い人がいたら、このジジイが懲らしめてやるよ」と思っていたが、幸いにジジイの出番はなかった。しかし、このまま彼女は電車通学をずっとしていき、あっという間に高校生になるのだろうな。その時は、もう親切なおばあさんが必要ないくらいに大きく成長しているから、逆に居眠りしているおばあさんに「どこで降りるのですか?」と聞いてあげるかも知れない。いやきっとそうなるに違いない、とジジイは勝手に想像していた。たぶん、その頃にはこのジジイはこの世にいないかも知れないが。

伊東駅

 伊東駅を出てから、妻が宿に電話して迎えの小型バスを頼む。その間に、駅近くのコンビニで湯上りのビールを数缶買い込む。いつものパターンだ。そして、いつものように「これで夕食時間までは大丈夫だ」と安心する。まもなく小型バスが来た。バスを待っていた同じ宿に向かう客が、そそくさとバスに乗り込みドア近くの席を占拠した。後から来た私たちには、乗る場所が見えなくなった。さすがに気づいて後部座席に移動してくれたが、旅行に来ているときは、やはり自分たちだけの世界になってしまうのだろう。なお、このバス内には不倫カップルらしき人は見えなかった。その理由は、どうも隠れ家的な宿ではなく、むしろ家族連れで行くような宿であるためかも知れない、というのが私の結論だ。まあ、昨今の不倫カップルは隠れ家に隠れることはせずに、まるで夫婦連れのように家族的な宿に泊まる可能性も高いが、それでは話が面白くない。

 伊東の商店街を進んで、10分程でホテルに着いた。フロントでチェックインをし、備え付けの浴衣のサイズを選んで部屋に向かう。私は男性用M(またはL)サイズでちょうど良いのだが、165cmある妻は、いつも浴衣のサイズで悩む。特に今回は大きめのものがないため、足首が出るサイズを選ぶしかなかったようで、少しばかりご機嫌が悪い。たかが浴衣と思っている私には、理解が難しい世界である。ことほど左様に男女の差は奥深いのだ。

 部屋へ案内してくれるのは、東南アジアあるいはインド系の小柄な女性だった。なお、インド系でも北の住人だと背が高いが、南の住人だと低いため、小柄な東南アジア系と見分けがつかない。また、インドネシアやマレーシアにはだいたい南インド(ケララ州やタミルナード州)から来た移民が多いので、南インド系と東南アジア系との見分けがまったくつかない場合が多い。こんなことを考えながらエレベーターに乗り、六階の部屋に着いてすぐに案内の女性は日本語で説明していたが、耳の遠い私には、インド人が英語を話しているように聞こえていた。まあ、日本語でも英語でも言っていることはワンパターンだから、何語でも良いのだが。部屋の大きな窓の下には林が広がっていて、ウグイスの声が聞こえている。そして、その向こうには海が見えていて、さっきまで温泉に浸かってビールを飲んでいた初島が小さく見えた。良い眺めだ。

ホテルの窓から、向こうに初島

 さっそく浴衣に着替えて温泉に行く。男湯には先客の老人が一人、繰り返し内湯に入ったり出たりをしていた。たぶん、何かの治療かも知れない。私も足の血行不良・手指のリューマチ・脊椎菅狭窄症の治療をしたいのだが、何よりも長年の激務で傷んだ心の治療が重要なので、誰もいない露天風呂に向かった。小ぶりな露天だが、湯は余り熱くないので長く入っていられる。また、外の風景は見えないが、それでも塀の中にデザインされた石や緑が気分を盛り上げてくれる。なかなか良い雰囲気なので、夕食後の暗くなってからも入ろうと思って、早めに出た。だが、夕食で飲み過ぎてしまい、夜の露天は入れなかったのが心残り(痛みではない)となった。

 部屋に戻って、夕食までの時間を、相撲中継を見ながら湯上りのビール、チューハイ、ハイボールと次々に飲んで、まったりとする。外国のホテルだと、氷を自由にもらえる機械があるので、ここにもないかな?と妻に話したら、一階のドリンクサービスコーナーにあったというので、もってきてもらった。氷入りのハイボールとチューハイは、ちょっと良い感じになる。TVで相撲を見ながら酒を飲むのは、けっこう楽しい時間だ。相撲の本場所で茶屋制度があるのも頷ける。相撲の間合いやスピード感は、酒を飲んで見るにはちょうど良い。相撲が終わった18時、まだ外は明るいが、もう私の酔いは出来上がっている。ちょうど夕食の時間なので、ほろ酔い気分で食事場所(宴会場)に向かった。そう、ここはそんなに高級な宿ではないので部屋食はなく、夕食・朝食ともに食事場所(宴会場)に行くシステムだ。そして、食事をしている間に部屋に布団を敷くのだから、この食事時間の移動はよくできていると、つくづく思う。

