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「初めての人生の歩き方――毎晩彼女にラブレターを」(有原ときみとぼくの日記) 第272話:命日は温泉へ。

「死と同じように避けられないものがある。それは生きることだ」チャールズ・チャップリン


 今日は兄の命日だ。
 だからぼくは支度をして温泉に向かう。

 自殺だった。
 あれから今年で七年経つ。
 気がつけばぼくは兄の年を超えていた。
 ただ兄という存在を超えることは一生かけてもできないと思っている。

 個人を偲ぶときに、その人がさも傍にいるかのようにふるまうのがいいと聞いたことがある。
 例えば個人が好きだった食べものを食べるとき、心の中で一緒に食べているような気持ちで食べるといいそうだ。

 兄は温泉が好きだった。
 だからぼくは今日温泉に行くことにした。

 引っ越しをしてから初めて温泉に行くのでいつもとは違うところに行ってみようと思い電車と徒歩で行けるところを探すとわりかし近場になにやらよさそうなことろが見つかった。

 朝の出勤が終わった静かな駅からぼくは電車に乗り込んだ。広がる快晴。やわらかい秋の日差しが心地よく、油断すると眠ってしまいそうだった。

 電車を乗り換えて南へ。のどかな田園風景が広がり、まるで田舎の島根県に帰ってきたような景色が飛び込んでくる。ぼくは確かに初めてなのに、なぜか何回か来たことがあるような既視感すら湧いてくる。生きている。ふとぼくはそうつぶやいた。

 ぼくは生きている。
 生きているとうことは避けられないのだから。

 温泉は予想以上にぼくの肌に馴染んだ。広大な露天風呂で寝っ転がりがら太陽を全身で浴びた。冷えた足先がじんわりと緩むのが分かる。全身の血が回る。鼓動が徐々に大きくなっていく。

 お湯の中にぼくの思い出が溶けていく。

「久ぶりの温泉はどう?」

 返事はない。
 それなのに、ぼくの頭には兄の声が聞こえてくる。

 サウナに入り、我慢大会をして、水風呂に浸かり、それを繰り返す。内風呂も全部入り、最後にまた露天風呂につかって空を眺める。
 白い雲が光を反射してより白く映る。その向こう側にきっと兄のいる世界が広がっている。

 ぼくは兄が亡くなる一か月前に掛かってきた電話をふと思い出した。

 死と同じように避けられないものがある。それは生きることだ。だからぼくは生きる。死を避けられなくそのときまで生き続けるんだ。

 玉のような汗が湯船に落ちた。
 そこから広がる波紋を眺めてから、ぼくは風呂を後にした。

 きみとこうして生きていることが本当にありがたくて、このままずっと続けばいいのにと思うけど、きっとぼくたちもいつかは旅立つときがくる。

 分かっているけど、分かりたくないし、信じられない。
 信じられないけど、分かっているし、どうしようもない。

 だから一緒にいられる時間を少しでも大切にしたい。
 ときにはケンカもするし、お酒も飲み過ぎちゃうけど、ぼくはきみと少しでも長生きしたいんだ。

 ほんとだよ。

 今日もまたみんなでご飯を食べよう。
 愛してるよ。

 最後にあなたの棺に入れた手紙の内容は今でも覚えています。
 あなたは本当に最後まで頑張っていたよね。
 ストイックすぎるほどストイックで、真面目過ぎるほど真面目で、そして誰よりも優しくて。

 ぼくはあなたの弟だったことを誇りに思っています。

 ありがとう。
 またね。

初めての人生、出会いもあれば別れもある。

そのときにそのときにどうするかで、

もしかしたら人生の豊かさは決まて行くのかもしれない。

どうせなら笑って見送り、

笑って見送られたい。

今日もありがとう。

今年も、残り79日。

またね。

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