<閑話休題>万世パーコー麺の思い出
2023年7月12日、有楽町の万世麺店でパーコー麺を食べようと思って、有楽町ビル地下一階に入った。ところが、既に移転している鉄道模型のカツミ模型店の寂しいシャッターに続いて、万世麺店もシャッターが降りていた。近くで、「古いビルだから、改築のため万世も閉めちゃったね・・・」と話している声が聞こえた。
仕方なく、同じフロアの万世と同じころからある、日本蕎麦の竹村に入った。そこでまた、さっき万世の近くで話していた人と同じような声が、店員の女性と話しているのが聞こえた。「俺が子供時代から万世はあってね、スバル座って映画館があったから、映画の後万世でパーコー麺を食べていた」、「このビルも古いから、取り壊しになるよねえ・・・」。
私は、学生の頃万世で長くアルバイトをしていた。「上がり」には、パーコー麺を食べられたおかげで、それまで痩せていた身体がふっくらとしてきた効果があった。青春の思い出、といったらそれきりだが、20歳頃いろいろなことで悩んでいたとき、万世でアルバイトをして、同じアルバイト仲間や若い社員と、よく有楽町ガード下で安酒を飲んだ。大学で勉強するのとは別に、一種の社会勉強をした時期だった。
万世の麺店は、昔、秋葉原本店、赤坂、霞が関、有楽町と4店舗あった。そのうち、赤坂が閉まった。霞が関と有楽町は永遠に思えるほど長くあったが、どちらも今は閉店になった。本店だけは居酒屋に代わりながら、ラーメンを出す形態になっている。
霞が関店には、以前有楽町で一緒にアルバイトしていた酒を飲めない年上の人がいて、彼は実家が裕福だったらしく、ずっとアルバイトを続けていた。もしかするとラーメン屋の仕事がしたかったのかも知れない。その人は今、麺店が無くなってアルバイトを辞めたのか、または本店で仕事をしているのか。今度、本店に行ってみよう。
ところで有楽町ビル地下一階には、マーブルという寡黙なご主人が一人でやっている、カウンター席しかないカレー屋が、万世や竹村と同じように昔からあった。そこもやがて閉店になるのだなと思って、ふと眺めたら、長蛇の列ができていた。マーブルに思い出を持つ人が沢山いるのだろう。そして、その思い出のままに長蛇の列を作っているのだろう。
そう考えながら、地下鉄に乗るべく、交通会館の地下一階をぶらぶらしていたら、最近できたらしい沖縄そばのスタンドがあった。今度はここでランチを食べることにするかな。・・・結局、私は感傷に浸るよりも、食い気に浸る嫌な奴らしい・・・。
追記:
万世の麺店は、ここに書いた場所以外にもあったのを思い出した。古い順に書くと、新宿西口店があった。さらに日比谷シティ店があった。この二つは2020年頃までは営業していたようだ。新宿西口店は、やはり再開発のため閉店になったようだが、日比谷シティ店は再開発になっていないので、万世としての麺店を閉店するという企業方針で決まったようだ。
かつては、ラーメンと言えば庶民的な安くて手軽な外食だったが、いつの間にかラーメンブームが起きて、ラーメン店を紹介する評論家が登場し、庶民的価格とは大きくかけ離れた高級ラーメンが売られ、いずれもネタ切れのTV番組の安上がりな制作対象にされている。
万世の麺店も、昔は男性サラリーマンのランチ対応で繁盛していたが、今は時代も変わった。それにコロナによる飲食店規制が、必要以上に長く続いたことも影響しただろう。やがては立ち食いそばも、ラーメンと同じ道を歩むことを心配している。しかし、考えてみれば、寿司や天ぷらもそうだった。最初は庶民の安価な食べ物として登場したものは、皆こうしていつの間にか、高級料理に格上げされてしまうのだろう。・・・そういえば、たい焼きも既にそうなっていることに、今さらながら気づいた。
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