 夕食のセットは既にできていて、金目鯛やアワビの鍋料理もあった。全体にかなりの量がある。私には皆酒のつまみに見えるので、こんなに多くは要らないと思ったが、そこはセット料金だから仕方がない。これで酒を飲もう。ところで、ご飯は小さなコンロに載った炊き込みご飯になっていた。麺類が好きな私としては少し物足りないが、それでも前菜で茶そばがあったので安心した。

 席に着くなり、担当のネパール人女性が説明に来たので、説明が終わったとたんにハイボールを注文する。私はインドやバングラデシュで仕事をしていたときのような気分になって、ネパール人という彼女に妙な安心感を持っている。なんだろう、この人たちの心理がなんとなくわかるからだろうか。酒が進み、次に梅チューハイを頼む。これで今日は7杯目の酒だ。さすがに飲むペースが落ちてきたようだ。では、飲むより食べる方に集中するか。

 日本酒だけしか頼まなかった妻は、もうすっかりと食べ終わっているので、〆の炊き込みご飯を食べようとして釜の蓋を開けたら、生米が汁に浸かっているのが見えた。それを見た妻が、ネパール人女性に伝え、すぐに火を点けてもらった。申し訳なさそうな彼女の説明では、炊き上がるまでに20分くらいかかるというので、手持ちぶさたにならないように今日の8杯目になる冷酒をもらった。なんといっても時間をつぶすのは酒が一番なのだ。ちびちび飲んでいるうちご飯が炊き上がったので、真面目な私は全部残さずに食べて、部屋に帰った。満腹かつ十分飲んだ満足感で、薄暗い廊下を歩いていった。

 さっき書いたように、本当は部屋で一休みしてから夜の露天風呂を楽しみたかったのだが、結局かなり酔っぱらってしまったので、歯を磨いてすぐに寝てしまった。今日は初島でかなり歩いたし、ランチから酒を飲み続けたからもう身体が休憩を要求していた。バタン、キューという言葉どおりに寝てしまう。・・・しかし、午前2時頃、あまりの蒸し暑さに目を覚ます。酒を飲んでいるせいもあって、身体が暑い。手探りで部屋にある冷水を度々飲む。それでもだめなので、タオルを濡らして顔や首を拭いた。いつもそうなのだが、なんで旅先の宿で寝ていると、こうも身体が暑いのだろう。まあ、その分アルコールが汗となって出てしまうから、翌日の朝はすっきりとしているというおまけは付くのだが。かけ布団を取り払い、浴衣の前をはだけながらまた寝た。

 翌朝、外から太陽の光が差し込んだ直後に目を覚ます。午前5時少し前だ。朝は5時から風呂が使えるというので、すぐに風呂に向かった。予想外に先客が少しいた。一人は昨晩の老人で他に若い人が2人ほどいた。しかし露天風呂を使う人はいなかったので、またもや独占させてもらった。あいにくと雨がぽつぽつと降っていたが、それもまた風情があって良い。そして、湯に雨が入って温度が下がっている。最近ぬる湯が好きになった私には、ちょうど良い湯の温度だった。さあ、これで昨日のアルコールは抜けきったぞ。

 部屋に戻り、朝のニュースをTVで見ながら、空気を入れ替えようと窓を開けると、ウグイスが盛んに鳴く声が聞こえる。そしてウグイスたちは、昨夕とは違って、雨の朝を迎えて益々調子が乗ってきたようだ。その天然の音楽が、低く雨雲が立ち込めた緑の山々に響くように聞こえて、とても清々しい。こんな朝を毎日迎えられたら、どんなに素晴らしいだろうと思う。やがて、朝食の時間が来た。

ウグイスが鳴いていた林

 朝食会場に向かう途中、前方をおばちゃんグループが、話しながら、また窓の外を眺めながら、なかなか前に進まないでいる。でも、そんなおばちゃんたちを見ながら、私と妻もゆっくりと進んだ。わざわざ旅行に来てまで急ぐことない。それに、これまで仕事でずっと急かされてきたのだから、もう急ぐ生き方は終わりにしている。

廊下の向こうが朝食会場

 朝食はブッフェで、和食の割合が多かった。外国人観光客には洋食が少ないと困るかも知れないが、むしろ彼らは和風の食事をしたいのだから、これで良いのだと思う。とりあえずジュースを取った後、ブッフェを取るのになにかと時間がかかるおばちゃんたちに交じって、あちこちでおかずを取っていく。さすがに、サバとアジの干物は旨かった。しかし、私の大好きなワサビは普通で、きんぴらなどの野菜の煮つけも平均点だったが、ご飯は旨かった。たぶん良いコメを使っているのだと思う。サラダの野菜も質が高いと感じた。コーヒーは機械式なので、可もなく不可もなく。もともとは、社員旅行などの団体用に作られた大きなホテルだから、こういう感じになるのだろう。そう考えると、社員旅行の一部になったような錯覚をしてしまった。・・・しかし、社員が少ない会社だな。

 雨はいつの間にか止んでくれた。行きと同じに宿のバスで伊東駅まで送ってもらう。さっきまでフロントでうろうろしていた老人グループは、自家用車で来ているようで、そそくさと出発していった。きっとお金と暇が余っているのだろう、奥さんが売店で服を選んでいる最中、ご主人はずっと愚痴を言っていた。他人には愚痴に聞こえるが、本人と奥さんにはのろけ話に違いない。そして、不倫ではなさそうだ。

 伊東駅にある売店で、適当に土産を購入してから、電車に乗り込む。行きとは違って、どこか旅行気分は出ない。そりゃあ帰り道だから仕方ないか。終点の熱海で降りて、今度は路線バスで海岸に向かった。貫一とお宮の像がある近くのバス停で下車する。観光客が数人「お宮の松」で写真を撮っていた。しかし、『金色夜叉』の舞台と知って写真を撮るよりも、熱海名物の銅像ということで撮っている気がする。かくいう私もその一人だ。そして、既に書いたように、「女性差別じゃないか」と余計な心配をした。

お宮の松
貫一とお宮のマンホールの蓋

 海岸沿いの道を歩いていくと、すぐに妻が見つけていた人気の寿司屋に着いた。しかし、店は閉まっていた。私たちが旅行するオフシーズンには、こういうことがよくある。それで、寿司大好きの妻が他の店をスマホで探していると、別の観光客が来て、私たちと同様に寿司屋が開いていないことにがっかりし、店の写真を撮っていた。皆同じことをするものだ。

閉まっていた寿司屋

 プランBとなる寿司屋は、海岸通りから繁華街に入った裏道ですぐに見つかった。そして、初島の食堂と同様に、私たちが店を開けてから最初の客だった。「握りとちらしのどちらにしますか?」と暖簾をかき分けた瞬間に聞かれる。妻が「握りでお願いします」というと、カウンター席に案内された。私たちの後から来たおじさんは、「ちらし」と言ったので、奥のテーブル席に案内されていた。つまり、握りは板さんがカウンター越しに出し、ちらしはテーブルで出す仕組みだ。おっと、これは高級じゃねえか?

開いていた寿司屋

 ここでも熱海ビール(ピルスナー)を頼んだ。今日最初の一杯だ。良く冷えていて身体に染みる。飲んでいるうちにガリ(酢漬け生姜)が出てきたので、これをつまみにする。寿司は、一巻(一個)ずつ出てきた。若い人には物足りないかもしれないが、老人の胃袋にはちょうど良い。それに握りがやや小さめなのも、ネタを楽しめて良い。私は地元の魚セットを頼んだ。いろいろと手の込んだ江戸前風の寿司だった。最後に出てきた粗汁は、粗といいながら身が沢山あって食べ応えがあった。客あしらいは淡泊だが、とても良心的な気がした。

熱海ビール@熱海

 その後、商店街を抜けて海岸通りに行き、おばちゃんたちが並んでいるバス停から路線バスに乗って熱海駅に向かった。途中車窓から見える熱海のホテル後の廃墟は、まるで第二次世界大戦後の要塞跡のように見える。たぶん、霊が棲みついていると思う。熱海は、もともと貫一とお宮の如く怨恨が多い街だから。(というわけで、変なものが映っても困るから、廃墟の写真はありません。)

 熱海駅に着いた後、商店街で干物を探した。メインストリートにあるいかにも立派な店に並んでいる干物は、さすがに大きくて豪華だが当然値段は高い。それでひとつ道を外れたところの裏道に入ったところ、イイ感じに鄙びた店があった。こういう店はなにか好きだ。出てきたお兄さんから、小ぶりのアジの干物二匹でセットになっているものを二つ買った。これで実家の母へのお土産になる。ご飯にも合うが、また酒にも合うのだ。魚の干物は旨いよ。

干物店

 熱海から東海道線の上りに乗った。車両の位置にもよるが(たまたま、階段近くにしてしまった)、既に乗車している人たちでけっこう混んでいる。空いている席を探して座る。なにか旅から帰るというよりも、通勤するような感じになって落ち着かない。途中平塚で下車して、老人特有のトレイ休憩をする。ふたたびホームへ降りると、平塚始発の電車が待っていた。しかも空いている。ここで乗り換えて正解だった。老人のトイレが近いことは、ときには良いこともあるのだ。よし、次に東海道線で帰るときは、平塚で始発に乗り替えよう。始発電車って、なにか新鮮な感じがして良い。

 周囲の景色がビルばかりになった。新橋で山手線に乗り換える。駅前のSL広場ではたぶん古本市をやっているようで、テントがいくつも見えた。もう旅ではない日常の世界に戻っている。有楽町で地下鉄に乗り換える。いつものカレー屋は健在だが、さすがにお腹一杯なので、カレーは次回にしよう。そうそう、本当は平塚ではなくて藤沢で降りて立ち食いそばを食べるつもりだったのだが、これも次回のお楽しみだ。・・・そうだ、東海道線の帰り道は長いので、こうしてトイレ+立ち食いそば探訪にすれば、帰り道の楽しみがひとつ増えるかも知れない。

有楽町のカレー屋

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